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第8話
#シロ
桜二の様子がおかしい…
いつもは秒で落ちるのに、問い詰めても…何も白状しなかった。
彼がこんなに必死になる事はひとつしかない…
オレの事だ。
オレに言えない何かを隠して、コソコソしてる…
勇吾と…?
首を傾げながら、携帯電話で勇吾に電話を掛けた。
手元には…乾いたばかりの洗濯物。
これを畳みながら、勇吾に揺さぶりを掛けてみようじゃないか…
「…もしもし?」
電話に出た勇吾にそう声を掛けた。すると、彼は不貞腐れた声でこう言った。
「…寝てた…」
嘘つきだな…
タオルを畳みながらクスクス笑ったオレは、画面に映った勇吾を見つめて、首を傾げて聞いた。
「ふぅん…どうして、そんなに機嫌が悪いの…?」
「別に、悪くないだろ?」
90で怒鳴り始めるとしたら…今、80まで機嫌の悪さが来ている様に見えた…
本当…子供みたいに分かり易い。
「桜二から聞いたんだけど…」
「え…?」
そんなオレのかまかけに乗った勇吾は、挙動不審に視線を泳がせ始めた。だから、オレはもうひとつ、かまをかけてこう言った。
「…で、どうする気なの…?」
「…どうって…お前はどうしたいんだよ…」
へぇ…
何の事か、さっぱり分からない。でも、今更引けないだろ…?
だから、オレはこう言ったんだ。
「悩んでる…」
「…会いたいのか?」
そんな不安げな勇吾の言葉に顔を上げたオレは、首を傾げたいのを必死に堪えてこう言った。
「…分からない。」
会いたい…?
誰に…?
もしかして…桜二に隠し子がまだ居たのか…?
それとも、勇吾に…隠し子がいたの…?
グルグル回る思考と同時進行で、勇吾にかまをかけ続ける。
「でも…どうしようかな…」
「俺は、許さないからなっ!!も…もし、シロがあいつに会ったら、俺は…怒るからなっ!!」
ほほ!
勇吾が怒る相手なのか…果たして、それは誰かな…
携帯の画面に映る勇吾の顔は、本気で怒っている顔をしていた。いつものふざけた雰囲気など微塵も無くて…半開きの瞳は、怒りで一重になってる。
あなたがそんなに怒る相手って…誰?
見当もつかないよ…
眉を下げたオレは、路線変更してこう言った。
「…何の事を言ってるの?ふふ…。誰に会うって言うの?オレは、勇吾が結婚記念日の催し物を考えて、桜二に手伝わせているのかと思って、どうするのって…聞いただけなのに…。全く、別の事を、話してるみたいだ…」
そんなオレの言葉に目を丸くして絶句した勇吾は、顔を布団に突っ伏して大声で喚いた。そして、おもむろに通話を切ろうとするから、彼を覗き込んでこう言った。
「こら…切るなよ。」
「…切ろうとしてない。ご、ご、ゴミが付いてたんだ…」
嘘つきめ…
桜二のパンツを畳みながら、画面の中の勇吾に首を傾げて聞いた。
「誰か…オレに会いたいのかな…?」
「知らない!」
ふぅん…
「それは…男の人かな…?」
「知らない!」
「じゃあ…女の人かな…?」
「さあね?」
ふぅん…
「その人と会うと…勇吾は怒っちゃうんだね…」
「知らない!」
「桜二も…怒っちゃうかな…?」
「多分ね!」
ふぅん…
「イケねっ!あっ…あ…あぁ…!!え、衛星が落ちたみたいだぁ!」
勇吾はわざとらしくそう言って、携帯電話をグラグラ揺らしながら通話を途中で切った。
ふぅん…
勇吾と、桜二が怒っちゃう相手がオレに会いたがっている…それは、誰だ。
洗濯物を畳んだオレは、依冬の部屋に入ってタンスの中にしまいながら考えた。
依冬は…何か知ってるのかな…?
いいや、この子はオレに隠し事出来ない。
言わなきゃ分からない口内炎だって、わざわざ報告するレベルだ。
桜二の部屋に入って洗濯物をタンスの中にしまいながら、彼の大事にしている大塚さんの絵を眺めた。
桜二は…オレが大好き…それは、お墨付きだ。
そんな彼が怒ってしまう相手…
それは、陽介や勇吾の様に、オレが好意を持った相手。
…まさか、結城さん?
彼とエッチしてる事がばれたかな…?
「そりゃ…まずい!」
だとしたら、依冬に話していないのも頷ける…
オレが結城さんとエッチしてるなんて分かったら…依冬はオレとエッチ出来なくなるかもしれない…!!
「ひゃあ~!それは、嫌だ!」
自分の部屋のタンスに洗濯物をしまいながら、目の前で微笑むKPOPアイドルのポスターを見つめて、懺悔する様に肩を落として言った。
「だって…あのジジイは、セクシーなんだ。しかも、桜二に似てて…しかも、気持ち良いんだ!癖になっちゃってる!これは、バレたら…えらい事になるって分かってるのに、求められると…ついつい…ついつい、やっちゃうんだよなぁ…」
きっと、彼の歴代の女もオレと同じ気持ちの筈だ…
ついつい…そんな男が、結城さんなんだ。
雰囲気を作るのが上手なのかな…それとも、少し、強引な所が良いのかな…
オレは、ああいう男に弱いのかもしれない。
強引で、少し乱暴で…優しい。
そう…あの人が、まさにそうだった…
「…猫ちゃん…」
懐かしい呼び名をポツリと呟いたオレは、クスクス笑いながら部屋を後にした。
昔の話だ…
彼とは、オレが母親の売春客の相手をさせられてる時に出会った。
母親の借金取りに来た彼は、男の相手をさせられるオレを見下ろして、こう言ったんだ。
「…俺が買ったる。連れてくでな!」
「ふふっ!あはは!!おっかしい!」
剛毅だろ?
本当に…彼は、剛毅だった…
…お祭りに連れて行って貰った時の事を、今でも覚えてる。
法被なんて着た事が無かったオレは、初めての法被に大喜びしてぴょんぴょん飛び跳ねたんだ。
そんなオレを軽々と肩車して、彼は、お神輿まで担いでたんだ。
「あっふふっ!力持ちだった…!スーパーマンみたいで…格好良かったんだ…!」
懐かしい思い出に瞳を細めて、オレはひとりでクスクス笑った。
…中学に入ったオレの元に、出所したばかりの姿で会いに来てくれた。
でも、オレは、6年前に約束を破られた事を…ずっと怒ってたんだ。
ずっと…会いたくて…寂しくて…悲しかった。
オレは6年間も、約束した待ち合わせ場所へ、約束した日に、行ってたんだ。
…もしかしたら、今年は来てくれるんじゃないかって…期待しては、毎年、項垂れて家に帰ってた。
来れる筈もない。
だって、彼は…殺人未遂の罪で、警察に掴まってたんだ。
…幼いある日、売春客の暴力にムカついたオレは、彼に告げ口をしたんだ…
そうしたら、彼はその男を殺そうとして…捕まった。
ふふ…剛毅だろ?
どうしてか…当時、オレを過剰に痛めつけた男たちは、2度と家に来る事は無かった。
でも、その事があって…気が付いたんだ。
猫ちゃんは、オレの仇を取ってくれていたんだって…
きっとオレの知らない所で、男どもを痛めつけて来てくれたんだ。
たまたま、その時の相手が…弱すぎたのか…勝手に死にかけただけなんだ。
ふふ…
だから、オレはあなたに…兄ちゃんの事を話さなかった。
でも、どうしてか…あなたは全て知ってた。
知ったうえで…オレのやり場のない思いを聞いてくれて、いつも…守ってくれた。
「シロ…おまんとこの…アホな兄貴、今、なにしとる?」
彼の体には綺麗な刺青が入ってた。その中に…可愛い顔をした猫が居るんだ。
1匹目はすぐに見つかった…右腕の内側に隠れていた白黒のブチ柄の猫。
2匹目は、背中に居た…魚をくわえた白猫だった。
でも、3匹目の猫が…見つけられないんだ。
大きな体の彼をうつ伏せにしたオレは、上から下まで刺青を眺めながらそんな3匹目の猫を探していた。
「アホじゃない。兄ちゃんは…今、児童相談所の人のとこに行ってる…」
「…おまんを置いてか?」
そんな彼の言葉に眉を顰めたオレは、そっと背中に抱き付いて言った…
「うるさい…」
「シロ…俺のとこにおいでん。もう、かんよ…何されとるん?」
自然と流れて来る涙が猫ちゃんの背中に垂れると、綺麗な刺青がもっと色鮮やかに見えて…オレはそれを指先で撫でつけながら笑って言ったんだ。
「ふふっ!猫が…猫が行方不明だぁ!」
ねえ…今頃、あなたは何してるの…?
オレは、人妻になって…大好きな人達に囲まれてるよ…
あなたを除いた、好きな物で溢れてる。
懐かしい思い出にニヤけていると…床に置きっぱなしの携帯電話が震えた。
勇吾…かな?
そっと手に取った携帯電話を確認したオレは、楓からの着信に、慌てて電話に出た。
「も、もしもし…!」
「ん、もう…もっと早く出てよ!シロ…仁くんが、シロと会いたいんだって!!」
今…朝の10時だ。
こんな時間に…楓が電話を掛けて来て…オレにそう言った。
楓の電話が仁くんの手に渡ったのか…彼の声を聞いて、オレは察した…
やってんな…楓ちゃん。のんけを、美味しく頂いてんじゃないよ…
「…もしもし、シロさん…。今、何をしてみえますか?良かったら…これから、映画にでも行きませんか…?」
え…?
そんな仁くんの言葉に目を点にしたオレは、口端をニヤリと上げてこう答えた。
「良いよ…?どこで待ち合わせしようか…?」
#桜二
「はぁ~~~~?!」
「ごめん!ごめん!桜ちゃん…!も、もう…駄目だぁ!俺は…寝る!」
仕事中に…勇吾から、シロに陥落されたと連絡を受けた。
だから、俺は、周りの目も気にせず絶叫して言った。
「何してんだよっ!お前はっ!!」
「だって…!分かるだろ?あの子は…ずる賢いんだぁ!」
まずいぞ…
今朝、俺がはぐらかしたのを…あの人は見逃さなかった。
とりわけ馬鹿な勇吾に狙いを定めて、揺さぶりをかけたんだ!!
「くそ…侮った…!」
勇吾に揺さぶりをかけたのに、俺に畳みかけてこない様子を考えると、すでに確証を得たのか…それとも、見当違いな方向に着地点を見つけたのか…
どっちだ…
それを探るには、方法はひとつしかない…
「…も、もしもし…?」
「あぁ…桜二。どうしたの…?」
しらばっくれてるな…
俺は、シロに様子を察せられない様に言葉を選んでこう言った。
「…何してた?」
「ん?これから…映画に行こうと思ってる。」
なんだと…?!
「…そ、そんな話聞いてないぞっ!」
大声を出した俺にケラケラ笑ったシロは、ため息をついてこう言った。
「仁くんが、楓を食べちゃった。いいや…楓が、仁くんを食べちゃった…の方が正しいのかな?ふふ、あの子。名古屋の子だった…。何をして見えますか?なんて…聞いたら、なんだか、懐かしくなっちゃった。だから…ちょっとだけ、話してみようかなって思って…」
仁くん…?
シロの店に居た…謎のストリッパー志願生。スーパー仁くん。
俺とシロのラブラブチュッチュを見ていた…変態だ。
そんな彼が…名古屋の訛り…だと?
まさか…!
「行くなよ!ダメだぞ!俺は…許さんぞ!スーパー仁くんは没収する!」
そんな俺の言葉にゲラゲラ馬鹿笑いしたシロは、生返事をしながら電話を切った…
何てこった!
すっかり、シロを誘い出された…!!
「結城さん、この資料…どうしますか?」
「はぁ?!」
目を見開いたまま、俺に声をかけて来た同僚を、ガンギマリした瞳で睨みつけた。
どうする…?
「…と、とりあえず…俺は行かなくては行けなくなりました。」
「そういう訳にはいかないんですよ!ほら、こっち来てください!」
強引な同僚の手によって…俺は、資料を整理する業務に就かざるを得なくなった!!
この野郎…ぶっ殺されたいんだな?!
俺は全集中して、同僚を睨みつけた。すると、彼は首を傾げてこう言って俺の背中を叩いた。
「結城さん、最近遅刻ばっかしてんだから、ちゃんと働いてくださいよ…!」
はぁ~~~~?!
俺は…いいや!俺の、弟は…ここの社長だぞ!!
「ちょっと…電話を…」
「あ~駄目ですよ。その手を食わないですよ。もう…勤怠評価が下がりますよ?」
はぁ~~~~?!
俺の…弟は、この会社の、社長だぞ!!
渾身の呪いを込めてジト目で同僚を睨みつけると、彼は首を傾げてこう言った。
「…ドライアイですか?」
死ね!
お前の様な…鈍感力なんて、お前には役に立っても、世の中の為には、なんもならない!!
死んじまえっ!!
スーパー仁くんが、トロイの木馬だったなんて…気が付かなかったよ。
藤原忍…
やられた…!!
#勇吾
ヤバい…!ヤバい…!
シロのハッタリに乗ってしまったぁ!!
動画の内容が、余りに…俺の胸を苛つかせたんだ。そして、感情的になったまま、あの子と話してしまった。
そうしたら…あっという間に、あの子のペースに巻き込まれて、要らない事をペラペラと話してしまった…
俺は…馬鹿だ…
ふと、手に握り締めたままの携帯電話が震えて、YouTubeの更新の通知が届いた。
「…はっ?!」
慌てた俺は、咄嗟にチッパーズのチャンネルを確認して、一気に頭を下げて項垂れた…
「ボー君が…裏切ったぁ…!!」
あのボンクラは…俺が禁止したあの動画を、アップしやがった!!
しかも…“猫ちゃんへ”なんて…ふざけたサブタイトルまで付けやがった!!
もう駄目だ…俺の目標はいつも途中で止まる。
それが…俺なんだ…
中折れした事はない…でも、途中で止まるのが、俺なんだ…
チッパーズのアップした動画は瞬く間に1000も視聴回数を超えて、コメントがどんどん書き込まれて行った…
その中に、不審なコメントを発見した俺は、すぐにそのコメントに返信を書いた。
“覚えてくれてて、良かったぁん!”
そんな糞キモイコメントの下に、俺はこう書いた。
“糞ロリコン、死ねよ、馬鹿野郎!”
すると、すぐさまこんな返信が返って来た。
“はぁ?こわいんですけどぉ!ここは、平和なチッパーズの世界じゃないんですかぁ?運営に通報しますからぁ!”
この世の中に…平和なんて存在しない…
しかも、俺は間違えて…普通の人に絡んでしまった様だ…
あっという間に俺のコメントが消されて、俺のアカウントは書き込み制限を受けた。
踏んだり蹴ったりだ…泣きっ面にハチだ…
気持ちの悪い男に掘られた時と同じショックだ。
こんな時…どうすれば良いのか知ってる…
寝るんだ。
ぐう…
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