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過去の現実の間
「……ソール王子は前世を思い出していないんですよね」
「ああ。そうだが、思い出してもらおうとは考えない」
「どうして……」
「必要がないからだ。外見も性格も同じだが、あの人はソール王子ではない。別の人間、白城太陽で俺の兄。王子と騎士団長という関係は終わったからだ」
答えはひどく冷淡なものに感じた。喉が詰まっていく感覚に、唾を飲み込む。
王族に恋をした、という立場は同じはずなのに。俺と全く違う考えを持った団長の言葉にどうしようもなく、やるせない感情が湧いてくる。なんで、そう割り切れるんだ。どうして。
「好きな相手が……自分のことや一緒に過ごした日々を忘れていることが、つらくないんですか」
「亜紀……」
俺を気遣う声が耳に入った。が、すぐ隣にいる律佳の方を向く余裕はなかった。
「生まれ変わって再会できたんです。また以前のように笑いかけてほしいって思わないんですか!?」
「思わない。騎士団長の俺も、アルクもロッカも、みんな死んだ。ソール王子もクレール王子ももういない。過去に執着しても前には進めない。お前はその事に気づいているだろう」
目の前のものすべてが遠ざかっていくような感覚がした。
みんな、死んだ。王子はいない。まぎれもない事実だ。冷たい言葉だが、団長は薄情なんかじゃない。誰よりも冷静にこの状況を理解している。団長の言う通りなんだ。俺は未練にずっと縛られている。それは分かっている。
頭では理解していても、沸々と込み上がるものが抑えられない。
「俺は……そんな簡単に割り切れないんです……! ひなたが俺のことを覚えていなくて悲しかった。だけどつらい死の記憶は思い出してほしくない。気持ちが反発しあって俺は自分がどうしたいのか分からないんです……俺は王子を守りきれなかったことを今でも夢に見るんです、死ぬ時のこと……それがずっとずっと俺の中に残ってる。俺は今度こそひなたを守らなくちゃ……!」
「アルク!」
名前を呼ばれ、ハッと意識が戻る。滑るようにとめどなく出ていた言葉を飲み込む。
「落ち着いて。僕も団長もちゃんと聞いてるから。ゆっくりでいいんだ、焦らないで話して」
律佳の手に優しく頭を撫でられる。子ども扱いのように思えたが、昂った熱がだんだんと冷めていく。
「ロッカの言うとおりだ。アルク、落ち着け。話がとっ散らかりすぎだ。物事は順に話せ」
「アルク、深呼吸しよう。吸って……吐いて……」
言葉とリズムに合わせて、深く息を吸って、吐く。
たまった熱を吐き出すにつれ、頭の奥が鮮明になっていくようだ。
「……すみません、取り乱しました。順番に話します。その後で、俺たちが死んでから何が起こったか、教えてください」
律佳も団長も力強く頷いてくれた。
俺は今までの経緯を話した。
クレール王子は悪魔の毒で命を落とした。その時王子を守れなかった後悔からか、同じ夢をずっと見ている。幼い頃、ひなたに会って俺は前世を思い出した。平和な世界でひなたを守っていこうと決めた。なのに憎き悪魔が今日突然押しかけてきて同じクラスにいると……
拙い言い方になっても二人は真剣に聞いてくれた。律佳の手は俺を落ちつかせるようにずっと背中を撫でてくれていた。
「……まさかクレール王子の死因が毒とは思いもしなかったな……悪魔、か。信用できないな」
「あの悪魔、アルクの頬に穢らわしくも口づけをしたんです。絶対に許せない……!」
律佳、怒りの矛先間違ってね……?
「被害がでる前に悪魔を倒す方法を探します。ひなたは俺が守ると決めたんです」
腕を組んで考えこんでいた団長は顔を上げた。
「しかし相手は体を切り裂いても生き返ってお前たちに会いに来た……一人でどうにかできる問題じゃないだろう。俺も協力する」
「僕も協力するから。いや、亜紀が手を汚す必要はない、僕に任せて……」
律佳の言葉に首を振る。
「協力してもらえるのはとても嬉しいんです。俺だけじゃ力も知識もないから……でも、とどめは俺にやらせてほしいんです」
「どうしてそう思う」
「これは俺自身の責任というか、ケジメなんです。王子を守れず、国から、すべてから逃げ出した俺の後悔の……」
それは自分に言い聞かせるみたいだった。悪魔を倒すだけでこの想いは消えるのか? 本当に?
団長は息をつき、
「あの日、何故お前たちはあの場にいたんだ」
と、聞いた。まだ俺は二人に話せていないことがある。それを見抜いているんだろう。言葉では言わずとも団長の瞳は隠さずにすべてを話せ、と問いかけている気がした。
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