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第7話
#桜二
“桜二、今日は店に来ないで!”
「なんでだよ…」
携帯を見つめてそう呟いた俺は、車の中で途方に暮れながらこう返信した。
“何で?”
もう、歌舞伎町の手前まで来てしまったよ…
ふと、胸ポケットにしまった携帯電話が鳴った。
…勇吾からだ。
「もしもし…」
「桜ちゃん…相手が特定出来た。」
勇吾の言葉に口元を緩めた俺は、窓の外を眺めて言った。
「…誰だった?」
そんな俺の言葉に、勇吾は続けて言った。
「…名古屋の三河あたりで古くからブイブイ言わせてる…田舎のヤクザだ。次郎会の親分…藤原忍(ふじわらしのぶ)だ。御年、56歳…趣味は、ガーデニングだそうだ。」
「どうやって分かったの…?」
聞いた事もない組の名前にうすら笑いを浮かべた俺は、窓を指で撫でながらそう聞いた。すると、勇吾は口ごもってモゴモゴと話した。
「…えっとぉ、それはぁ…全て、ボー君がやったんだ!」
法に抵触したな…
「こっちに迷惑はかけるなよ。」
短くそう言った俺は、シロの周辺の警備の状況を確認してから、電話を切った。
…自宅の周辺で、黒い不審車両…4件の通報か。
俺が出会った時以外にも、随分ウロチョロと…うろついてやがるじゃないか…
しかも、警察無線でも入れているのか…どれも取り逃がしてる。
「田舎のヤクザ風情が…出しゃばってんじゃねえよ…」
吐き捨てる様にそう言った俺は、顔を歪めて宙を睨んだ。すると、手元に置いたままの携帯が震えて、シロからのメッセージを受信した。
“結城さんを店に連れて来てるから。今日は来ないで。”
そんなシロからのメールの内容に瞳を細めた。
結城なら…都内のヤクザと仲良しだ…
あいつなら、3匹の猫ちゃん…藤原忍を、叩き潰せる。
「シロにバレない様にしないとな…」
首を傾げて横に振りながら、俺は車を出した…
向かうは、シロの店だ。
すっかり歌舞伎町は安全な街になった様だ。
所々で目を光らせる私服警官の存在と、風俗店の呼び込みが道に居ない事が、それを証明してる…
店の前に堂々と路駐した俺は、颯爽と車を降りてあの人の店へと向かった。
…予定に変更が無ければ、今日のステージは10:00から…
そして、あの人は、大体…ショーの10分前には、控室に戻るんだ。
つまり、この短い時間で…結城に話を付ける必要がある。と言う訳だ…
あいつが出所してから、シロは、一度も俺を結城と会わせなかった。
それは送り迎えや、通り過ぎる様な一瞬すら…だ。
間違えて出会ってしまわない様に…心を砕いている様子は一目瞭然だった。
俺じゃない…
結城を、俺から守ってたんだ。
あいつの宝物を壊した、俺という男の存在を…忘れさせたがっているんだ。
健気だろ…?
エントランスに入った俺は、手を差し出す支配人に目配せをして言った。
「すぐ帰るよ…」
そのまま店内へ向かって、階段を下りながら目を動かしてあの人を探した。
カウンターには確かに結城の背中を確認した。
その隣に…あの人はいない。そして、店内のどこにも…いない。
…今しかない。
「…話がある。」
そう言って奴の隣の席に座った俺は、視線もあてないままこう言った。
「シロが名古屋に居た頃、幼いあの人を弄んだヤクザが居る。次郎会なんて組で、組長をしてる…藤原忍だ。そいつが、現在のあの人の居場所を突き止めて、接触を図ろうとしてる。手回しをして防いでいるが、完全に追い払えないでいる。自宅の周辺で1日だけで4回も通報を受けてる。隙を見せれば、シロを連れ去るかもしれない。」
そう話した自分の言葉に、驚いた。
シロを連れ去る…?
どうしてそう思ったのか…
俺は3匹の猫ちゃん、藤原忍に…そんな脅威を持っていた様だ…
そんな動揺を隠しながら、俺は手元の携帯電話を取り出して、幼いシロが凌辱される動画を再生させた。
そして、何も言わずに酒を啜る結城の前に差し出してこう言った。
「…目的は不明だが、シロの旦那宛に、こんな動画と、あの人の家を盗撮し続けた動画を送り続けてる。そこにはあの人の兄貴も映ってた。俺は、あの人にそんな動画の存在を知られたくない。だから、シロに秘密裏で動いて、あの人が知る前に片を付けたいと思ってる。」
「はんっ!…あいつに生きてる兄貴を見せたくないんだろ?せっかく自分を見てくれたあいつが、また、死んだ兄貴に取られると思って…。ビービー騒いでんだ…。ダセえな…ふふ、笑える…」
シロが言ってた…結城さんは優しいジジイになったよ?
そんな言葉、信じてなかったさ…
こいつはいつまで経っても…糞なんだ。
「…話はそれだけだ。くれぐれも、シロには言うなよ…」
表情を変えずに短くそう言った俺は、カウンターの席を立った。すると、結城は首を傾げてこう言った。
「案外…シロは、その男の事を好意的に思っているかもしれないな…?それが、怖いんだろ…?取られちゃうって…ビービー騒いでるんだ。ふふ…どの道、お前も旦那も、ダセえな。」
そんな結城の言葉に口元を緩めた俺は、あいつの顔を覗き込んで言った。
「…もし、シロが連れ去られたら…あんたのおむつは、いったい誰が交換してくれるんだろうな…?」
久しぶりに見た結城の顔は、確かに…少しだけ毒が抜けた様に穏やかだった…
俺はすぐに体を起こして、踵を返した。
そして、大音量の音楽を背中に当てながら階段を上って、ステージに登場したあの人を横目に見て、店を後にした。
シロ…お前を誰にも渡したくないよ。
そいつの事を、お前がどう思っていようと関係ないんだ。
俺の知らないお前を知ってる男を、ぶち殺したいんだよ…
#勇吾
「はぁ…名古屋は物騒な所だな。こんな輩が…こんなに沢山いるのか…!」
仕事の早いボー君は、シロの実家があった名古屋の三河地域のマル暴のPCに、早々にハックした。
送り先不明のメールの添付ファイルを簡単に開いちゃうなんて…日本の警察は意外とネット上のガードが甘い。
ボー君の言った通り、犯人はすぐに特定された。
次郎会、藤原忍…前科7犯。殺人未遂で起訴された経歴まで持ってる。
「この組長は、刑務所を出ては入っての繰り返しだな…」
眉を顰めながら、ボー君がまとめてくれた”藤原忍“についてのデータを開いた。
56歳か…
今、シロが…25歳。あの動画の中のあの子は…多分、6歳。
では、藤原は、当時…37歳か。
「極めてんな…このど変態…」
そんなあいつが、背中のもんもんを見せつけて神輿を担ぐ写真の中に、あの子の姿があった…
「シロだ…」
屈強な体に肩車をして貰ったシロは、大きな法被を着て、楽しそうにケラケラ笑っていた。
この写真から、あんな事…想像出来るかよ…
この子の上に覆い被さって、この男は腰を振ってんだぜ?
信じらんないね…
家に帰った俺は、ノートパソコンをベッドの上に放り投げてシャワーを浴びた。
目の前には、あの子が置いて行った黄色いアヒルがアホ面でこちらを見てる。
「シロ…無邪気にも程があるだろ?どうしてあんな奴に懐いてんだよ。お前はいつもそうだ…。危ない奴に懐いて、懐に飛び込んで、いつの間にか…絆して…言う事を聞かせる…。…ん?」
ふと、俺は自分の言葉に眉を顰めた。
まさか…
まさか…!
体を洗ってシャワーを出た俺は、裸のままノートパソコンを開いて、藤原忍の犯罪歴を調べた。
「殺人未遂…被害者、被害者…あ、あぁ…」
あいつの殺人未遂事件の被害者は、児童虐待で起訴されている人物だった。
「多分…その児童は、シロだ…」
俺はポツリと呟いて、口に当てた手を力なく下に落とした。
そして、動画の中…藤原にこう話していたあの子を思い出した。
「この前…うちに来た…怖い人、シロのおちんちん、かじったぁ…」
「いつ?」
「…金曜日」
「…ほうなんかや。そら、えらいな…」
「切れちゃう所だった…?」
それが意図しての物か…そうじゃないのか…俺は直感で分かってる。
あの子は、自分を痛めつけた男を、この藤原を使って…制裁していた。
怒りの矛先が母親に向かわなかったのは、きっと…あの子がまだ子供だったから…
諸悪の根源を絞り込めなかったシロは…目の前で、直接、自分を痛めつける男に的を絞って…復讐していた。
だとしたら、お前は…最強の武器を手に入れた。
お前にゾッコンなこの男は、人を殺すのも…躊躇しなかっただろう。
まさに…お前のマクベスだ。
…6歳。
「…人は、窮地に立てば…生き抜く為にどんな風にでもなれるのか…」
シロ…お前は、賢い子供だな。
すると、画面の端に通知が来て、本日のメールの受信を知らせた。
「藤原さん…あんたは、この子に利用されていたと知っていたの?それとも、知らずに…今も、まだ、夢中でいるの…?」
“シロはお前の物じゃない”
そんないつもの文と一緒に、再び、新たな動画が添付されている。
迷う事無く動画を再生させた俺は、服を着替えながら目を落とした。
そこには、中学校の制服を着たあの子が映し出された。
下校途中なのか…道路の端を歩くあの子の後姿を追いかける様に、カメラの乗った車が徐行で近付いて行った。
「シロ、やっとかめだがね…元気か?」
そんな藤原の声に振り返ったシロは、相手を一瞥すると、顔をそらして歩き続けた。
随分、塩対応だな…
「なぁんだ!何、怒って…!待っとれって!」
車から降りた藤原はシロの隣に駆け寄って、あの子の顔を覗き込んで言った。
「こーへんから怒ったんか…?俺がこーへんかったから、怒ったんか?」
慌てて藤原の後を追いかけたカメラマンは、ムスくれたシロの顔を映して肩を揺らして笑っている様子だ…
「猫ちゃんは、6年前の夏、水族館に連れて行ってくれるって言った。でも、シロがいくら待っても来なかった!シロは、夕方まで待ってたんだぁ!」
そんなシロの睨みと罵声を聞いた藤原はケラケラ笑って言った。
「ほだら~!やっぱり、俺がこーへんから、怒っとったじゃん!あんなあ、ちいと逮捕されとったんだがや!はぁ~!こんな大きくなってぇ!おいでんな。車で送ったる。」
何と…あれから6年もブランクが空いて、いつの間にか…シロは中学生になっていた。
口を尖らせて後部座席に腰かけたシロは、今よりも大分幼い印象だけど、今と変わらない雰囲気を纏っていた。
でも、ツーブロックじゃないあの子は、ある意味…新鮮だ。
「ほほ!綺麗になって…やっぱり、おまんは可愛いだがや。」
そう言って藤原が手を伸ばすと、シロはそれを払い除けて言った。
「触んないでっ!シロは…オレは、も、売りなんてしてない!だから、あんたと何かするつもりなんて、無いんだ!」
そんなあの子にケラケラと大笑いをしながら藤原が言った。
「は~はっはっは!シロ!俺なんて言って!は~はっはっは!可愛いじゃんね?分かった、分かった。なんもせんわ!母ちゃんは生きとるの?」
「…知らない。家には…兄ちゃんとシロと…弟しかいない…」
口を尖らせたシロは伏し目がちにそう言って、上目遣いに藤原を見た。
「何…?」
そう尋ねる藤原に、シロは視線を逸らしてこう尋ねた。
「…何で、逮捕されたの?」
「忘れた。」
「…ふぅん…」
制服のズボンの折り目を指先で弄ったシロは、バツが悪そうに窓の外に目をやった。すると、そんなあの子に手を伸ばして藤原が言った。
「どら、こっちこやぁ…」
「ん、や、やぁだぁ…」
嫌がるシロをむんずと捕まえた藤原は、あの子を背中から抱き寄せて、座り直した自分の股の間に座らせて体をまさぐり始めた。
「ほらぁ、ちょうど良い大きさになったじゃんね?ちょこっと、前は小さすぎだもんで、この位が…ちょうど良い大きさだがや。どら、俺と気持ち良い事しよみゃあ!」
「…ん、やぁだぁ…ん!」
大男相手に、ただでさえ線の細いシロは、あっという間に抵抗出来なくなった。
背中から覆い被さる藤原に、体を好きにまさぐられて…硬く目を瞑って俯いた。
これでも十分に児童ポルノだ。
「はぁ…シロ。こんなに大きくなって…寂しかった?俺に会えなくて…寂しかった?」
あの子を強く抱きしめた藤原は、俯いたあの子の顔を持ち上げて、優しくキスしながらそう聞いた。すると、シロは瞳を潤ませて、両手で藤原に抱き付いて言った。
「どうして来なかったの…?シロは、夕方まで待ってたのにぃ…!」
「言ったじゃんね…。警察に掴まっただもんで、行けなかった。でも、悪かった…。許してちょう…。シロ…俺を許してちょーせんか…?」
どうしてかな…
シロ…
お前は、この男の事が好きみたいに見える…
「…毎年、毎年、同じ日に、シロは…待ってたんだからなぁ!」
泣きながらそう言うあの子に、藤原はケラケラ笑って言った。
「今度、掴まったら…おまんに教えるわ。…だから、許してちょうよ…?」
ズズッとカメラマンの鼻を啜る音が間近で聞こえた…
泣きじゃくるシロを抱きしめる藤原は、へらへら笑いながら…涙を落としていた。
どうしたもんか…
演出家として言えるのは、このカメラアングルが最悪だって事くらいだ…
そんな時、チッパーズからメールが届いた。
ため息を吐きながら動画を停止させた俺は、ボー君からのメールを読みながらシロとの結婚指輪を指先でまわした。
“藤原より送られて来た本日の動画を転送します。あと、昨日、シロの店に行きました。インタビューという名目で録画したシロの映像を…藤原へのメッセージとしてチッパーズで公開しようと思います。内容をご確認ください。”
ボー君は、なかなかどうして…陰キャな癖にアグレッシブさを持ち合わせてる。
鼻で笑った俺は、ボー君が撮影したシロの動画を再生させた。
すると、すぐに…可愛いあの子が画面の中に映って、ケラケラ笑いながらこう言った。
「んふふ!勇吾…!勇吾~!今日は、結城さんを連れてお店に来たんだよ?彼はアンタッチャブルだから、みんな怖がって…大変なんだ。これじゃ、介護が始まったら、どこのケアセンターも彼を受け入れてくれないんじゃないかって…オレは、心配だよ。」
「ぷぷっ!」
吹き出して笑った俺は、思わず手元の台本を床に落としてしまった。
全く…突拍子も無いな…
シロはあの爺さんの老後を心配し過ぎなんだよ…。この前なんて、本気で緩和ケアのホスピスを検索してた…
…まだまだ死にそうにも無いのにさ。
他愛のないインタビューに首を傾げて答えるシロを眺めながら、そっとあの子の頬を指の背で撫でた。
独特の雰囲気を持ってる…色っぽい子…そして、俺の奥さんだ。
強くて…優しい…うちのスタッフの、ママでもある…
いつの間にか、インタビューは最後の質問になった。
「シロ…1番、君に影響を与えた人は誰?そして、その人は、どんな事を君に教えてくれたの…?」
そう問われたあの子は、首を傾げて考え込み始めた。そして、ふと笑顔を見せたかと思ったら…こう答えた。
「そうだな…。オレに、一番影響を与えた人…それは、内緒だ。その人は、オレに…力の無い者でも強い者を倒す方法を教えてくれた。いくら強くても、いくら権力を持っていても、人は弱くて、脆い。だから…その隙を上手く突けば、どんな人でも意外と簡単に…崩落するんだ。」
そんなシロを画面越しに見つめて、あの子の目の奥のどす黒い光に、瞳を細めた。
それは…きっと、あの男の事だな…
覚えているんだ。
3匹の猫ちゃん、藤原忍の事を…シロはしっかり覚えてる。
だとしたら、こんな動画…猫ちゃんに餌を与える様なもんだ…!
俺はすぐにボー君に電話をした。
「駄目だ、あんなの乗せるな!」
そんな俺の言葉に声を詰まらせたボー君は、ぼそぼそと聞き取りずらい声で話した。
「…勇吾さん、シロは…相手の事を悪く思っていないかもしれない。なのに…僕たちが、ふたりの再開を邪魔する理由って、何ですか…?」
はぁ~~~~?!
日和ったボー君のコメントに、俺の頭の血が上った!!
「んなもん!俺が嫌だからに決まってるだろが!馬鹿野郎!」
「でも…シロは…」
「ボー君!お前は、あんな事された子供が正常な判断を下して、人を評価出来ると思ってるの?もしかしたら、ストックホルム症候群を起こして、加害者に親近感を持ってしまってるのかもしれないだろ?きっとそうだ!6歳のケツに突っ込むような変態だぞ?常識で考えたら…小児性愛者は、去勢するべき案件だぞっ!」
捲し立てる様にそう言った俺は、念を押してボー君に言った。
「絶対に、あんな動画をチッパーズのチャンネルに上げるな…!もし、アップロードしたら、俺はお前の犯罪を言いふらすからな…!!」
「そ、そんなぁ…!」
当然だ…!
クライアントの望まない事はしちゃ駄目さ…
はぁ~~~~!腹が立つっ!
ボー君との通話を切った俺は、動画の続きを再生させた。
そこには、潤んだ瞳で藤原を見つめるシロの顔が映っていた…
シロ、馬鹿野郎…そいつは、変態だぞ…
藤原から視線を外したシロは、俯いてポツリと言った。
「もう…うちに帰る…」
そんなあの子の髪にキスした藤原は、鼻を啜って言った。
「おおちゃくしてかんな…許してちょうな…」
そして、チラチラと後ろを振り返りながら自宅の団地へと歩くシロの後ろ姿を映して…動画が終わった。
「糞ダサい編集だな…。カメラアングルも素人のAV以下だ…」
ポツリとそう呟いた俺は、ボー君が転送して来た動画と一緒に桜ちゃんの携帯へと、動画を転送した。
こんなもの、見たら…桜ちゃんは怒っちゃうかもしれないな…
携帯電話をバリバリにしちゃうかもしれないな…
#桜二
朝の8時…
昨日の夜は、結城を送ったシロが文句を言いながら帰って来た。
「んも~!あのジジイはっ!すぐに調子に乗って!オレが入れたボトルを3分の2も飲んでた!あのボトル!22万円だぞ?信じられない!う、うわぁん!!」
だから、俺はシロを慰めながら…そのまま抱いたんだ…。
それは、くんずほぐれつなんて言葉がピッタリ合う様な…密なセックスだった。
「あ~、口内炎が出来たぁ!」
「どれどれ~?」
ソファに座った依冬が口を開いて、それを覗き込んだシロは、首を傾げながら指先に付けた薬をあいつの内頬に塗りながら言った。
「チュパチュパしたらダメだよ?」
「なんか、やらしいなぁ…」
シロのお尻をなでなでしながら、依冬は嬉しそうに薬を塗られてる…
そんなふたりの様子を見ていると、携帯電話に勇吾からメールが届いた。
またか…
「シロ…今日の予定は?」
俺は、左の手首に腕時計をはめながらそう聞いた。すると、シロは首を傾げてこう答えた。
「今日は、依冬とランチだよ~!美味しいサムゲタンを食べに行くんだ~!」
「何時から何時まで…?」
シロを横目に見てそう尋ねた。
すると、依冬と顔を見合わせて首を傾げたシロは、俺をじっと見つめてこう言った。
「…何で?」
ヤバい…
深く、聞き過ぎたか…
「どうして、そんなに把握したがるの…?」
立て続けに聞いてくるシロの顔を見て、俺は首を傾げて言った。
「いつもの事だろ…?」
「違うね…。いつもと違う…。」
眼光が鋭くなったシロは、依冬の頭を撫でながらおもむろに立ち上がった。そして、俺の目の前に来ると、ぐらりと揺れた瞳の奥を覗き込んで首を傾げて聞いて来た。
「…何を、隠してる?」
ヤバい…
「きっと…勇吾さんとコソコソしてるんだ…」
ソファから立ち上がった依冬がポツリとそう言って、俺に疑いの眼差しを向けるシロを後ろから抱きしめた。そして、これ見よがしに熱いキスをして言った。
「どうせ、また、結婚記念日の準備をしてるんだ…」
「あ~はっはっは!そっかぁ!」
ヤ、ヤバかった…
「…さ、さあ、何の事かなぁ…」
わざとらしくそう言った俺は、いそいそと玄関へ向かった。
そんな俺の後ろを付いて来る足音は、まだ…疑いの雰囲気を纏っていた。
「行ってくるよ…キスして?」
俺は、靴を履きながらシロを見つめてそう言った。すると、あの人は、俺の瞳の奥を見つめてそっと両手で胸を撫でた。
そして、首を傾げながら眉を上げてこう聞いて来た。
「…何を、隠してる?」
「ねえ、キスをくれないの…?」
俺は、シロの瞳を見つめ返してそう言った。
「するよ…?だって、愛してるんだ…」
シロはそう言って俺の体にもたれかかると、ねっとりと長いキスをくれた。
「シロ!俺には、倍の時間キスしてよ!」
「だって、口内炎が出来てるんだろ?痛くなるよ?」
そんなワチャワチャを背中に聞きながら、俺は逃げる様に家を後にした。
ヤバい…
もう、持たない…
今日、明日で、決着を付けないと…シロにバレる。
依冬を見送ったシロは、玄関の前から、車の中の俺を見下ろしている…
その目は、俺の心の中を伺い見る様な…鋭さを持っていた。
あの眼差しからは、逃げられない。
「勇吾…早く決着を付けないと、あの人にバレる…」
ポツリとそう呟いた俺は、引きつった笑顔をしながらシロに手を振って車を出した。
いつもの渋滞を抜けて、会社の駐車場に車を停めた俺は、勇吾から送られて来た動画を再生させた。
今回の動画は…それはそれは、胸糞の悪い物だった。
「なぁんだ!これは!!このっ!このっ!!死んでしまえっ!!何が…!何が…!おうちゃくてかんな!だっ!!この、この…!!」
…俺は、気が付いたら、自分の携帯を踏みつけて喚いていた。
すぐに我に返って車の運転席に座り直した。そして、乱れた髪を手櫛で整えて、ルームミラーで確認をした。
こんな動画を作って、旦那に送りつけて…やっぱり、猫ちゃんは喧嘩を売ってるな。
甘酸っぱい…初恋か、何かか…
早く、死ねば良いのに…
止まらない悪態を胸の奥だけに留めて、俺はもう一つの動画を再生させた。
それは、初めの動画と同じ時期に撮られた物か…中学生の制服を着たシロが、ビジネスホテルの中で、ルームサービスのメニューを見ている所から始まった。
すぐに後から藤原が室内に入って来て、ジャケットを脱いで椅子に掛けた。
「ねえ、猫ちゃん…シロは、まだ2匹しか見つけてないよ…?もう1匹はどこに居るの?」
そう言って藤原のシャツを脱がせるシロは、口元に笑顔を浮かべていた。
あぁ…
そんなあの人の腰を抱いた藤原は、押し倒される様にベッドに腰かけて言った。
「…たあけ。とろくせゃあこと言わんと、おうちゃくせんで探したらええだら。」
藤原の体の上に跨ったシロは、学生服のシャツのボタンを外しながら、彼を見下ろして言った。
「…ふふ、やだ。面倒臭い…。もう言ってよ。言ったら見つけられる。そうでしょ?」
「なんだ…シロは、やけっぱちに見えるな。」
藤原はそう言うと、体を起こしてシロのブレザーを脱がせた。そして、そのままあの人をベッドに押し倒して、細い首に顔を埋めた。
「やけっぱち…?」
ポツリとそう言ったシロの声が、震えて、か細くて、掠れて聴こえた…
「どうした…」
藤原は、優しくシロの髪を撫でて、あの人の顔を覗きこんだ。そして、何も言わずに肩の刺青を指で撫でるシロに何度もキスをして、大事そうに両手で抱きしめた。
この時期…シロは、お兄さんに売春を斡旋されていた。
一番初めに添付されていた盗撮動画で見た光景だ…
「猫ちゃぁん…教えて…?いつもと違う人には…どうしたら良いの…?はったりをかましても、懇願しても…まるで、話が通じないみたいに、全然違う人みたいに…何を考えてるのか、分からない…」
藤原の頬に頬ずりしながら、シロが涙を落としてそう言った。
すると、あいつは、シロの髪を撫でてこう言った。
「…おまんとこの、兄ちゃん…母ちゃんと同じだら?イカれたんだら?」
「もう、よく、分からない…」
涙声でそう言ったシロの声が、俺の胸の奥をぐさりと突き刺した。
「…わけない。逃げたらええだら。俺のとこにおいでん…」
藤原はあの人のシャツを剥いて、剥き出しになった白い肌にキスをしながら、細い腰を抱きしめた。
「ちが…違う…」
両腕を上げて涙を隠す様に目を覆い隠したシロは、唇を噛み締めて体を震わせた。
「あぁ…やっぱり、おまんが好きだら…。でら可愛い…」
そんな藤原の言葉に涙を拭ったシロは、体を起こしてブレザーとシャツを脱いだ。そして、あいつのシャツを脱がせながらキスして言った。
「3匹目の、猫ちゃんは、どこに居るの…」
「さあな…」
まっ白なあの人の素肌が、柄の入った大きな体に包み込まれて行く様子は、官能的でさえあった…
自分のズボンのチャックを下げる幼さの残るシロは、ただ目の前の大きな男の体に頬を付けて、項垂れて、甘えた…
誰かに…甘えたかったの…?
それが、この男だったの…?
「シロ…可愛い…おまんの為なら、俺は何でもしたる…」
「も…良い…。何も、しないで…」
自分の体の上に覆い被さる男の背中に両手を這わせたあの人は、まるで肌触りを確認する様に、何度も刺青の背中を撫でた。
ズボンを脱がされて、股間に顔を埋められて、体をのけ反らせて快感を感じるシロは、エロかった…
「んんっ…はぁはぁ…あっああ…気もちい…あっああ…!」
「ほだら…俺は、シロには特別優しいだもんで…うんと、気持ち良くなったらええ。なんもかんも忘れて…俺だけ見たらええ…」
藤原の髪を鷲掴みしたシロは、体を捩りながら快感に溺れて行った。虚ろに開いた瞳は、どこも映さないで…小刻みに震える唇は、喘ぎ声しか出さなくなった…
「ん~~~!だめぇ…ん!イッちゃう…!」
「ははっ!ほうかぁ、おまんもとうとう…精通したか?ほら、ええじゃんね…。やっと、やりがいが出るってもんだら。」
激しい快感に逃げようともがく白い四肢を両手で押さえつけた藤原は、シロの乳首をいやらしく捏ねながら、あの人のモノを音を立てながらしゃぶった。
「はぁはぁっぁあん!だめぇん!!ん~~~!!」
腰をびくつかせてシロがイッた。すると、満面の笑顔を湛えた藤原が、惚けて肩で息をするシロを見下ろして言った。
「可愛い…」
それには同意する…
「気持ちいな…シロ。まっと…気持ち良くしてやるだもんで…もう、余計な事は何も考えんで。ただ、俺だけ見て、俺だけ頼って、俺だけ信じたらええ。…俺だけ、おまんの味方だら…忘れんな…」
惚けたシロの唇にキスをしながら、念仏を唱える様に藤原がそう言った。
見事に彫られた刺青が、背中にかいた汗を纏って隆々とうねった。
何度も口の中でイカされたシロは、我を忘れた様に快感に溺れて、口から喘ぎ声と、よだれを垂らした。
「あぁ…よど垂らして…可愛いの…」
そんなシロの唇の周りをねっとりと舐め回した藤原は、惚けて焦点の合わなくなったシロの瞳を覗き込んでニヤリと笑った。そして、あの人のおでこを撫で下ろして口を開かせると、口から覗く小さな舌をペロペロ舐めながら、ニヤニヤ笑って言った。
「シロ…気もちいな…」
「はぁはぁ…もっと…」
「ふふ…待っといてな…」
覆い被さる様にキスをしながら、藤原はシロの足の間に手を向かわせて、あの人の中に指を入れ始めた。
「んん…ね、猫ちゃぁん…!」
「あぁ、気持ちいの…?」
両足を突っぱねて勃起させるシロを見つめて首を傾げた藤原は、あの人の乳首を舐めながら言った。
「俺が刑務所にいる間に、シロがすっかり開発されててかんわぁ…誰?誰がしてん?あかんな…腹立つわ…」
小刻みに震えるシロの体に舌を這わせて、しつこくキスしながら、藤原はあの人の中に入れる指を増やして行った。
…シロを寄って集って乱暴していた男たちに比べて、こいつは上手だ…
そんな要らない感心と、納得してしまう気持ちを払拭する様に首を振った俺は、何もかもを忘れる様に快感に溺れて行くシロを見つめて、ため息を吐いた。
心を病んだお兄さんに、シロは戸惑っていた…
投げやりになった気持ちを吐露する相手が…誰もいなかった…
ねえ、シロ。
こいつは…お前にとったら、心を許せる、唯一の相手だったの…?
「はぁはぁ…猫ちゃん…来てよ…来てよぉ!」
「シロ…おまんとこの、へぼい兄ちゃんか…?あいつが、してるんか…?」
藤原のその言葉に瞳を歪めたシロは、顔を起こしてあいつを見つめた。そして、歯を食いしばってこう言った…
「兄ちゃんを…悪く言うなぁ!兄ちゃんは…シロの、シロの…1番…好きな人なんだからぁ…!あっああん!うわぁあああん!」
大泣きし始めたシロを見下ろした藤原は、ため息を吐いて言った…
「ほうか…俺には、そんな風に、見えんもんでな…」
「…ん、馬鹿ぁ!ばぁか!」
シロは泣きながら藤原の胸を殴った。そんなあの人の腕を掴んで持ち上げたあいつは、自分の体をシロの足の間に入れた。そして、暴れるシロの手を片手で押さえながら、自分のモノをあの人の中へと入れて行った…
「んん…!はぁはぁ…くるしい…!」
「シロ…?おまんの兄ちゃん、アホだがや。」
シロが怒ると分かってるのか…藤原はお兄さんの悪口をシロに言いながら、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「んぁあん…ばぁかぁ!違う!違う!」
「普通…大事な人を誰かに襲わせたりせんだら?おまんはするのか?ん?逃げよ。俺んとこにおいでん…。なぁ?それとも…俺が、兄貴をぶっ殺してやろうか…?」
藤原のそんな言葉に瞳を歪めたシロは、必死にあいつの腕にしがみ付いて言った。
「駄目ぇ!駄目ぇ!止めて…止めてぇ…!シロが…シロが悪いの…」
「そんな事…あらすか…おまんが何した。」
「やめて…お願い…」
か細く…絞り出す様な声でシロがそう言った…
すると、藤原はシロの体に覆い被さって、泣きじゃくる顔を見つめながら腰を動かして聞いた。
「シロ…俺の事、好きか…?」
「はぁはぁ…うん…好き…好き…!」
藤原の腕から肩…肩から背中に手を滑らせたシロは、いやらしく動くあいつの腰に合わせて体を揺らして、どんどん頬を紅潮させていった。
「はぁ…あっああ…猫ちゃん…気もちい…!」
「はぁはぁ…ほうか…」
必死に大きな背中にしがみ付くシロは…まるで、この男に守って貰いたがっている様に見えた。
この男は、シロの恋人だ…
お兄さん以外に、あの人は…既に男を一匹飼っていた。
それは…6歳なんて子供の頃からの…長い付き合いの、男だった…
「…じゃ、3匹目の…ヒントを頂戴…?」
「あかんわ…たあけ…」
そんなピロートークまで、動画の最後にしっかりと収まっていた。
シロ…
藤原が会いに来たら…お前は、あいつに会いたい…?
お兄さんが死んだ後、あいつに何も言わずに、名古屋を後にしたんだろ…?
突然、姿を消したお前の事を…必死に、探していたんじゃないの…?
俺が藤原の立場だったら、やっぱり…お前に会いに来るだろうな。
そして、お前の周りに集ったごみクズを取り払って…再び、自分の元に連れて帰りたいと思うだろうな…
ねえ、シロ…?
お前も、こいつの元に帰りたい…?
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