「……死、因？」 　律佳の声は震えていた。 「ああ。王子は変死したんじゃない。この悪魔の毒に侵されて命を落とした。俺はその時こいつを刺した。確かに殺したはず、なのに今日、突然現れやがった」 「騎士クンと王子サマに会いたくて来ちゃった♡」 　舌打ちをし、話を続ける。 「俺は王子を守れなかったことを今でも悔いている。だから今度こそこいつを倒すと決めた。もうニ度と復活はさせない。そのためにいい知恵があれば……」 　俺の話を聞き終わる前に律佳の手がぬっと伸びた。「しまった」と思った頃には遅く、無言で悪魔の首を鷲掴み、教室の隅の壁に押し付けていた。 「てめぇがクレール王子を殺したって……？」 「うん、さっきご説明のあった通りだよ」 「大罪を犯しておいて何笑ってやがる、この屑野郎」 「……はは、どうも張りついた笑顔だと思ってたんだ。アルクの前では優等生の猫かぶりちゃんなんだ……っていうかあんた誰なの？」 「俺はアルクと同じ騎士団に所属していた。アルクの親友だ」 「へぇ、騎士団の方々はみんな口が悪いのかな？　どうでもいいけど。俺あの2人以外の人間に興味はないんだ」 　何かを喋っているみたいだが、小声すぎて聞こえない。 　背中の雰囲気からわかる律佳のガチギレ……！　 　俺は実際に怒られたことはないけど、前世時代に騎士団の後輩相手に説教していたのを見たことがある。とにかくその声が怖かったことを思い出した。 「何だ？　ケンカ？」 「新学期からこわ……」 「不良だったりして……」 　他の生徒たちがこちらを見て訝しげな表情を浮かべている。 　まずい。殴ったりしたら停学、最悪退学……！　 　ロッカとして怒るのも殴りたくなるのも当然だ。ずっとわからなかった王子の死因を突きつけられたんだから…… 　こうなると予想できたはずなのに、ゆっくり伝えなかった俺の責任だ。 「興味……！？　アルクにベタベタ触ってキスまでしやがって……悪魔はストーカーが趣味なのか？」 「ははぁ、アルクのこと好きなんだ」 「だったらなんだ」 「可哀想にね。アルクが見ているのはお前じゃない。その様子じゃ前世からなんだろう？」 「悪魔は挑発がお得意なんだな。クレール王子を殺してからアルクのこともいたぶったのか」 「ふふ、本当に可哀想。アルクは王子サマのいない世界に絶望して自ら首を切ったんだよ。国も騎士団も全部捨てたんだ。あいつは結局自分のことしか考えていない」 「黙れ！　アルクを侮辱するな！　二度とアルクの前に姿を現せなくしてやる……っ！！」 「待っ、殴るな！　律……」 　振りかぶった律佳の腕を掴もうとしたとき、教室のドアが軽快に開いた。 「ただいまー亜紀！　リハ終わったぞ…………って、 　これ……どういう状況？」 「ひなた……！」 　殴りかかる寸前で動きを止めた律佳、首を絞められている悪魔、遠巻きに見る他の生徒……説明のしようが無くて黙る俺。なんつータイミングだ……！！ 　ひなたはキョロキョロと、異質な雰囲気に包まれた教室を見回した。 　少しの沈黙の後、状況を理解したひなたは俺の横を通り過ぎ、律佳と悪魔の間に入った。 「ケンカはやめろ！　暴力で解決しても幸せになれない」 　一言で空気が変わった。 　その場にいる全員が黙り、ひなたを見つめた。 「互いに怒るだけの理由があったのかもしれないが、殴る前にまず話し合え。ただの誤解かもしれない。とにかく相手のことを理解すれば、誰も傷つかずに解決できるかもしれないだろう？」 　王子はあの頃から、誰も傷つかない、恐怖も飢えもない国を目指していた。それが王子の信念、今も変わらずひなたの中にある。 　それもあってたくさん振り回されたんだ。自ら盗賊団と話をしようとしてアジトまで行きたがるし、お忍びで町に行って普通に町の人と会話してるしで……心配で何度も怒ったりしたけど、それも楽しかった。 　今でも振り回されているけど。 　一瞬で止まった喧嘩にどこからともなく拍手が起こった。 　ひなたはすごい。真っ直ぐで、人を変えていける。信頼されている。そんなところが心から好きだ。 「はは……大したことはしてないよ」とひなたは謙遜しながら生徒たちにひらひらと手を振った。 　教室は平和な空気が流れ、生徒は再び思い思いに自分たちの話に花を咲かせ始めた。 　ざわざわとする中、ひなたは律佳に微笑みかける。 「桜花を殴ろうとしたの、何か理由があったんだろ？　俺でよければ愚痴でもなんでも聞いてやるか……ら……」 　大人しくなった律佳の瞳からぼろぼろと涙がこぼれた。ギョッと目を丸くするひなた。悪魔も律佳の姿にぽかんと口を開けている。 「泣っ……！？　言い方キツかったか！？　ご、ごめんなあ」 　ひなたが顔を覗き込むと律佳は震えた声を出す。 「おうじ……」 「え？」 「クレール王子っ！！」 「んぐっ」 　律佳は思いっきりひなたを抱きしめた。 　呆然としてしまっていたが、悪魔に「いいの？」と口パクされてハッとする。 「えええ、ちょっ……まてまて、苦しい……っ！」 「王子……っ！　あなたにも再び会えるなんて……」 バシン！ 「いたっ！」 「律佳……！！　ちょっとこい！！」 　止まりそうにない律佳の頭を叩き、腕を引きずり自分の席まで連れてくる。