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未来を見据えて

「アルク、ロッカ……じゃないな。栗島、水無月」  現在の自分の名前を呼ばれ、顔を上げる。俺も律佳も動きを止めて団長を注視した。 「もう昔の名で呼ぶのは終わりだ。お前たちも団長、ではなく会長と呼べ。過去ではなく、今……これから起こる未来のことを考えるぞ。今ある問題はクレール王子を殺した悪魔だ。いつ生徒に被害が出てしまうかわからない」  律佳と顔を見合わせ、再び会長に目線を合わせる。会長はそのまま話を続けた。 「早めに対処しておきたいところだが、すぐにどうにかできる話ではない。こちらでも情報を集めておく。俺は生徒会長だ、そこそこに無理は通せる」 「ありがとうございます!」  生徒会長が協力してくれる。こんなに頼もしいことはない。 「その悪魔とも一度話してみたいしな……まずは縄で縛り上げて見つからない場所に閉じ込めて……」  ……ドS出てますが…… 「いや、会長、それは……」 「僕もご協力します。手錠もして、拷問道具を揃えて……」 「お前まで乗るな! 誰かに見つかったら通報もんだぞ! そりゃ俺もやりたいけど!」  律佳とのやり取りを鼻で笑った会長は、もういつもの表情に戻っていた。 「冗談だ」  会長の冗談の境界線わかんねぇ……  律佳は「残念……」と肩を落とした。本気でやる気だったなこいつ。 「とにかく、同じクラスのお前たちは悪魔をよく見張っておけ。何をしてくるか分からない。中でも狙いは呉屋ひなたと栗島なんだな?」  「はい」と強く頷く。  過去は戻らない。だからこそ今、大切な人を守るんだ。 「俺は今度こそひなたを守りたいんです……! 大切な、幼なじみで親友なんです! ひなたを守れるなら、俺はどうなってもいいから……」 「よくないよ!」  律佳の張り上げた声に心臓が跳ねた。眉を詰め、目尻を赤くしながら涙を溜め、真剣に俺の瞳を見据えていた。 「り、律佳……」 「これだけは怒らせて。亜紀のばか! 僕だって、悲しかった、たくさん泣いた! 僕はもう二度と、アルクを失った絶望を味わいたくない……!」  まつ毛の長い、あでやかな律佳の瞳から涙がこぼれた。それは見とれるほど綺麗で、声を呑んだ。  力強くぎゅっと抱き寄せられる。 「お願いだから、自分を犠牲にしないで、亜紀……どこにも行かないで……!」  声も、俺の体を抱く手も、震えていた。さっきまでの包み込むような抱きしめ方とは全然違う、縋り求めるような……    そうか……俺がクレール王子を失った、同じ痛みを与えてしまっていた。今でさえ、自分を犠牲にしようとして、知らず知らずのうちに……俺が勝手に死んでしまってから、どれだけ悲しませてしまったんだろう。 「律佳……ごめん……俺……自分勝手だった……お前のこと、周りのみんなのこと、考えずに……」 「本当だよ……! 亜紀はもっと、自分を大切にしてよ……!」  嗚咽交じりに喋る律佳の背に手をまわし、ゆっくりと撫でた。さっき律佳が落ち着かせてくれたように。 「亜紀がひなたくんを守るなら、亜紀のことは僕が守るから……必ず……!」 「うん、ありがとう、律佳……」  律佳の様子を見守っていた会長は、口を開いた。 「栗島、これで分かっただろう。自分の身を簡単に投げ出すな。お前が傷ついて悲しむ者がいることを忘れるな」  こくりと頷く。 「ありがとうございます。俺は自分のことも、ひなたも、周りの人も守れるようになりたいです。ひとりで悪魔を倒そうと、無理をしようとしていました。だから、ご協力お願いします!」 「はじめから協力すると言っている。ありがたく受け取れ。本当にお前たちは手がかかる……」  会長はため息とともに呆れながら、 「アルクが死んでからのロッカも、本当に酷いものだったぞ」  その言葉に、ぐすぐすと俺の胸で泣いていた律佳はピクリと反応した。 「お前の前だと余裕ぶっているが、俺に怒鳴ったり泣きわめ「わ――っ! 会長、それ内緒!言わないで! 亜紀の前では格好つけたいんです!」  泣きはらした顔を勢いよく上げ、ストップサインを出した。  さっきまでの深刻な雰囲気はどこかに行き、大焦りを見せる律佳の姿に、俺と会長は声を合わせて笑ってしまった。 「では、栗島のことは水無月に任せる。こいつはこれだけ言っても自分勝手に突っ走る。よく見ておけ……と言いたいところだが、まあ水無月なら心配いらんだろう」  涙をぬぐいながら律佳は気合の入った返事をしている。なんとも頭が上がらなくて、会長からそっと目を離す。 「むしろ過剰すぎるところが気にはなるが」 「任せてください。四六時中亜紀を見て、亜紀のことを考えます」 「だからそれが過剰なんだ」  膝の上に置いた手を握られた。逃がさないよ、と言われている気がして鳥肌が立った。  やっぱりなんか、律佳が怖い…… 「今日できる話はこのくらいだろう。解散だ。また情報が集まり次第、話し合おう」  連絡先を互いに交換し、生徒会室を出ようとすると呼び止められた。 「栗島、平手打ちが欲しくなったら、俺に向かって後ろ向きなことを言え。存分に叩いてやる」  叩かれた頬につい触れる。痛みは引いたのに、またぶり返したような気がした。 「言いません! 俺は前向きに、頑張ります!」 「それでいい。溜め込む前に相談しろ。これでも俺は柔らかくなったと思うぞ。毎日馬鹿みたいに陽気な兄と一緒にいるからな」  律佳と目を合わせ、首をひねる。 「うーん、なってるかな……?」 「前と変わらず怖いよね」 「あ?」  喧嘩腰のドスの効いた声が返ってきて、「失礼しました!」と二人で慌てて生徒会室を後にする。  ドアを閉めながら、顔を覗かせる。 「冗談です。会長、また相談にのってください」 「生徒会長相手に冗談を言うなんて、お前もでかくなったな」 「はは、今日は本当にありがとうございました! 会長と、律佳と、話せてよかったです」  会長は呆れながらも、楽しそうに微笑んでいるように見えた。  人気のなくなった廊下を2人で歩く。 「いろいろと迷惑かけてごめんな、律佳」 「ううん。僕も取り乱してしまって……こちらこそごめんね。亜紀の前では冷静でいたかったんだけどなぁ……やっぱりどうしても昂ってしまうよ」  俺のせいで泣かせてしまったし……いや、でもそれ以外にも様子がおかしかった気がするが。 「ひなたくんには相談しづらいこともたくさんあるだろう? 会長だけじゃなくて僕のことも頼ってね。泣きたくなったら僕の腕の中いつでも泣いて。抱きしめるし頭もいっぱい撫でるよ」  律佳はこちらに体を向けて手を広げて微笑んだ。泣きついたことをまた思い出して顔に熱がのぼる。バレないように屈託ない笑顔から目を逸らした。 「も、もう泣かない。でもありがとう……うん、よし、全部話してずいぶんスッキリしたよ。一緒に帰ろうぜ。でも俺のせいで話長引かせたからな……ひなたは先に帰ってるかもしれないけど」 「そうだね、一緒に帰ろう。亜紀」 (僕も、亜紀と同じ状況だったなら、首を切っていたよ。愛している人の隣で死ぬのは、悔やむことじゃなくて…… 僕にとってそれは、とても幸福なことだと思うよ、亜紀)

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