「あのさ、俺―――松原のこと好き……なんだけど」 放課後の古文準備室で俺は告白した。 古文教師の松原晄人。 そう、男に。 だけど俺はマジでコイツを好き―――――…… なワケねーだろ！！！ この告白はぜーんぶ友達としたゲームで負けた俺に課せられた罰ゲームだ。 松原は俺たちの通う男子校でも有名な美形で、無表情で、冷血漢でめっちゃ厳しいって評判。 俺は授業ならったことないんだけど、まじで厳しいらしいし、ぜーんぜん笑わないらしい。 そんな松原に告白するなんて、どんだけ怖い目見るか。 鬼だ冷血サイボーグだとか呼ばれてるコイツに『じょうだんでーす』なんて通じそうもねーし。 でもシメは『なーんて、冗談でしたー☆』って言わなきゃいけねーんだけど。 ったく、誰だよ、こんな罰ゲーム考えたヤツはー！！！ って俺だよ！！　バカバカ！！！ そして俺以外のこの罰ゲームつきのゲームに参加した奴らは準備室の外に待機して、聞き耳を立ててる。 あー、もう最悪。 早く終わらせたい！ 「……向井が俺を？」 訝しむような松原の声が聞き返してきた。 「へ？　あ、うん」 びっくりした。 コイツ俺の名前知ってるんだ。 戸惑いながらもこれからどんな反応するんだろうって見守ってたら、ふうん、って聞きとれるかどうかくらいの呟きが聞こえて、目が合った。 黒ぶち眼鏡のその奥にある目が、光ったような……気がした。 窓から入ってくる陽射しのせい？ もう日も長くなってきて4時を過ぎたけどまだまだ外は明るい。 「お前、俺を好きなんだな？」 「……う、うん」 念を押すように言われて、頷く。 なんかすっげー怖いんだけど。 ここで俺が冗談ですーなんて言って大丈夫なのかな。 でも普通冗談だって思うよな？ それにコイツだってすっげー怖い雰囲気してるけど美形だし彼女とかいるだろうし、ガキの告白真に受けるはずねーだろうし。 それでも松原の冷たい雰囲気に飲まれるように俺はいつネタばらしすればいいのかわかんなくなって、っていうかビビって立ちすくんでた。 「ふうん」 と、また松原が呟く。 その口元が微かにだけど笑ったような気がして、またちょっとビビる。 動けないでいると松原がいきなり俺のほうへと歩いてきた。 な、なんだろう。いきなり殴られるとかはさすがにないと思う……けど。 松原の行動から目が離せないでいると松原は俺の―――横をあっさりと通り過ぎてドアのほうへ。 まさかの俺の告白スルー！？ 呆気にとられてると次の瞬間、ガン、っと激しい音が響いた。 それは松原がドアを蹴った音で、また次の瞬間にはドアの向こうで「うわっ」だとかいくつかの声が上がってどたばたと廊下を走り去っていく足音。 「……」 「……」 ゆっくりと松原が振り返って歩いてきて、俺の傍で立ち止まった。 「お前、俺を好きなんだって？」 ごくり、と喉が鳴った。 え、まさか最初からバレてた？ 「え、えっと、あ、うん？」 なんか冗談ですー、そっかー、なんて、そんな簡単には終われそうに……ないよな。 俺は情けなく半笑いで曖昧に頷く。 バーカ、とでも言って追い出してくれねーかな。っていうかもう帰っていいかな。 「向井、お前女癖悪いらしいな」 「……は？」 「顔がいいからって女食いまくってるって本当か？」 「……」 本当ですー、とは言えないよな。 食いまくってるっていうか誘われたら断らないだけだけど。 でも別に彼女いねーし！　十代だし、別にいいじゃん！！ なんだ、説教か、説教なのかよ！？ 激しく帰りたくなりながら一歩後退りしながら、 「ど、どうでしょう……」 って敬語かよくわかんねー返事をした。 そんな俺に松原がはっきりと笑った。冷たい笑みで。 緩く口角を持ち上げた松原はゆっくりと眼鏡を取る。 「……」 コイツまじで美形なんだな―――。 眼鏡越しじゃない目は眼光っていうかなんか威力がハンパない。 じっと見つめられて視線を逸らしたらヤバいような気がしてそのまま見つめ返して。 ス、と松原の手が動いた。 「じゃあ、味見な」 ―――……は？、って言う前に襟を掴まれ引き寄せられて、一気に視界が暗くなって、ポカンと開けてた口の中に生ぬるいものが入り込んで、俺の舌に絡まった。 「……っ、ん！？？？？」 ざらついたものが舐めてまとわりついてくる。 目を見開いた俺のすぐそばには松原の顔。 呼吸するための口は塞がれてて熱い―――舌が生き物のように動いて咥内を侵している。 って、ええええ！？ 俺なんでベロチューされてるんだよ！！？ 数秒してようやく我に返って、慌てて松原を押しのけようとしたけどビクともしない。 逆に腰掴まれて抱き寄せられて身体がさらに密着した。 なんでキスされてんのか意味わかんねぇ。 俺が抵抗してんの気づいてるはずなのに、気にしてない松原。 っていうか……コイツっ！！！ 「ん、っ……は」 唾液が渡ってきて息継ぎの間に飲みこんで、また塞がれる。 角度を変えるたびにどんどんキスは深くなってって、松原の舌は煽るように裏筋をくすぐったり歯列をなぞったり、好き勝手に動く。 なのに、好き勝手にしてるくせに……コイツ……キスめちゃくちゃウマいんですけどー！！ 美形だしモテそうだけどでも冷たそうだし女嫌いっぽい感じもしたからこういうこと興味なかったりして。 なんて思ってたのが大間違いだったってハッキリわかる。 いやまじで―――いままでの中で一番上手いキスかも。 「……ンっ」 鼻から抜ける自分の甘ったるい声が聞こえたけど、正直どうでもよかった。 いきなりキスされてる上に、相手は男。 だけど、気持ちいいからどうでもよくなって、無意識に自分からも舌を絡めてた。 舌と舌を擦りつけあって水音がするくらいのキスは頭の中を麻痺させていく。 むちゃくちゃ熱くて沸騰してんじゃねーのってくらい。 唇が離れたら追いかけて、お互いに唇や舌甘噛みしたりしてまた舌絡めて。 あー、ヤバい。 松原の上着ぎゅって握って気持ちよすぎて手が勝手に動き出す。 服越しに背中撫でたら硬くて、あ、男だ、なんて当たり前のことが過るけどキスにあっというまに霧散しちまう。 「……っ……はぁ」 「場数踏んでるだけあるな」 いったいどれくらいの間してたのかわかんねー長いキスが終わって、ぼうっとしてる俺を覗き込んだ松原が口角を上げる。 「……な、なにキスしてんだよ……っ、淫行教師…っ」 キスの余韻が残りまくりで頭が働かないなかで精いっぱい悪態ついてみた。 「淫行教師なぁ。別にどうでもいいが……。お前こそ校内で淫行するなよ」 「はぁ？」 「先週望月先生とヤってただろ、音楽室で」 「……げ」 薄笑いで俺を見下ろす松原に顔が強張る。 もしかして見られてた……んだよな。 望月先生っていうのは24歳の音楽の先生。もちろん女だ。 「えー……と、それはー」 ぶっちゃけ誘われたのは俺なんだけど望月先生のせいにするのもなー。 俺も簡単に乗ったんだし、って俺に乗ったのは望月先生だけど―――って親父ギャグかよ。 「……イテッ」 くだらねーこと考えてたら頬っぺた抓られた。 「なにすんだよっ！　ていうかそれと今のキスと何が関係あるんだよ！！」 手を振り払って怒鳴ると松原は目を細めて俺と目線を合わせた。 「望月先生が俺とシたときよりも楽しそうだったから、お前に興味湧いた」 「はぁ？　お前が先生とシたときってそんなん知ら―――……え、えええ！？　お前望月先生とシたの！？？」 叫べば、ため息が落ちてきていきなり手で口を塞がれた。 成長しきった大人の大きな手。 「んー！」 「お前煩いよ。でかい声だすな、誰か来たらどうするんだ。いいか、少し気をつけろ」 そう言ってゆっくり手が離れる。 「そんなこと言ったって、お前がさっきから変なことばっかするからだろ！！　ていうかていうかマジで望月先生」 俺たち穴兄弟ー！？　ショックなんだけどー！！！ 「ったく、煩いって言ってるそばから……」 呆れたような声が響くから文句を返そうとしたら、 「お前はこっちのほうが大人しくなるな。あと、俺のことはちゃーんと"先生"って呼べ」 って言われたと同時にまた口を塞がれて、当然のごとく絡まってくる舌に俺の思考はあっというまに霞んでいった。