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波乱はこじれていく
入学式。
椅子に座り、呆然と校長の話を聞き流した。
流れ的に校長が国王だったらどうしよう、って思ったけど違ったのは救いだった。
ゆっくりと校長の話に耳を傾けていられる心境ではない。
"騎士クンの未練がみんなを引き寄せているのかもね"
前世を思い出してから未練と後悔しかなかった。だから今度こそひなたを守るって……幸せにするって決めたんだ……
悪魔の言葉がグルグルと脳内を駆けまわる。腹が立つ。なにもかもあいつの言う通りなことが。胸がざわついて仕方ない。
「続いて新入生代表ーー1年1組、呉谷ひなた」
反射的にぱっと顔を上げる。
登壇したひなたと目が合い、にこりと微笑んでくれた。ざわついた心境なんてどこかに行ってしまった。
最高の笑顔だ……!!
くそ……今すぐスマホ取り出して写真と動画撮りたい……! スマホはあらゆる場面のひなたを生涯残しておける素晴らしい機械だ。現代日本文明に感謝している。それなのに学校の規則ときたら……
いや、ひなたの親御さんがバッチリ録画してくれているはずだ。後で見せてもらおう。
「続いて上級生代表ーー3年1組、生徒会長 白城朔夜 」
「……へ?」
思わず小さく抜けた声が溢れてしまった。
規則正しく響く足音。伸びた背筋。
生徒会長と呼ばれ、壇上に上がったあの人は……
騎士団長……!?
いっきに肝が冷えていく。
相変わらず綺麗な顔を固めて真面目に代表挨拶を読みはじめる。
またしてもいろんな場所からひそひそと「かっこいい」「イケメン」と話す声が聞こえる。
まだいるのか、前世で関わった人物! もう充分だ!
目を見開いて固まっていると、パチリと視線が合う。
思わず逸らす。が、それでも視線を感じる。生徒会長の挨拶は体育館に響いているのに、確実に見られている。
バレた。騎士団長、絶対前世の記憶あるな……
入学式が終わり、ぞろぞろと教室に戻っている中、律佳の後ろ姿を見つけた。
「おい、律佳。あの生徒会長……」
「騎士団長だったね。間違いなく」
「だよなあ……目ぇ合ったし。絶対気づかれた。あの視線が怖いんだよ……」
ううん……と2人で肩を落とすと背中をポン、と叩かれた。
「亜紀、俺の挨拶どうだった?」
「ひなた!」
笑顔が輝きすぎていて思わず顔を覆う。
「バッチリだった……最高だったよ……」
「ちょっと緊張したけど亜紀見つけたから安心できたんだ。見ててくれてありがとな」
ひなたはさらに笑顔を輝かせる。いろいろな想いを我慢して、ゴクリと息を飲み込む。
「こ、こちらこそ……!」
「?」
絞り出した言葉がこれかよ……と自分で呆れてしまう。
赤くなる俺と首をかしげるひなたを交互に見た律佳はクス、と声を出す。
「そういうところも変わっていないね、亜紀」
「……うるさい」
「そういやお前、亜紀の知り合いなんだろ?」
ひなたは律佳を見つめ、話しかけた。
ひなたに紹介するの忘れてたな……なんとか誤魔化さないと。
「ああ、こいつは……」
「僕は水無月律佳と申します」
俺の言葉を遮り、律佳は歩きながらもひなたの手を取った。その姿は、前世で培われたキラキラの騎士そのものだった。騎士団の中にはいろんなタイプがいた。ロッカは優しくて優雅で、むしろ王族のような気品を持つ男だった。
でもそれを、今ここで発揮するな!!
「王子、先ほどの無礼をお許しください。今すぐ跪きたいところですが、なにせこれだけ人がいる……申し訳ございません」
「え、何……? また俺のこと王子って……?」
「律佳!!」
階段を上がりかけたところで律佳を引っ張り、顔を寄せる。
「王子って呼ぶな!」
「それじゃあ、ひなた様で……」
「様もやめろ!! 俺に合わせるって話したよな!?」
自分の教室に戻る1年生が隣を通り過ぎていく。
「でもタメ口なんて、失礼にも程があるだろう! 亜紀は幼なじみだから話せるとしても……!」
「俺だって慣れるまでだいぶかかったけど! どうにか慣れてくれ!」
律佳は小さく息をつき、眉を下げた。
「亜紀がそういうなら努力するよ……少し時間はかかりそうだけど」
「ありがとう、律佳!」
分かってくれてよかった。
笑顔で律佳の手を握ると、頬を染めて包み込むように握り返された。
「話、終わったか?」
階段の踊り場で待ってくれていたひなたの呼ぶ声が聞こえ、握られた手を離す。何故か名残惜しそうなのが気になったが……周りを見れば隣を過ぎる1年生はまばらになっている。
「ごめんな、ひなた。待たせて」
「仲がいいんだな」
「ま、まあな……紹介が遅くなったけど、こいつは水無月律佳。試合で会うことが多くて……それで仲良くなったんだ、な!」
律佳に視線を送ると、にこにこと縦に首を振っている。なるべく喋らずに場を済ませるつもりだな。
「そっか、俺は呉谷ひなた。亜紀の幼なじみなんだ。よろしくな、水無月!」
「名字ではなく律佳、とお呼び……呼んでほしいな。ひなたさ……くん」
おい、ギリギリだな……
「わかった。じゃあ律佳、改めてよろしく!」
「よろしくお願いいたしますね」
2人は笑顔で握手を交わした。律佳……口調が騎士になってるぞ……!
「あっ……と、のんびりしてたらホームルーム始まるぞ。早く教室戻ろう」
ひなたは足取り軽く廊下を先に進んでいく。
その後を歩いていると、
「亜紀に会えたし、再び王子にお仕えできる喜び……僕は今とても幸せだ……」
律佳は嬉しそうにつぶやいた。
「お仕えはしなくていいから。普通に友達でいてくれ」
「悪魔のことはあるけど、楽しい高校生活になりそうだ。なにせ、あの頃のように亜紀が隣にいるのだから……♡」
微笑む律佳の言葉に頷くことはできなかった。もちろん律佳に会えたことは嬉しい。悪魔退治にも協力してくれる。
でも俺は……ひなたと二人きりの方が……前世を思い出さないようにできて、ずっと側で守って……ひなたを幸せにできたんじゃないか、と心の底で最低なことを思っていた。
結局は国も騎士団も裏切った男だ。遅かれ早かれ、それはバレる。知ったら俺のことを軽蔑するだろう。
塞ぎこみながら律佳の隣を歩く。教室が近づき顔を上げた頃には、ひなたの姿は教室の中に消えていった。
「桜花、先に戻ってたのか」
ひなたは席に戻り椅子を引きながら、隣に座る悪魔に話しかける。まだ担任は戻ってきておらず、教室内は人の声が飛び交っている。
「人混みに流されててね……気がついたら教室に戻ってきてたよ。挨拶おつかれさま」
「ああ、ありがとな」
「……あれ、亜紀くんは?」
「亜紀は後ろに……」
動きを止めて後ろを振り返るが、亜紀の姿はなかった。まだ廊下で律佳と話しているんだろう、と理解する。
それと同時に、よくわからないもやもやとした感情が胸に残ったことにも気がついた。
「……まだ廊下で律佳と話してるみたいだ。たくさん話してるし、久しぶりに会ったのかもしれないな。仲も良さそうだし……」
ずっと明るかった表情が薄暗く曇ったことを悪魔は見逃さなかった。
「……ひなたくん……」
「どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
(その表情は紛れもなく……嫉妬、だね……♡ ああ、本当におもしろくなってきた!)
悪魔の真紅の瞳が宝石を映したようにキラキラと輝いた。
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