10 / 19

騎士団長、降臨

「ホームルームは以上! みんな今日はお疲れ様。帰ってゆっくり休んで、明日から遅刻しないように!」  白城先生は男女構わず恋に落としそうなほど明るく笑った。ソール王子だったことには驚いたけど……担任を持っていただけるとは光栄だ。  プリントを配ったり、必要事項を聞いたりして1時間ほどでホームルームは終わった。入学初日だしそんなもんだろう。クラスメイトたちは次々と席を立ち始めた。 「ひなた、帰……」 「亜紀!一緒に帰ろう!」  後ろの席のひなたに話しかけようとした瞬間、律佳が突進してきた。後ろに倒れそうになったとこをなんとか耐える。 「~~律佳! くっつくな!」 「いい香りがするね……亜紀……」 「嗅ぐな!」 「みんなで一緒に帰るかぁ。な、桜花も」 「そうだね、みんなで帰ろう」  悪魔も一緒……! そして悪魔に微笑むひなた。  ひなたならそう言うと思ったけど! 俺は2人で帰りたかったのに……この調子じゃしばらく無理そうだ。  ずん、と気持ちが重くなりながら律佳を引き離す。さっきから離れろと言ってもなかなか離れないし……やっぱり前よりスキンシップ増してないか? 「呉谷ー!」  黒板を消し終えたソール王子……じゃなくて白城先生がひなたの前に立つ。 「帰るとこで悪いんだが、代表挨拶のお礼があるらしくて……職員室に来てくれないか?」 「分かりました」  お前たちもごめんな、とこっちにも謝られ俺と律佳は動作を固くしてしまう。 「い、いえ!」 「お構いなく!」  しばらく話すの、慣れそうにないぞ……  そんな中、悪魔は笑いをこらえていた。後で殴ってやる。  先生の後に続くひなたを見送っていると、 「あ、そういえば」  白城先生が振り返る。 「栗島、水無月。朔夜が……いや、生徒会長がお前たちのことを呼んでたんだ。生徒会室に来てほしいって。いや~言うの忘れるところだった。危ない危ない」 「え……」  怪訝な顔をした律佳と目が合う。俺も同じ顔をしているだろう。 「直々に呼び出されるなんて、入学早々なんかしたのか? ……なーんて、ただ話をしたいって言ってたから、びびらなくても大丈夫だ!」  それが逆に怖い……!  というかなんで騎士団長は俺たちの名前知ってんだよ……!! * 「久しぶりだな。アルク、ロッカ」  真っ直ぐによく通る声が部屋全体に響いた。  生徒会室は広かった。騎士団長はその広い部屋の奥、立派な椅子に堂々と腰かけていた。 「お久しぶりです……騎士団長」 「お元気そうで何よりです」  机を隔てて正面に立ち、律佳と揃えて礼をする。  その姿はあの頃の団長そのもので、思わず萎縮する俺たちに顔をしかめた。 「覇気がないな。やり直し……ってのは冗談だ。もう騎士団じゃないからな」  身構えた肩を落とす。冗談分かりづらいんだよ……  イルナ騎士団長。  若くして団長になった実力を持つ男。とにかく厳しくて怖い。その厳しさで騎士団の実力を底上げした。  正義と秩序と平等をモットーにしており、それを乱す者は取り締まり、国民の生活を守っていた。なので国民からは頼られていて人気があり、現代で言うファンクラブも密かにあったみたいだ。  基本的に真顔で何考えているのか分からない。しかもイケメンの真顔はさらに怖い。  そんな団長が口角をあげるのは、犯罪者を取り締まり蔑む時、尋問する時、規則違反をした団員を問い詰める時など……いわゆるドSだ。 「お前たちが驚いているのが壇上からでも見えたぞ。だから記憶があるんだろうと思って呼び出したわけだ」 「そりゃあ誰だって驚きますよ……」  律佳は縦に首を振り、 「団長は何故僕たちの名前が分かったんですか?」 「ああ、上からお前たちが座っている位置の出席番号を数えた。あとは名簿を見せてもらえばいい」  もしやあの視線……挨拶読みながらそんなことを考えていたのか。恐ろしすぎる…… 「団長はクレール王子とソール王子を見ても動揺してなさすぎじゃないですか……!?」 「クレール王子にはリハの時に会っていたからな。しかし、顔を合わせたときは慌ててしまったな」  いかなるときでも表情を崩さず公平に国民を救い、冷徹に、敵を倒す。そんな騎士団長が慌てる姿…… 「見たかったな……」 「そうだね、亜紀……」 「あ?」 「「なんでもございません」」  ボソッと喋ったのに聞こえていたみたいだ…… 「あの、ソール王子には驚かなかったんですか? 今年からの新人教師って仰ってましたが」  団長は動きを止めた後、足を組み直す。 「ソール王子は……俺の兄だ」 「は?」「え?」  咳払いの後、それは淡々と告げられた。  一拍おいて律佳と身を乗り出す。 「兄!? ソール王子が!?」 「本当ですか!?」 「はぁ……入学式の時、俺の名前を聞いていなかったのか。俺は白城朔夜。名字が同じだろう」  2人してぽかんと口を開けて顔を見合わせ、再び仏頂面の団長に視線を戻す。 「顔しか見てなかったので……」 「似てませんね……」 「顔は何故か前世のままなんだから仕方ないだろう」  確かにそれはそうだが、まさかソール王子と血縁関係になっているとは……そんなこともあるのか。  ん、待てよ…… 「騎士団長、ソール王子に恋心を持っていましたよね」 「!」  眉が少し揺れた。 「突然何を言い出すんだ」  団長の声には驚きと怒りが詰まっていたが、隣の律佳は気にする様子もなく俺を見てにこりと頷いた。 「やっぱり亜紀も気づいていた? いつも怖い顔しているのに、ソール王子の前では柔らかく笑っていたよね」 「な、それだけは分かりやすかったよな」  騎士団長が笑う瞬間はもう一つあった。ソール王子と話している時だ。その時は明らかに団長の纏う空気が優しいものになっていた。騎士団員全員が勘づいていたが、誰も話題に出す度胸はなかった。今だからこそ話せる話題だ。  俺はそんな団長の姿に親近感を持っていた。愛しているのに伝えられない。だから、隠しておく。その気持ちは痛いほど分かるんだ。 「お前たち……! 好き勝手妄想をするな!」  団長はバン!と机を叩き立ち上がる。気迫に押され半歩下がる。 「俺はソール王子のお人柄を尊敬していたんだ。そういった恋愛的な感情を持っていたわけでは断じて……!!」  ……やっぱり分かりやすい。  取り乱していることに自分で気づいたのか、咳払いをしながら腰を下ろした。 「これでは話が進まないな。ひとまず仮に、仮にそう、俺がソール王子に好意を抱いていたとしよう、仮にだ」  "仮"の強調がすごい…… 「アルク、お前が本当に聞きたいことはなんだ」  団長は切れ長の瞳で真っ直ぐと俺を見据えた。

ともだちにシェアしよう!