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第9話

#シロ 「依冬~~!」 「シロ!」 オレはスーパー仁くんと映画に向かう前に、依冬とサムゲタンを食べる為に渋谷にやって来た。待ち合わせしたモヤイ像の前の、ひときわ大きな背中に抱き付いて、スリスリしながら言った。 「寒い!早く、サムゲタンを食べて、体の芯から温まらないとっ!」 「サムゲタンって…スープでしょ?俺、お腹がいっぱいになる気がしないよ…」 だったら、ポッサムも食べれば良いんだ! そうこうして目的のお店の前までやって来たオレは、依冬に言った。 「ここは、有名なお店だよ?」 「へえ…」 オレは、感心無さげにそう言った依冬と一緒にお店に入った。 「なんだ…?」 店内は異様な雰囲気を出して、店員はビビった様子でお水を運んでいた。 お客に至っては早く店を出たいとばかりに熱いスンドゥブをかっ込んでいる… 「いつもは…こんな感じじゃないんだけどな…」 首を傾げながら、一番良い席に座ったオレは上着を脱ぎながら言った。 「依冬~!サムゲタンだ!あと、ポッサムも食べよう!」 「はいはい…」 適当に頷いた依冬は、辺りをキョロキョロ見回してオレに言った。 「シロ…あの人たち、どうして立ってるんだろう…?」 そんな依冬の声に首を傾げたオレは、お店の店員さんを呼んで言った。 「お姉さん!サムゲタン2人前と、ポッサム!あと、キムチを頂戴よっ!」 「ね~…」 韓国人のお姉さんは、オレがあまりにイケメン過ぎて…怯えちゃったみたいだ。 「ふふ…!イケメン過ぎるのも、罪だね?依冬~!」 「誰がイケメンなのさ…カワイ子ちゃんの間違いだろ…?」 毒舌の依冬は健在だ。 彼は“弟”なんてポジションに甘んじてるんだ。 可愛いじゃないか! 「ねえ?依冬?スーパー仁君と、この後映画に行くんだよ。彼は名古屋の出身みたいだ。だってさぁ、めちゃくちゃ訛ってたんだ~!しかも!楓に食われてたっ!ウケるだろ?プ~クックックック!楓はヒロさんも食べて、スーパー仁くんも食べちゃった!食いしん坊だっ!」 そんなオレの言葉に首を傾げた依冬は、大きな体を沈めて、声を忍ばせてこう言った。 「シロ…何だか、ヤバいタイミングに店に入っちゃったみたいだ…!」 「…はぁ?」 そんな依冬の言葉に、オレは首を傾げて辺りを見回した。 すると、葬式帰りなのか…黒い服を着た人たちが、何も注文しないまま席に腰かけて俯いていた。 「プククッ!あの人たち…!注文するの忘れてる!」 「いや…さっきまで…みんな立ってたんだよ?シロが、振り返ったタイミングで、不自然に腰かけたんだ!」 必死にそう訴えて来る依冬を見つめたオレは、眉を下げて首を横に振って言った。 「依冬!葬式帰りなんだよ…静かにしてあげて?オレはね、分かったんだ。偲ぶって…大事な事だって…それに…プ~クックック!注文もしてないで、みんな…黙って座ってて…!相当、悲しんでんだよ?ぷぷっ!」 そうこうしていると、目の前にサムゲタンがやって来た!! 「はぁ~~~~~!良い匂い!依冬?温まるよ?ほらぁ、食べてぇ?」 オレは依冬にサムゲタンをよそってあげた。そして、鉄のスプーンですくって、彼の口に運んで言った。 「あ~んして?」 「あ~ん…」 ずっと眉間にしわを寄せたままの依冬に、オレは首を傾げてこう言った。 「難しい顔しないんだ。そんな顔してると…桜二みたいに、意地悪になるよ?」 「だって…なんだか、様子がおかしいんだ…」 依冬が首を傾げてしつこくそう言うから、オレは再び辺りを見回した。 「プ~クックックック!!」 まだ、注文してない!! 「お姉さん!お姉さん!!あ、あははは!!あそこのお客さんの注文、取ったげてよっ!腹痛い!!キャハハハハハ!」 「シロ!…失礼だよ…!」 大笑いするオレを諫めた依冬は、ゲラゲラ笑うオレの頭を一発引っぱたいた。 すると、座っていた葬式帰りの人たちが一斉に立ち上がって、こちらを見つめた。 その異様な光景にビビったオレは、体を固めて依冬に言った。 「依冬…オレ、もしかしたら…見ちゃいけない物が見えてるのかも…」 依冬は固まったオレを自分の隣に座らせて、肩を寄せて言った。 「大丈夫…あれは、生きてる人だよ…。だって、俺にも見えるもん…」 よく見ると、大きなパーテーションを隔てて、向こうに誰かがいる様子だった。 その瞬間、体の力が抜けて…ため息を吐いた。 あぁ…ヤクザだ… すぐに察したオレは、依冬の隣に座ったまま、ポッサムを食べ始めた。 「ん!こんなにネギを食べたら、スーパー仁くんに、シロは、口臭いって思われちゃうかもっ!あ~はっはっは!」 「何、言ってんだよ…」 別にヤクザは怖くない。彼らは、一般人には何もしないんだ。 オレは…よく、知ってる。 すると、依冬と並んでサムゲタンを食べている目の前を、知ってる顔のイケてるジジイが通りすがった。 「おっ!結城さん?どうしたの?ご飯、食べに来たの?」 そんなオレの声にギョッと顔を歪ませた結城さんは、足を止めてオレを見つめて言った。 「何してんだよっ!この、馬鹿野郎!」 「サムゲタンを食べに来たんだ!馬鹿野郎はどっちだ!昨日、連れて帰るの…大変だったんだからな!ほんと、ジジイの酔っ払いほど、質が悪い生き物はいないよ?オレが入れたボトルを、3分の2も飲みやがって!いくらすると思ってんだぁ!」 そんなオレの言葉に眉を顰めた結城さんは、鼻をフン!と鳴らして、パーテーションの裏へと消えて行った。 全く… 元気になった途端、ヤクザとつるむなんて…本当、悪いジジイだ。 でも、今日の彼も…きちんと身なりを整えて、なかなか良いじゃないか! クスクス笑ったオレは、手元の器から赤唐辛子を箸で摘んで持ち上げた。そして、隣の依冬に言った。 「依冬?この唐辛子かじってみて?」 「えぇ…?嫌だよ…!」 「なぁんで!かじってみてよっ!」 そうこうしていると、パーテーションの裏から、大きな笑い声が聞こえて来た。 その声が…気になった。 首を傾げて奥を見つめていると、依冬がオレの肩を叩いて小さい声で言った。 「シロ…シロ…!あんまり、じろじろ見たら…駄目だって!」 聞いた事がある…あの、笑い声… 忘れもしない…あの、声。 突如現れた、スーパー仁くん… 怪しい動きをする、桜二と勇吾… 他所のヤクザが来たと、歌舞伎町に私服の警察官が立って、目を光らせた。 あぁ… そういう事だったのか… 「ふふ…なる程ね。だから、桜二と勇吾がキレてんだ…。彼は、剛毅だから…」 ひとりでクスクス笑ったオレは、首を傾げる依冬に言った。 「ほらぁ…唐辛子、かじってよ!」 「嫌だってばぁ!」 ふふっ! このパーテーションの向こうに、彼がいる… そう思っただけで、胸の奥が温かくなった。 「ホットク、頼んでないよ?」 オレは、目の前に出されたホットクに首を傾げてそう言った。すると、黒服が手を差し伸べて小さく頷いた。 あぁ…彼を知ってる… まだ、あの人の傍に居たんだ。 ふふ… 「…ヤクザのおごりだ。気前よく食べようじゃないか!」 隣の依冬を見上げてそう言うと、彼は顔を歪めて首を横に振った。 「ごちそうさまでした!にゃ~ん!」 大きな声でそう言ったオレは、上着を手に持って依冬に言った。 「スーパー仁くんの所まで送ってよ!」 「はいはい…没収されてたら、ウケるね?」 桜二と同じセンスだな… つまり、これは結城さんのセンスだ。 「シロ…」 名前を呼ばれて振り返った。そして、差し出して来る手に伝票を手渡して、首を傾げて言った。 「…猫ちゃんに、会いたい。」 「伝える…」 ヤクザのおごりに動揺する依冬の腕を掴んで、オレは店を後にした。 「シロ!何で?知り合いなの…?お店のお客さんか何か?それとも…親父の悪い友達と仲良くなっちゃったの…?」 矢継ぎ早に聞いてくる依冬を無視したオレは、彼の手を繋いで、黙々と歩き始めた… ねえ… オレに…会いに来たの? 何も言わずに、ひとりで東京に来たオレを…許してくれるの… あなたに甘える事を思いつかなかった訳じゃないんだ。 でも…オレは、兄ちゃんを失った悲しみを忘れたくて…全て、捨てたかった。 自分の周りの物を…全て、リセットしたかったんだ。 ゼロにしたかった…。 待ち合わせの場所へ向かう途中…オレは、依冬に言った。 「ねえ、依冬?あれ、取って?」 そう言って指を差したのは、ゲームセンターのUFOキャッチャーだ。 「こんなのお金の無駄だよ?知ってる?このアームは調整出来て…ユルユルなんだ。だから、絶対に取れない!よくテレビでUFOキャッチャーのプロなんかが取る方法を教えてるけど、あんなの、全部、嘘だ!」 UFOキャッチャーの前で、カップルが財布を片手に奮闘する傍で依冬が声を大きくしてそう言った。 この子は、こういう所があるんだ… 可愛いだろ? 「ふふ…良いから!ちょっとだけ、付き合ってよ!」 クスクス笑ったオレは、一番大きな景品が置かれたUFOキャッチャーに500円玉を投入した。 「あっ!シロ…もっと、もっと…奥だって!!」 何だかんだ文句を言っていたのに、いざ始まると依冬は誰よりも興奮した… 「あ~~!も、違うってば!もっと、奥だったのに!どうして言う通りにしなかったの?はぁ~…」 ムカつく? あぁ、少し…ムカつく。 ため息を吐く依冬を横目に見たオレは、500円玉を彼に手渡して言った。 「…やってみろよっ!馬鹿野郎!」 「ふん…取っちゃうよ?」 鼻を鳴らしてそう言った依冬は、カッコいい見た目を放棄して、UFOキャッチャーに前屈みになって、空間認識能力をフル発揮しようとした。 「こうして…こ、こうして…」 微妙な塩梅を見せる依冬の右手を見つめつつ、上の方でガッガッガ…と小刻みに揺れるUFOキャッチャーのアームを眺めた。 さてさて…取れるのかな…? 首を傾げたまま、依冬の様子を見つめたオレは、後ろの方でバタバタと大移動する黒服と、その他を背中に感じながら依冬に聞いた。 「取れそう…?」 「ん、待ってよ…!」 こういうのは…桜二の方が得意なんだ。 この前も…タンスの向こうに落とした100円玉を、器用に物差しだけで拾い上げてたもんね。 彼は、執念が凄いんだ。 「あっああ!!」 依冬の空間認識能力は的確だった。丁度ぬいぐるみの真上に移動したアームは、真下に下がって、ぬいぐるみを挟んで掴んだ。 「や、やったぁ!」 興奮する依冬は、さっき、自分で言った言葉を忘れてる… アームはガバガバなんだ… 思った通り、ガバガバのアームは、一度掴んだぬいぐるみを簡単に放棄した… ガンッ! 思いきりUFOキャッチャーを蹴飛ばした彼は、見事に警報機を鳴らした… 「に、逃げろっ!!あ~はっはっは!」 依冬の手を掴んだオレは、ケラケラ笑いながら人混みの中を走って逃げた。 「あぁ、スーパー仁くんだ~!」 待ち合わせ場所には、寒空の下…汗だくになったスーパー仁くんが、息を切らして立っていた。 きっと、さっきの店に…君も居たんだね…? 「依冬?この子が…楓に食われたスーパー仁くんだ。そして、スーパー仁くん?この子は、オレの恋人の依冬だよ?結城さんの2番目の息子だ。1番目の息子は、桜二って言って、彼もオレの恋人なんだ。良いだろ?」 スーパー仁くんの爽やかイケメンぶりに、依冬の火が付いた。 ピシッと姿勢を正した彼は、カッコいいスーツの襟を直して、外っ面の笑顔を向けてこう言った。 「どうも、シロの彼氏の結城依冬です。いつもは、社長をしてます。シロをよろしくお願いします。ホラー映画は…見られないので、アニメかコメディ映画を見て下さい。」 「なぁんだ!オレはこれから、“アナベル2021”を見る予定なんだぞ!」 オレは怒って依冬の大きな背中を叩いた。すると、スーパー仁くんが息を整えてこう言った。 「じゃ、じゃあ…いこまい。」 ふふ… 耳障りの良い…懐かしい訛りだ。 「じゃあね~!依冬~!桜二に何か聞かれても、何も言うなよ~!」 そんなオレの言葉に手を振った依冬は、ゲームセンターの前を遠巻きに通り過ぎて人ごみに消えて行った。 「…良い人なんだ。オレの事を助けてくれた…。本当…散々だったんだ…」 スーパー仁くんの後ろにあなたが居るのを感じて、オレは彼に向ってそう言った。そして、ガチガチに緊張するスーパー仁くんに笑顔で言った。 「…いこまい!」 「な、何を見ますか…?」 「だから…“アナベル2021”だって…。あの、アナベルがとうとう宇宙に行くんだから。見ない訳には行かないだろ…?」 チケット売り場に並んだスーパー仁くんにそう言ったオレは、彼と離れてアナベルのチラシを手に持ちながらあの人の傍に行った。 すぐ傍に居るのに何も話さないのは、そういう決まりがあるから。 彼に声を掛けられない限り、話しかけては駄目だって…教えられた。 それは、知らない所で睨み合うヤクザ同士の抗争に、オレを巻き込まない為の、暗黙のルールなんだって…。 オレはそんなあなたのルールを、きちんと守るよ… 「シロさん…!“アナベル2021”…こ、この席で良いだがや?!」 「良いよ?どこでも良い。…ねえ、ところでさ。楓に誘われたの?それとも、スーパー仁君から誘ったの…?」 そんなオレの言葉に顔を歪めたスーパー仁くんは、顔をそらして言った。 「さあ…」 あぁ… ハンター楓に…食われたんだ。 きっと、この子に酒でもたんまり飲ませて、のんけを食ったんだ… 「楓は美人だから…」 そう言ってスーパー仁くんの背中を撫でたオレは、彼を見上げてこう言った。 「コーラとポップコーンも買おう?」 オレはアナベル2021に勝機を見出してる。 きっと最後まで見る事が出来るって、信じて止まない。 だって、初めのうちはめちゃんこ怖かったこのシリーズも、回を重ねる毎に、徐々にコメディ要素の強い物に変わって行ったんだから! このアナベルを最後まで見て、オレがホラー映画を見れないと踏んでる依冬に一泡吹かせてやるんだから! 座席に腰かけたオレは、スーパー仁くんとの間にポップコーンを置いた。 座席はスクリーンの真ん前、一番良い場所じゃないか! 「ねえ?アナベルは無重力でも動くと思う…?」 そんなオレの問いかけを無視して、スーパー仁くんは席を立った… そして、程なくして大きな体の男がオレの隣に腰かけた。 ふふ… 「やっとかぶりじゃんね…」 久しぶりに聞いた声は…変わらず、オレの耳の奥に自然と馴染んで消えてった。 胸の奥が熱くなったオレは、彼の手を取って…昔と同じ様に、指を絡めて繋いで、頷いて答えた。 「うん…」 暗くなって行く映画館の中は、人もまばらだった… きっと、平日のこんな時間のせいだ。 「…猫ちゃん、オレの事なんて忘れてると思った…」 変わらない…大きな手のひらを何度も指先で撫でながら、そう言った。すると、隣の彼は、首を傾げてこう言った。 「…言ったじゃんね…俺は、おまんの味方だら…」 あぁ… 「…ふふ…そ、そっかぁ……うう…ひっく…ひっく…」 自然と溢れて来る涙は…きっと、うれし涙… 幼いオレを愛して…守ってくれた… そして、オレの激動の時に、傍で…唯一の居場所になってくれた人。 猫ちゃんだ… 「…おまんとこの、アホな兄貴、死んだだら…。俺は、そん時、ちいと外に出れんくてな…おまんを迎えに行けなかった。」 そう話した猫ちゃんの腕に頬を付けたオレは、目の前の大きなスクリーンに映ったアナベルを見つめたままこう言った。 「…突然の兄ちゃんの死が…受け入れられなかったんだ。オレは、少し、おかしくなって…逃げる様に東京へ行った。そのまま…死ぬまで、ただ…淡々と生きれれば良いかなって…刹那的に生きてた。」 頬にあたるシャツの匂いも…肌触りも…その下の腕の肉感も…全て覚えてる。 「ほうか…で、何してた…?」 そう聞いて来る声を瞳を閉じて聞きながら、懐かしい腕に頬ずりして言った。 「歌舞伎町のストリッパーになった…」 「あ~はっはっは!どえりゃあ驚いただがや…!」 猫ちゃんの豪快な笑い声が…映画館の中に響いた。 「あ…もう、だめぇ…!」 そう言って彼の口を両手で抑えたオレは、久しぶりに間近で見た猫ちゃんの顔を見つめて、潤んだ瞳をそのままにして言った。 「ごめんなさい…!何も言わずに、居なくなって…ごめんなさい…。もう…全て、ゼロにしたかった…。誰も、オレを知らない場所へ行きたかった…」 そんなオレを見つめ返した猫ちゃんの瞳は、反射したスクリーンの光を、グラグラと歪めて見せた… 「ええよ…。若いのが、YouTubeってので、おまんを見つけただもんで…どうしとるかと、顔見に来ただけだがや…」 そう言ってオレの頬を包み込む、この手が…大好きだった… 猫ちゃんの匂いは…あの頃と何も変わらなかった…。 桜二でも、依冬でも、勇吾でもない…良い匂いがした。 絡める舌が懐かしむんだ…あなたといた…あの時を。 触れる手が懐かしむんだ…あなたといた…あの時を。 何もかもを忘れたくて、ただ、あなたの腕の中で快感に溺れて、囁かれる甘い言葉に酔いしれて、オレは、ただただ…ひどく安心したんだ。 何かあったら…この人に守って貰えると、心の底から…安心していた。 「猫ちゃん…会いたかったぁ…」 喉の奥から出した押し殺した声でそう言って、両手で大きな体を抱きしめた。 幼い頃…彼に抱かれていた。 それは、うちに来てオレを好きにした男の物と違って…優しかった。 そんな特別な感覚は、甘えたがりなオレをすぐに虜にした。 オレは、猫ちゃんと会う事が嫌じゃなかった。 もしかしたら、こんな関係…間違っていて、道徳に反していて、おかしいのかもしれない。 でも、それでも…オレの支えになったのは…間違いが無いんだ。 「…猫ちゃん、店に来る…?それとも、シロと遊ぶ…?」 彼の頬に頬ずりしたオレは、熱い吐息を口から漏らしながら彼の髪を撫でて笑った。 そんなオレの問いかけに、彼は同じ様にオレに頬ずりして言った。 「…いこまい。」 オレは、猫ちゃんに、桜二や依冬、勇吾の事を話さなかった。 どうやって暮らしてのか…何をしていたのか…兄ちゃんのトラウマに苦しめられた事も、勇吾と結婚した事も、何もかも…話さなかった。 隠した訳じゃない… どうせ、彼は知ってるから…話す必要がないと思ったんだ。 オレはそのまま猫ちゃんの宿泊先のホテルへ向かった。 「ねえ…シロは、3匹目を、まだ見つけてないんだ…」 部屋に入ったオレは、猫ちゃんの体に抱き付いて、彼のジャケットの下に手を入れて、背中を撫でまわしながらクスクス笑った。 すると、彼は、オレの顔を上に向かせて、優しいキスをくれた。 「おらんよ…。3匹目の猫は、初めから…おらん。」 そんな彼の言葉に、オレは口元を緩めて笑って言った。 「…嘘つき!本当は、3匹目が居るのに…面倒臭いから、居ないなんて嘘を吐いてるんでしょ?」 目を丸くした猫ちゃんは、ケラケラ笑ってオレを抱き上げて言った。 「まぁ~ったく、たあけは変わらずだがや!そんなに言うなら…おまんの為に、3匹目の猫を彫ったるわぁ!どこに入れたらええの…?」 ベッドに連れて行かれたオレは、彼のシャツのボタンを外しながら、徐々に見えてくる美しい刺青を見つめて、堪らなくなって…舌で舐めて言った。 「猫ちゃん…やっとかぶり…」 年をとっても…彼の筋肉は最高だった。そのお陰で、美しく彫られた刺青は形を崩すことなく…オレの覚えている美しい姿のままだった。 「大好きだよ…舐めさせてよ…」 野獣になったオレは、大きな猫ちゃんをベッドに押し倒した。そして、ゲラゲラ笑う彼の体に跨って、自分の服を脱ぎながら口を尖らせてこう言った。 「なぁんで、笑うんだぁ!」 「あ~はっはっは!シロは、ほんと…変わらない…!可愛いだがや!」 当たり前だ…オレは、歌舞伎町のストリッパー、シロだよ? 可愛くて、なんぼの…商売じゃ! そんな猫ちゃんとピッタリと体を合わせると、まるであの時に戻った様な気がして…馬鹿みたいにホッと安心した。 温かくて、綺麗な模様の付いたこの人の体が…大好きだった。 嫌な事も…怖かった事も…何もかも忘れさせてくれる…彼が、大好きだった。 「猫ちゃん…綺麗な体だね…?シロは、この体が大好きだよ…?あなたがいてくれたから…シロは生きてこれたんだよ…?ねえ…知ってた?」 彼の胸を舐めて、大好きだった首筋を食みながらそう尋ねると、猫ちゃんはオレの体を大きな手のひらで撫でて、こう言った。 「なんだ…前より、エロくなったか…?」 「あ~はっはっは!!」 おっかしいね…! 「ふざけないでよ…。愛してよ…。気持ち良くしてよ…。シロだけ見て、シロだけ愛して…シロ以外見ないで…。ねえ、猫ちゃん…シロを抱いてよ…」 オレは、うっとりと彼の唇を舐めて、そう、おねだりした。彼が目じりを下げてオレの唇を撫でるから、そんな指を舌で包んで舐めてしゃぶった。 堪らない…大好きなんだ… 「シロ…俺の事、好きか…?」 そんな猫ちゃんの問いかけに、オレは彼の唇を食みながら笑って答えた。 「愛してる…」 何もかも忘れて…あなたと、一緒に…トロけてしまいたい… ただただ、快感をくれる…そんな存在に、縋ったって良いって、あなたが教えてくれた。 猫ちゃんがシャツを脱ぐと、美しい刺青の体が目の前に現れて、オレはうっとりと瞳を細めて、手を伸ばして、触れて、抱きしめた。 まるで、体があなたを思い出して行くみたいに、触れられるだけで、痺れてしまう。 撫でられる背中も、胸も、太ももも、大きな手で抱き寄せられる腰も… 全てあなたを思い出したみたいに…嬉しそうに熱くなってくよ… 「あぁっ…気持ちい!猫ちゃぁん…イッちゃう…イッちゃいそう…!」 白髪の多くなった彼の髪を鷲掴みしたオレは、股間の中で、オレのモノを咥えて扱く彼を覗き込んだ。 鋭いその目がオレを見つめて、あなたの口元が緩く微笑んで笑うから…オレは、堪らず、体をのけ反らせて快感を感じるしかなくなるんだ。 気持ちいい…あぁ…気持ちいい…! 「イッたらええだら…?」 彼の声が…彼の言葉が、懐かしい… まるで、目の前を…あの時間が流れて行くみたいだ。 兄ちゃんはオレの事が好きじゃなくなったの…? どうして、あんな事をするんだろう…? そんな思いを抱きながら…それでも、兄ちゃんを愛したあの日々が、当時の思いと一緒に、鮮明に蘇って来るよ。 でも…オレは、もう、分かったんだ… オレは、悪くなかったって。 だからもう悲しんだりしないし、自分を責めたりも…しない。 「はぁはぁ…猫ちゃぁん!イッちゃう…!ん~~!あっああん!!」 激しい快感に腰を振るわせてイッたオレは、うつろに開いた瞳で天井を見つめながら、快感の余韻を味わった…そして、顔を覗かせて微笑む猫ちゃんを見つめて笑って言った。 「…でら気もちい…」 「ほだら~?俺がおまんの1番だがや。おまんのしつけの悪い男に言っとけ?」 誰の事だろう…? 依冬では無いな…あの子は外っ面は、良い子ちゃんだもん。 「どんなだったぁ…?はぁはぁ…あっああ…気もちい…猫ちゃん、気持ちいの…」 オレの中に指を入れて来る彼に頬ずりして尋ねると、猫ちゃんはオレの唇を舐めて言った。 「…たあけ。他の男の話なんて、今、するな!」 自分が先に言った癖に…! オレは彼の目の前で舌を出して、未だに残る舌の傷痕を指さして教えてあげた。 「見てぇ…?オレ、頭がおかしくなった時、自分の舌を噛み切っちゃったんだぁ…。だからぁ、オレの舌は…少し、舌触りが悪くなったでしょ…?」 「ほうか…?そら、でら痛そうだがや…。もう、そんな事したらかんよ…?」 オレの舌をねっとりと舐めて絡めた猫ちゃんは、そのまま気持ちの良いキスをくれながら、オレの中の指を増やして…気持ち良くしてくれる。 「あっああ…ん…はぁはぁ…気もちい…!もっと…もっとしてぇ…!」 「ふふ…ちいっと待ってな…」 猫ちゃんの舌がオレの乳首を舐めて、気持ち良く転がして行く。 彼の指は、相変わらずオレの中を撫でる様に擦って、痺れさせて…それが、とっても気持ち良くって…オレは腰を揺らして催促した。 「あぁ…ああ…はぁはぁ…んっふぅ…はぁはぁ…気もちいの…猫ちゃぁん!」 「おまんの男…こっすいな。俺の贔屓の呉服屋にピザを50枚も注文しよった。要らんもん送りつけて…迷惑かけてかんな…。おまんは男を見る目が無い。アホな兄貴の時からそうだら?」 そんな猫ちゃんの小言に口元を緩めたオレは、彼のモノを手の中で扱きながら言った。 「おっきいの…舐めたぁい…」 すると、猫ちゃんはオレのモノを口の中に入れながら、自分のモノをオレの目の前に向けた。 オレは見慣れた彼のモノを舌で舐めながら、手で扱いて何度もキスして言った。 「これ…大好き…大好き…はぁはぁ…」 目の前の猫ちゃんのモノを口の中で扱きながら、オレは、下半身に与えられる快感に、どんどん頭が真っ白になって行った。 手の中で硬くなって行くあの人のモノにどんどん興奮して、しつこく口の中で扱いて吸ってあげた。 「あぁ…シロ…あかんな、イキそうだ…」 「はぁはぁ…ら、らめぇ…!はぁはぁ…んっんん…!」 …人には駄目なんていう癖に、オレは猫ちゃんの口の中で勝手にイッた。 それでも、興奮が止まらなくて… オレは快感に震える腰を動かして、彼の口の中をファックした。そして、彼のモノをねちっこく舌で舐め回して、イキそうに震える先っぽを舌で撫でながら喘ぎ声をあげた。 「はぁはぁ…あぁあん…気もちい!気持ちいのぉ!」 「はっはっはっは!」 猫ちゃんの笑い声を聞きながら、オレは真っ白になった頭のまま口元を緩めて笑った… 猫ちゃんは体を起こすと、オレの唇を指で撫でながら腰をゆるゆると動かして言った。 「シロ…喉の奥まで入れさせてちょう…?」 「んぐっ…!」 彼のモノが喉の奥を突いてえづきそうになっても、オレは、涙目になりながら彼のモノを口に咥え続けた…。 自分のよだれが口から溢れて…溺れて、息が出来なくて、死にそうだ… 「あ~…気もちい…イキそう…」 色っぽい声でそう言った猫ちゃんは、オレの喉の奥で、容赦なくイッた… 「ごほっ!ごほごほっ…!」 咳き込みながら体を起こしたオレは、惚けた瞳のまま猫ちゃんの膝の上に跨った。そして、彼を押し倒して彼のモノを後ろ手に扱いて握った。 「はぁはぁ…シロ…欲しいか…?」 イッたばかりの猫ちゃんのモノは少しだけ元気がなくなった… だから、オレは自分のモノと、彼のモノを一緒に両手で包み込んで、気持ち良くなるように扱いた。 「あっああ…猫ちゃぁん…はぁはぁ…気もちいね…?早く、シロに頂戴よぉ…!」 いやらしく腰を動かしながら猫ちゃんのモノと一緒にこすり合わせていると、あっと言う間に…彼のモノは元の硬さに戻って行った。 「あぁ…シロ、気もちええ…」 そんな猫ちゃんの声に笑ったオレは、彼のモノを自分の中に沈めながら、快感に体をのけ反らせて…腰を震わせて言った。 「あっああ!気持ちい!猫ちゃぁん!おちんちん、気持ちい!」 久しぶりの彼のモノは…他の誰よりも…熱かった… 「あぁ…あかんわ。シロ…気もちい…!」 オレの腰を掴んだ猫ちゃんがそんな弱気な事を言ったから、オレはクスクス笑いながら言ったんだ。 「もっと…もっと気持ち良くしてぇ!真っ白にしてよぉ…!シロの頭を真っ白にしてぇ!」 いやらしく腰を動かして、彼のモノをオレの中で気持ち良く扱いてあげた。それは息を着く間もないくらいに…初めから奥まで、ねっとりと…だ。 「あ~~!かん!イキそうだ!」 オレの足を掴んだ猫ちゃんの手に力が入って…押さえて来ようとするから、オレは、体をのけ反らせて、いやらしく背中をうねらせながら猫ちゃんに言った。 「はぁはぁ…気もちいの…?猫ちゃん。シロの中…気もちい?」 「気持ちい…イキそう…!」 あなたが知ってるオレよりも、今のオレは…少しセックスが上手になったみたいだ。 きっと、ストリップと、桜二のお陰…ふふ。 「猫ちゃぁん…おちんちん、ギンギンじゃんね…シロの中に出して…?シロに頂戴?」 猫ちゃんの乳首を撫でながらそう言ったオレは、彼の上でいやらしく腰をうねらせた。すると、猫ちゃんはオレのモノを握って、親指で先っぽを詰り始めた。 「はぁはぁああん…気もちい…!」 体を捩ったオレに、猫ちゃんが言った。 「シロ…俺が上になるだらぁ…!おまんは下に寝転がっとらええじゃんね。」 やだね! 「猫ちゃん?オレの腰…気もち良いだろ…?店のステージで、こうしてお尻を動かすんだよ…?エッチだろ…?ねえ…どう?気持ちい…?」 勃起したモノの先から垂れたよだれを指先で拭ったオレは、快感に首を仰け反らせる猫ちゃんの口に撫でつけながら、彼の苦悶の表情を覗き込んで口元を緩めた。 あぁ…めっちゃエロい… 「はぁはぁ…猫ちゃん…!気持ちい…!おちんちん触ってぇ!シロの扱いて…!」 オレは、鳥肌を立てて行く彼の胸に指を這わせて、オレのモノを握って動きを止めた猫ちゃんの手を包み込んだ。そして、自分の勃起したモノを一緒に扱きながら、だらしなくよだれを垂らす口で言った。 「シロ…気持ち良くて、自分で出来ないのぉ…。猫ちゃんが、もっと、してぇ…?」 快感だけを追いかけて…真っ白になって行くのが、とっても気持ちいい… 何もかも忘れて…ただ、目の前の体だけを求めるなんて…とっても、シンプルだ。 シンプル過ぎるから、もっと、もっとって…どこまでも追いかけちゃうんだ。 「あぁ…!シロ…あかん!イクわっ…!」 「はぁはぁ…はぁはぁ…あっああぁん!」 苦悶の表情を浮かべる猫ちゃんを見下ろして、オレは口元を緩めて笑いながら腰を振るわせてイッた… すると、すぐに、オレの中で…猫ちゃんのモノもビクビクと震えながらイッた。 「はぁはぁ…あぁ…とっても気持ち良さそうだね…。とっても…エロくて、素敵…」 惚けた彼の瞳を覗き込んだオレは、うっとりとそう言って、ねっとりと撫でる様にキスをした。 堪んない…堪んないんだ… オレは、猫ちゃんの体を、ダメにしちゃうんじゃないかって心配になる程に…思う存分、味わった。 夜の11:00…携帯電話はずっと震えて鳴り続けていた… 「帰ったら、怒られるなぁ…」 うつ伏せる猫ちゃんの背中に乗ったオレは、ポツリとそう言って、彼の背中を指先で撫でた。 すると、猫ちゃんがポツリと言った。 「おまんの男は気性が荒いな…俺の車を蹴飛ばしやがった…」 あぁ…猫ちゃんは、さっきから、オレの周りの男の文句をちょいちょい言ってくる。 それは、勇吾の事なのか…桜二の事なのか…はたまた、結城さんの事なのか…?オレには分らなかった… 「どんなだった…?黒髪…?白髪…?それとも、ちょっと茶色い長い髪だった?」 彼の顔を覗き込んでそう尋ねると、猫ちゃんはオレを横目に見てトボけて言った。 「…つるっつるの、つるっパゲだったわぁ!」 はぁ… こんな時は、彼から教えて貰った…“はったり”を使うに限るんだ。 「もう…全く…。どうして、あんな事したの…?」 猫ちゃんの背中に頬を付けて、綺麗な刺青を指で撫でながらそう尋ねた。すると、猫ちゃんは首を向こうへ向けて、こう言った。 「…俺は、おまんが死んでると思ってた。いっくら探しても…見つからにゃあだもんで、アホな兄貴を追っかけて、死んだと思っただがや。」 あぁ… 「そう…」 落ちてくる涙をこの背中に落とすのは…慣れてる。綺麗な刺青が、水を含んで…とっても鮮やかに見えるから…それを指で伸ばすのが…好きなんだ… 温かい猫ちゃんの背中に頬を乗せたまま、指先で涙を伸ばしていると、猫ちゃんがため息を吐いて言った。 「でも…おまんは生きてた…。あのストリップの動画を初めて見た時、俺はどえりゃあ驚いた。無理やり…働かせられとるって思ったじゃんね。ほいで…男と結婚なんてしたって聞いて、無理やりさせられたと、思ったんだがや…。」 え…? 「だから…シロは、俺の物だと、教えてやっただけじゃんね…」 猫ちゃんは、オレの周辺に自己アピールをしていたみたいだ…。 その中に、依冬は入っていない事は、あの子の普通さから推して知れた。 勇吾と…桜二に、積極的にアピールしてたから…彼らは少し、様子がおかしかったのか… 口元を緩めて笑ったオレは、彼の顔を覗き込んでこう言った。 「違うよ…猫ちゃん。彼らは無理やりになんて、何もしてない。舌を噛み切る程おかしくなっていたシロを、ここまで引っ張り上げて助けてくれた人たちなんだ。それに、ストリップだって…シロは好きでしてるんだよ…?ふふふっ!全く…!」 乱れた猫ちゃんの髪を撫でて、彼の頬にキスすると、口を尖らせた猫ちゃんがこう言った。 「ふん、あの爺様もそう言っとりやぁした…。ほんで、シロは俺の介護要員だから…連れて帰るななんて、とろくさぁ事こくから…俺は大笑いしただがや。」 爺様…結城さんの事かな…? 彼は…どうして、事のあらましを知っていて…どうして、猫ちゃんに会いに来たんだろう…? 「結城さんは、シロが…猫ちゃんと帰ると思ったんだ…」 彼の髪を指に絡めて撫でながらそう言うと、猫ちゃんはオレを見上げてこう言った。 「シロ…俺と、一緒に帰ろ…?もう、おまんを縛るもんはなんも無いだがや。ストリップも名古屋でしたらええじゃんね。おみゃあの旦那は俺が殺しとこ。な?そうしよか?」 全く…物騒なんだ。 呆れ顔をしたオレは、猫ちゃんの頬を突きながらこう言った。 「駄目だぁ!勇吾を殺さないで…?そうじゃなくても、彼は敵が多いんだ。それに…シロは、名古屋には帰らないよ?歌舞伎町のあの店がシロの居場所になったんだ。だから…猫ちゃんが会いに来てよ…?ね?シロに、会いに来て…?」 オレは、大好きな背中に何度もキスして、彼の顔を覗き込んで、可愛くおねだりした。すると、猫ちゃんは、大きなため息をひとつ吐いて、目を閉じて言った。 「ほうか~、たあけは変わらずだがや。…ほんなら、俺は行くでな…」 行くでな… そんな彼の言葉に…オレは、目を閉じたままの猫ちゃんを見つめて、口を一文字に結んで何も言えなくなってしまった。 溢れて来る涙は…まるで、彼と離れたくないと駄々をこねる…子供みたいだ。 「…やぁだ…やっぱり、行かないで…!」 彼の髪に顔を埋めてそう言った… 「とろくさぁこと言ったらかんで…シロ。また、会いに来るだもんで、ほんな、とろくさぁこと言ったらかん。」 優しくて、穏やかな猫ちゃんの声を聞きながら、オレはポロリと涙を落として…鼻を啜って言った。 「…本当?」 「だって…おまんは、俺のシロだがや…。」 ふふ… 「あぁ、そうだね…。あなたは、そう言っても良いかもしれない…。だって、シロの半生を知ってるもの。しかも、幼いシロに…色々教えてくれた…。ほんと、最低だよっ!」 「なんでぇ?」 目を丸くして体を起こした猫ちゃんに、オレは首を傾げて言った。 「普通、子供にアナルの広げ方なんて教えないし、フェラチオの仕方も教えない!イケもしない子供を永遠とフェラチオしたり、おしっこを漏らさせて笑う事もしないよ?」 そんなオレの言葉に目じりを下げた猫ちゃんは、優しく瞳を細めてこう言った。 「なぁんだぁ…でも、気持ち良かっただら~?」 猫ちゃんは力強くオレの腕を引っ張って、ニヤニヤ笑いながら覆い被さって来た。 だから、オレは、彼の首に両手を掛けて自分に引き寄せながら言った。 「あぁ、でら気持ち良かったぁ…!」 オレと猫ちゃんは、少し普通とは違う…おかしな関係かもしれない。 それでも、オレは、この人が…昔から、大好きだった。 そして、それは…きっと、この先も同じ。 「YouTubeの動画…見たよ。嬉しかったよ。ありがとさんね…。」 猫ちゃんはそう言ってオレに熱いキスをして、車から降ろした。 オレは、それが何の事か分からなかったけど、きっと、彼の喜ぶ内容だったんだと、嬉しそうに瞳を細めた様子から察した。 そして…いつもそうした様に、猫ちゃんは、車の中からオレを見上げて聞いて来た。 「シロ…俺の事、好きか…?」 だから、オレは彼に熱いキスをお返しして、こう答えた。 「愛してるよ…シロの素敵な猫ちゃん…」 立ち去って行く黒い車を見送ったオレは、項垂れる頭を持ち上げて、鳴り続ける携帯電話をポケットに入れたまま、自宅の玄関を開いた。 きっと…怒られる… 「あ~~~~!シロ~~~!」 すぐに玄関の音に気が付いた依冬が、オレを指さして大げさに大騒ぎした… すると、ドタドタと凄い足音を鳴らして、髪を乱した桜二が現れた。 「…た、ただいまぁ~」 首を傾げてそう言うと、桜二は肩を落として、オレをすぐに抱き寄せた。そして、強く抱きしめながら小さく耳元で言ったんだ。 「お帰り…良く帰って来たね…」 まったく… 「オレの帰る所は、ここだよ…?桜二と依冬…そして、勇吾の所に帰るんだ。」 桜二の背中を抱きしめてそう言うと、彼はオレの髪に顔を埋めて何度もキスをくれた。 …桜二は、きっと、オレが猫ちゃんと名古屋へ戻ると思ったんだ… そんな事、する訳無いのに。 そう、思ったんだ… どうして…猫ちゃんがオレの特別だと分かったのかは分からない… でも、桜二には…分かってしまったみたいだ。 猫ちゃんは、オレの礎を作った男で…オレがオレになった…きっかけの男。 ズルい事も、悪い事も、エロイ事も、賢く生きていく極意を、彼が教えてくれた。 それが…今の、オレを作った。 時間を巻き戻して、オレを子供に戻す事が出来ない限り… 彼は、永遠に…オレの特別。 …大好きな、猫ちゃんだ。 #勇吾 ほらね… 寝る事は最大の防御だ… 起きた時には、全て解決してるんだもん。 「だぁから!俺は言ったんだよ?大丈夫だって!」 俺がそう言うと、電話口の桜ちゃんがブチ切れて言った。 「あ~~!そうかよっ!もう、二度と!お前の電話には出んわ…!!」 そんなクソつまんないダジャレ…シロでも笑わない… そう思った瞬間、桜ちゃんの後ろでシロの馬鹿笑いが聞こえて来た… あの子は、3匹の猫ちゃんとの逢瀬を楽しんだ様だ。 それを…俺も、桜ちゃんも、責めたり、追及したり出来ないのは…きっと、あの動画を見てしまったせいだ。 3匹の猫ちゃん…藤原忍が、シロの特別だと…分かってしまったせいだ。 運よく、あいつは名古屋のヤクザ…そのうち、抗争かなんかで死ぬ運命だ。 だから、それまで…俺は、見ない振りをするよ。 お前が、兄貴の次に… いいや… 兄貴よりも、頼って甘えた男の存在を…俺は、見ない振りするよ。 桜ちゃんや、依冬君の様に、あいつの事を思えないんだ。 こんな俺にも、プライドって物があったんだって、少し意外に思ってるんだよ。 お前をかっさらって行きそうな、あの男が…俺は大嫌いみたいだ。 だから、俺の前では…言わないでくれ。 何も、聞きたくない。 「勇吾~?今回の結婚記念日は、オレがイギリスに行こうかなぁ?」 桜ちゃんの電話を取り上げたのか…シロが可愛い声で俺にそう話しかけた。 「ふふ…本当?それは嬉しいね…。じゃあ…コッツウォルズにでも行こうか…?」 クスクス笑った俺は、手元のPCの脚本を印刷しながらシロに言った。 「…美味しいフィッシュアンドチップスが…そっちの方にあるんだよ。だから、田舎道を車で行ってさ…。ビネガーを買って帰って来よう…?」 「やったぁ~~!」 嬉しそうに笑ったシロの声を耳に届けて、俺は口元を緩めて笑った。 シロに秘密裏に行われたこの作戦は…俺の中折れによって失敗に終わった。 いいや… もともと、あのふたりの逢瀬を妨害する事は不可能だったんだ。 守っていた筈のキングが、相手のクイーンだった… そんな、ため息の出る様な…オチなんだ。 俺や桜ちゃんの出来る事と言ったら…そんな事実に目を瞑って、何も聞かないで、今までの日常を、シロとこれからも続ける事くらいさ。

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