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おもしろい人間たち

 誰かが泣いている。 『……じ、いやです、おうじ』  茜色の瞳から零れ落ちる涙。  泣いているのは……亜紀……? でも、なんだか見たことのない服を着ている。 『死なないで、王子……』  なんで泣いているんだ。  待って、おまえは、誰……? 亜紀なのか、それとも……?  震える声はだんだんと離れていく。  深い、底の底へ…… 「待っ……亜紀!」  悪魔が眠らせてから約一時間後。ひなたは飛び起きた。俺の名を呼びながら。  夢を見ていたのか……? え、だとすると俺の夢!? どんな!?  気になるが平静を装い、俺をぼーっと見つめているひなたの顔を覗きこむ。 「ひなた、大丈夫か?」 「亜紀……!」  じっと見つめられた後、俺に向かって両手を伸ばした。  顔をしかめながら俺の頬を鷲掴み、びよびよと伸ばしている。なんだか今日は頬をいじられてばかりだ。  しばらくいじった後手を離し、ひなたは胸を撫でおろした。 「ちゃんといるな……よかった」 「ひなた……寝ぼけてる? 体、変なところないか?」 「あ、ああ……なんか、夢見てた気がして。亜紀が泣いててどっか行っちゃう感じの……よく覚えてないけど……亜紀はここにいるのにな! 変なの!」  暗い顔でぽつぽつと呟くように話した後、俺を心配させないようになのか、顔をあげてぎこちなく笑った。  俺が、泣いてた。もしかして王子が死ぬ時の……? 思い出してはいないみたいだけど、ひなたの中に、前世の記憶は確かに存在しているんだ。アルクのことを覚えてくれているのは嬉しい……けど、あれだけ驚きながら飛び起きたんだ。やっぱりつらい記憶として残っているんだ…… 「あれ、そういやここ保健室か? そういえば木から落ちて……ねこ! 猫は無事か!?」 「猫は今、律佳が見てくれてる。保健室に連れてくるわけにはいかなかったから……」 「よかった……」  僕も行く! 悪魔と一緒なんて危険すぎる! ……と、めちゃくちゃ駄々こねた律佳をなんとか説得した。「今この猫を任せられるのは律佳しかいないんだ!」って言ったのが決め手になった。ごめん律佳。  ひなたと、悪魔と、話がしたかった。 「起きたんだね、ひなたくん」 「!!」  仕切られたカーテンの向こうから顔を出した悪魔はいたずらにくすくすと笑った。その姿にひなたは一瞬、びく!と肩を震わせ、まじまじと悪魔を見つめている。 「保健室っていろんなものがあるね。おもしろくって漁っちゃった」  と、話しながら悪魔はひなたの隣の無人のベッドに悠々と腰かけた。 「羽……なくなってる。夢だったのか……?」  ひなたの戸惑いがぽつりと聞こえた。悪魔は俺の反応を伺っている。このまま夢だったって通すこともできそうだけど……見てしまった事実を隠すことはしたくない。幸い、今保健室には俺たちだけだ。  悪魔の目を見つめ返し、強く頷くと、悪魔は口角を上げ話し出す。 「そりゃあ、羽はしまえるからね」  その言葉とともに、背中から真っ黒の羽が現れた。ベッドの周りを埋め尽くすほどの大きさ。何度か見たはずなのに、非現実的なその大きさに気圧されてしまう。  ひなたは小さく喉を鳴らしてふとんを握りしめながら、ぱくぱくと口を開閉させた。 「あ、ゆ、夢じゃなかった……」 「夢だったらよかったって思った?」 「いや、そういうわけじゃなく、驚いて……」  助けを求めるように、眉を下げたひなたがこちらを向く。 「亜紀は……知ってたのか?」 「……ごめん。剣道の試合で会ったことがあるっていうのは嘘なんだ」  真っすぐな瞳から目をそらした。 「……すごく前に、こいつと会ったことがあって……」  ずきんと胸がいたんだ。  これだけは言えない。ひなたが自分自身で前世を思い出すまで、絶対に言えない。思い出したら話すから、今は…… 「ケンカしたってことか? 悪魔と?」 「ま、まぁ、そんな感じ……」 「勝ったって言ってたよな、朝。悪魔に?」 「そ、そう……あいつが先に仕掛けてきて……俺が勝ったんだけど」  ベットに座りながらも、精神的にも距離的にもずいずいと迫ってくるひなた。うまく誤魔化せないでいると、目の前の悪魔は羽をしまい、笑いをこらえていた。くっそ、高みの見物かよ……! 「ふふふ、亜紀くんはとっても強いからなぁ。ま、半分は愛する王子サマの声援のおかげ……」 「おい!!」  思わず声を荒げると、余裕たっぷりに肩をすくめている。  こいつを一度倒したとき、王子が見てくれていた、信じてくれていた。悪魔への怒りと確実に殺してやるという強い思いがあって、今まで以上の力を出せたんだ。癪だけど本当に王子のおかげだった。 「そういうことで、つよーい亜紀くんたちに、また会いたくなって来ちゃったってこと! あとは人間の生活に興味があってねぇ」  悪魔は俺の言葉を引き継ぐようにひなたに向けて説明を付け足した。ひなたは首をひねり眉を寄せた。 「いまいち話がつかめないな……」 「今は理解しなくていいよ、でも、いずれは……ね」  その言葉はひなたに向けているようで、俺に言っているように感じた。きっと、いずれは……  一息ついたひなたは再び俺を見つめた。 「よくわからない……から、とりあえずはいいや。何かあったんだろうけど、亜紀が言いたくないなら無理には聞かない」  ひなたはにっこりと笑い、俺の頭を撫でた。 「ケンカしたのも理由があったんだろ? 俺は亜紀が意味もなくケンカするとは思わない。亜紀のこと、信じてるから。話せるようになったら、話してくれよ。待ってるから」 「ひなた……」  やばい、泣きそうだ。騙しているようなもんなのに、ひなたはそれでも信じてくれている。嬉しいのに、罪悪感も混じって不安定な心がこぼれてしまいそうだった。 「ごめん、ありがとう……」 「いいよ。幼なじみなんだから、そんぐらいお安い御用だ!」  勢いあまってひなたを抱きしめていた。涙をこらえながら、背中をばしばし叩かれるたびにひなたのやさしさを感じた。

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