＃シロ 桜二ってば…何年も一緒に居るのに、未だに熱々じゃないか！ あんなに激しく朝から動けるんだもん。 オレは、桜二を見くびってたみたいだ…！ 「ぐふふ！」 仕事の支度を済ませたオレは、早々に家を出た。 夕方の４：３０… ここから店まで歩いたら、少しは痩せるかな…？ そんな思いで、スニーカーを履いて歩いて職場へ向かった。 歳をとったせいか…お腹のプニプニがなかなか取れないんだ… ほんと、やんなるよ。 夕方になっても人混みは相変わらずだ… だって、都会のど真ん中に住んでんだもん。 静寂とはかけ離れた環境だ。 でもね、住み慣れてしまうと、こんな喧騒も…心地良い環境音に変わって行くんだ。 車の音も…トラックの音も、救急車のサイレンの音さえも…日常の一部になって、耳障りの良い音に変わるんだもの。 面白いと思わない？ ピンポン… オレは、通い慣れた部屋のインターホンを押して、玄関が開くのを待った。 「…なんだ、何しに来た？」 「生存確認だよ。まったく！またパジャマのままで！…もう！」 結城さんの部屋に立ち寄ったオレは、ズカズカと部屋の中に入って、閉まりっぱなしのカーテンを開いて言った。 「朝になったら、カーテンを開けるの！夜になったら、カーテンを閉じるの！」 そんなオレの言葉なんて聞きやしない。 結城さんはオレを抱きしめて、そのままフカフカの高級ベッドに押し倒した。 「なんだよ…こんな時間に来て…シロ、抱かせてくれるんだろ…？」 1日中、パジャマで過ごしていた癖に…こんな欲だけは、いっぱしにあるんだ！ 「…ねえ？もう少し安心するような暮らし方をしてよ…」 彼の頬を持ち上げたオレは、微睡む瞳を覗き込んで念を押して言った。 「こんなの、自殺寸前のニートみたいじゃないか！蛇を大量に飼い出したら、詰むからな？」 「はっ！うるっせいな！」 全く！！ 項垂れた様に体に圧し掛かった結城さんを抱きしめたオレは、彼の耳もとでこう言った。 「…そんなに時間がないから、また今度してあげる…」 「やだよ…今が良いんだ…」 聞かないジジイだ… 「もう、面倒だから…一緒に住もうか…？」 そう言って結城さんにキスしたオレは、熱くてねちっこい彼のキスにすぐに体を熱くして、撫でられる股間を疼かせて腰を揺らした。 「ふふ…シロは、相変わらず、ビッチだな…」 だって、うっとりと瞳を細めるあなたが、桜二に見えるんだ… だからかな…あなたとセックスするのが、癖になる。 こんな事、絶対…桜二と依冬には言えない。 「はぁはぁ…好きだよ…」 そう言って両手で結城さんを抱きしめて、彼に何度もキスをした。 乱暴に猫柄のパジャマを脱がせて、彼の胸に舌を這わせて、彼が喜ぶ様に気持ち良くしてあげる。 「おぉっ！ほほっ！良いぞ！シロ、頑張れっ！」 そんなおふざけの言葉にクスクス笑ったオレは、彼のモノを片手で握りながらゆっくり扱いて言った。 「…お口で良い？」 「いやだ…！」 まぁったく！！ 「ん、オレは健康的なジジイとしたい…。こんな、不健康なジジイとセックスしたくない。だって、部屋の中にはこもった空気しかなくて、生活感丸出しのパジャマ姿なんてさ…こんなの…しみったれてるじゃないか。そう思わない？」 結城さんのモノから手を離して彼から離れたオレは、壮大なダメ出しを始めた。 「はっ？！しみったれてるだと？」 目を丸くした結城さんが声を荒げてそう言うから、オレは畳みかけてこう言った！ 「…そうだ。1日中家に居て…ずっとパジャマを着てるジジイなんて…最悪だ。魅力的じゃないだろ？オレは、健康的で…お洒落で、意地悪なジジイが好きなんだ。しみったれたヨレヨレのバスタオルみたいなジジイは…哀れに思っちゃう。」 実際そうだ… 「マスターベーションの介護の仕事をしてるみたいな…悲壮感を感じちゃうんだよね。」 そのオレの一言が…結城さんのやる気スイッチを押したみたいだ。 急に部屋の片付けと、身だしなみを整え始めた。 「うんうん。良い男だ…」 そんな彼の背中に乗ったオレは、鏡の中でイケてるジジイに変わって行く彼を見つめて、耳たぶをかじって言った。 「こりゃ、堪んないね？」 「…ふん！」 ホント、そうだ… どんな良い男でも、身だしなみを疎かにしたら…駄目だ。 張りの良いシャツを着て…髪を整えて、凛としてよ… だって、オレは、そんなあなたに痺れるんだから。 「あぁ…素敵じゃないか。エロいジジイになった…」 オレは、満面の笑顔で、彼を見上げてそう言った。そして、綺麗に整えられた髪を指の間に通しながら、ゆっくりと後ろに流して、髭の無くなった口元を舌で舐めた。 「キスしてよ…」 うっとりと瞳を潤ませながら、桜二にそっくりなジジイのキス顔を見つめて、いやらしく舌を絡めて吸った。体を撫でる大きな手は、桜二とは違う動きをして…オレのお尻を揉みしだいた。 ふふ… そんな彼の手を握ったオレは、体を離してこう言った。 「…オレが、出禁を解除してあげる。だから、うちのお店に遊びにおいで…？少し、夜の空気を吸った方が良い…」 そんなオレの言葉にニヤリと笑った結城さんは、お財布をポケットにしまいながらオレを横目に見て言った。 「シロのツケだろ…？」 全く！ …やんなるね！ 「…ジャックダニエル１本なら、買ってあげる。ボトルキープして、ちびちび飲めば良いだろ…？」 そうして、エロいジジイを仲間に入れたオレは…手を繋ぎながら、歌舞伎町の職場へと向かうのであった。 「お前の匂い…何の匂い…？」 結城さんは、クンクンと鼻を動かしてオレの首に顔を埋めた。オレは、そんな彼を片手で抱きながら教えてあげた。 「オレの旦那と、同じ匂いだ…」 「なんだ、お前、いっぱしの人妻だな…」 ウケる… 桜二も、この人も…オレの笑いのツボを分かってる。 「ふふふふ…！全く…笑わせないでよ、ほんと、おっかしいんだから。」 オレは、彼が桜二に会わない様にしていた。 お店に結城さんを連れて行く事は、その確率を上げる行為だ… でも、1日中部屋に籠ってばかりの不健康な結城さんを見てしまうと、楽しい夜の街に、繰り出させてあげたくなるんだ… だって、こんなにイケメンのセクシージジイなのに…くたびれるには早すぎるよ。 “桜二、今日は店に来ないで！” そんなメールを彼に送って…オレは結城さんと肩を並べて歩きながら、暗くなって行く街を歩いて進んだ。 「おぉ！…結城さん。ご無沙汰してます！」 歌舞伎町に入ったあたりで…立ちんぼの男がそう言って頭を下げた。 これで３回目だ… ここら辺でぶいぶい言わせている…と、支配人から聞いた事がある。そんな、結城さんの権威は、未だに燻っている様だった。 「ねえ、あの子達とお酒でも飲んだら…？」 結城さんを見上げてそう尋ねると、彼はオレを見下ろして首を傾げて言った。 「…なぁんで！」 何でって… 昔取った杵柄じゃないけど…同じ様な悪い奴らと、悪い話をする方が、ボケ防止には良いかな…と、思ったんだ。 「結城のオジキ！どこに居たんだよっ！は～はっはっは！久しぶりじゃないか！オヤジが心配してたぜ…？」 店に近付くにつれて、どこからともなく…ヤクザがどんどん集まって来る… 結城さんの登場に、噂を聞きつけた奴らが笑顔で駆け寄って来るんだ。 参ったね… 街角の立ちんぼは、そんな様子を鋭い視線で見てる。 きっと…覆面の警察官だ。 なんで、こんなに多くの警察官が、歌舞伎町を張ってるんだよ… 「ん、もう…結城さんのせいで、お巡りさんがあちこちに立ってるじゃないか！」 そんなオレの言葉に、ヤクザと話していた結城さんは首を傾げて言った。 「…よく、気付いたな？さすが、俺のビッチだ。でも、俺のせいじゃないな…」 よく言うよ… あなたの登場に目を丸くしてたんだ。 オレは、結城さんと腕を組んで、グラグラと揺らして言った。 「…もう、悪い事はしないでよ？せっかく出所したんだからね？ほら、あんたらも散ってよ。この人は、これから暴力団お断りの店に入るんだから…！散って！散って！」 こんな所…支配人に見られでもしたら、何を言われるか…！ 「ったく…俺のせいじゃねえよ…」 眉を下げた結城さんがそう言った。すると、ひとりのヤクザが彼に耳打ちして言った。 「…他所のヤクザが来てる。それで、マル暴が張ってる。」 そんな物騒な会話を無視して、オレは結城さんの腕を引っ張って足早に店へ向かった。 まったく！ このジジイは、ここに連れて来ちゃ駄目だったみたいだ！ 物騒な奴しか集まって来ないうえに、物騒な話しかしないんだ！ そんなオレに引っ張られながら、結城さんはケラケラ笑って言った。 「なぁんだよ。シロ。早く俺に抱かれたくなったの…？」 さっきまでしょぼくれてた癖に、水を得た魚みたいにイキイキし始めるんだもんね。 でも …悪くない。 彼の腕に肩を抱かれて胸に頬を付けたオレは、クスクス笑いながらこう答えた。 「そうだね…それも悪くない。」 ７：００…オレは、やっと、三叉路の店にやって来た。 エントランスに入ったオレを見た支配人は、釣り上げた眉を一気に下に下げてオロオロと言った。 「あぁ～…！あれぇ？出禁にしたんだけどなぁ～～。」 そんな支配人の前に結城さんを連れて行ったオレは、肩を落として言った。 「…もう、良い子になったんだ。オレが監視するから、中に入れてよ…」 「そうだな。入れろよ…」 オレは、偉そうにそう言う結城さんを小突いて、支配人に言った。 「…しょぼくれジジイになっちゃったんだよ。だから、こういう所で…本来の自分を取り戻して欲しいんだ！」 「そうだな…。俺も、取り戻したいんだ…！」 「…なあ、取り戻す、必要はあるのか…？」 そんな支配人のごもっともな言葉に首を傾げたオレは、ため息をついて言った。 「支配人も同年代だから分かるだろ？この年の男は、格好を付けなくなったらお終いだ。オレはね、結城さんにいつまでもエロいジジイで居て欲しいんだよ。」 「そうだな。…その方が、セックスが盛り上がるだろうしな…」 そんな結城さんの言葉に眉を顰めた支配人は、オレを見下ろして怒って言った。 「なんだ！お前！この人とセックス出来るなら、俺にもやらせろよっ！」 「悪くない。３Ｐだな。」 最悪だ… オレは今、最悪なジジイふたりに囲まれてる… 口の端に泡を付けた支配人は力の限り叫んでこう言った。 「はぁ～～～！何年も、何年も、お前を囲ってんのは俺なんだぜ？どうなってんだよ！こんなの不義理だろが！親切丁寧に囲ってやってるって言うのに、あっちこっちで乱交の限りを尽くして！そろそろ本命の俺の所に来る、そういう頃合いなんじゃないのか？」 そんな支配人を見てゲラゲラ笑った結城さんは、受付のテーブルをバンバン叩きながらこう言った。 「ぷぷっ！何年たっても出来ないって事は…そう言う事なんだよ！諦めなっ！足長おじいちゃん！あ～はっはっは！」 呆れて言葉も出なくなったオレは、支配人と結城さんを見つめて、ただ、首を横に振り続けた。 「シロ～！おはよう！！今日も仁くんが一緒だよぉ！」 地下から上がって来た楓が、支配人と結城さんに翻弄されるオレに声を掛けた。そんな楓の隣には、例のスーパー仁くんが居た。 「あ……お、おはようございます。シロさん…」 結城さんを見て目を丸くした彼の様子が…引っかかった。 どうしてこのジジイに驚いたのさ… おかしいだろ？ イケてるジジイである事は確かだけど、目を丸くする様なもんじゃない… 「あっ！このジジイ、きら～い！」 結城さんにグラスを投げられた事のある楓は、オレの隣で中指を立てる結城さんに、顔を歪めて逃げる様に店内へ入って行った。すると、結城さんはオレのお尻を撫でながらこう言った。 「顔はお前より良いのに…あいつは少し、馬鹿っぽいな？」 「口を慎んでよ！あなたが意地悪したんだろっ！」 オレが結城さんの肩を引っ叩いてそう言うと、彼は嬉しそうにケラケラ笑って財布からチャージ料を取り出して、支配人に手渡して言った。 「…お利口にするよ？シロの顔は潰さない。こいつは、俺のビッチだからな。」 「はぁ～～！やんなるね！」 ふてぶてしい…そんな堂々とした顔をした結城さんと腕を組んだまま、オレは店内へと向かった。 すると、ウェイター達が一斉に彼を見つめて、目を丸くして、騒然とした。 同じ様に耳に手を当てて、ボソボソと、インカムで会話をしている様だ… そんな中の一人を捕まえたオレは、ウェイターのインカムに向かって、こう言った。 「この人はもうお利口さんになった。だから、オレの責任で…カウンターに座らせる。きっと、悪い事はしない。」 そう…きっと…大丈夫。 堂々と胸を張って歩く結城さんをカウンター席に座らせたオレは、目を丸くするマスターに言った。 「彼の出禁は解除された。飲み物を出して…？オレのツケだ。」 「シロ～！ジャックダニエルなんて安い酒は飲みたくない！とりあえず、クルボアジェＶＳＯＰを出せよ。」 ご機嫌の結城さんは、オレを抱きしめて首を甘噛みしながらそう言った。すると、マスターはすかさずグラスを手に取って、カウンターの上に置いた。そして、首を傾げながらこう聞いて来た。 「…シロ、ボトルキープする…？」 クルボアジェVSOP…それは、そんなに高い酒でもない。 でも、ブランデーだ。 所謂、古酒なんて言って、年代物は高くなる… オレの胸に抱き付いて来る結城さんを見下ろして口を一文字にしたオレは、ため息を吐きながらマスターに言った。 「…１０万位内のボトルを出して？」 「ケチんなよ。シロ…！俺に安い酒を飲ませるな！」 ま～～～ったく！！ 結城さんの髪を鷲掴みしたオレは、彼の顔を持ち上げて顔をしかめてこう言った。 「…２５万以内だ！これ以上は、出さない！」 「わぁい…」 その様子を見ていたマスターは、カウンターの奥のガラス棚から一番良いブランデーを出した。そして、オレを見つめながら、半笑いの笑顔を向けて蓋を容赦なく開いた。 あぁ… もし、結城さんが気に入らなかったら、桜二にプレゼントしよう… 氷の入ったグラスにトクトクと注がれる飴色のブランデーを眺めて、結城さんは瞳を細めて言った。 「綺麗じゃないか…」 「オレの酒だ。ちびちび飲むんだよ？良い？オレは、１０：００のステージを終えたら帰る。だから、それまで、ここで大人しく飲んでるんだ。暴れたら、許さないからな？」 しつこいくらいに、念を押して、オレは結城さんの瞳の奥を見つめてそう言った。すると、彼はオレの腰を抱き寄せて、肩を揺らして笑って頷いた。 多分、大丈夫だ… “何で？” ふと、携帯を覗き込んで、そんな返信を寄越した桜二にこう返した。 “結城さんを店に連れて来てるから。今日は来ないで。” まだ、結城さんに…お前を会わせたくないんだよ。 彼の胸の傷が疼くんじゃないかって…怖いんだ… この人が、1日中…部屋の中で、何を考えて…何を思って…過ごしているのか、想像もつかないけど… 昔のオレの様に、会えない誰かを思っているとしたら…早く楽にしてあげたいんだ。 ギュッと結城さんの背中を抱きしめたオレは、彼が撫でる自分のお尻の感覚を感じながら、手元の携帯を見つめて足を揺らした。 「…ん、悪くない…良い味のブランデーだ。」 そんな彼の声を片耳で聞きながら、ぼんやりと大きな肩に頬を乗せた。そして、クッタリと脱力しながら、小さい声で言った。 「…着替えて来る。」 「ん…」 結城さんの肩に置いた手を滑らせながら歩き始めたオレは、彼をカウンターに置いて、階段へと向かった。 以前、結城さんはこの店で大暴れして出禁を食らってるんだ… だから、ウェイターがめちゃんこ…ピリピリしてる。 眉を顰めてオレを見つめるウェイターを無視して歩いて進むと、突然腕を掴まれて、楓に引っ張り寄せられた。 「シロ！何であのジジイを連れて来たの？マジで、僕…気分が悪いんだけどぉ！」 マシンガンの様に捲し立ててそう言った楓は、手元のショットグラスを一気に飲み干して鼻息を荒くした。そんな楓に笑顔を引きつらせて、オレは宥める様に言った。 「…もう、暴れないから…。それに、１０：００のステージが終わったら、オレと一緒に帰るんだ。少しだけ…少しだけ、我慢してよ…！」 「…まさか、一緒に住んでるんですか…？」 そう言って食い気味に顔を覗かせたのは、仁くんだ。 彼は結城さんが…どんなジジイか知ってるみたいだ。そうじゃなかったら、目を丸くして驚く事もないし、カウンター席に座った彼を、チラチラと伺う必要もない… オレを見つめる仁くんを見つめ返して、にっこり笑ってこう答えてあげた。 「…そうだよ。一緒に住んでる。あのジジイは、ああ見えて腰が上手なんだ。だから、若い男より、ずっと気持ち良くしてくれる。…良いだろ？」 「へぇ…それは、知らなかった…」 そう呟いた仁くんを見つめたオレは、彼の目の前のショットグラスを手に持って、一気飲みした。そして、ガンっと思いきり音を出して彼の目の前に伏せて置いた。 口元を緩めて笑う彼の顔を覗き込んで、オレは首を傾げてこう聞いた。 「じゃあ…何だったら知ってるの…？」 「いや…」 そう言って視線を逸らした仁くんの頬を撫でたオレは、彼の顔を無理やり自分に向かせて、もう一度聞いてみた。 「…君は、どうやら…ストリッパーになりたくてここに来た訳じゃ無さそうだ。誰かの事を探りに来たのか…それとも、何かを偵察に来たのか…」 「シロ！どうして！仁くんにそんな意地悪するのぉ！きっと、糞ジジイと一緒に居るから、シロの性根が腐ってきちゃったんだぁ！」 楓によって助けられた仁くんは、オレを伺い見る様な目をして、眉を下げて言った。 「…す、すみません。つい…よくも分からないのに、分かった様な口をきいてしまいました。」 嘘だね… クスクス笑ったオレは、楓に守られた仁くんの顔を覗き込んで畳みかけて言った。 「ふふ、オレはね、怒ってる訳じゃないんだ。ただ、君がここに何の目的で来たのか…それが気になるんだ。ストリッパーになりたいなんて嘘だろ？こんな商売、金に困った人か…単純に踊りが好きな人がやるもんだ。そして、君は、そのどちらでもない。」 「ん、ん、も！シロ！やめなたい！」 「ねえ…誰の、何が知りたいの…？」 動揺した様に瞳を揺らした仁くんの瞳を見つめたまま、オレは首を傾げてもう一度聞いた。 「ねえ…オレの何が知りたいんだ？」 そして、彼の胸ポケットにささったボールペンのてっぺんに付いた、ピンホールカメラを見つめて、首を傾げてやった。 「シロ！も、ハウスに戻って！お着換えして来なちゃい！」 楓の手によって追い払われたオレは、そのまま階段を上ってエントランスへ向かった。 そして、店の外を覗き見て、見慣れない黒い車を通目に見つめて首を傾げた。 おかしいな…何か、変だな… 「支配人、仁くんは…他所の店の回し者かもしれない。気を付けた方が良いよ？」 受付でたばこを並べる支配人にそう言うと、彼は首を傾げながらこう言った。 「そうですかぁ～…さすが、シロさんは…ジジイとファック出来るだけある。着眼点が違うんだ。はぁ～、まいったね！俺はまだ若いから…相手にされないのかなぁ…」 全く… 「支配人は、オレのお父さんみたいな大事な人だよ？どうして…そんな人とエッチが出来ると思うの？そんな風に思う事自体が間違ってるだろ？」 支配人の顔を覗き込んでそう言うと、彼は口を尖らせてこう言った。 「俺にも、やらせろよ！減るもんじゃないだろっ！！お前は、あの一家を総なめして、どうするつもりだ！兄貴と、弟、そして…親父まで！！節操のない嫁だな！いいや、嫁でもないんだ。他所の嫁が…他所の家の男を食い荒らしてるんだぁ！どんなＡＶだ！タイトルを言えっ！旦那の居ぬ間に…とか、隣の芝生が青く見えたの…とか、そんなタイトルだろっ！はぁ～～～～！」 ウケる…！ 息を切らしてがなり散らす支配人を見つめながら、オレは笑いを堪えて肩を揺らした。 確かに…オレは結城さん一家を総なめにしていた。 「…じ、自重するよ…」 ぐふぐふ笑いながら地下の階段を下りたオレは、控室に入って、鏡の前に化粧ポーチを置いた。 なかなかどうして…支配人のセンスは侮れない。 面白い事を言うんだ。 仁くんの胸ポケットのボールペンには、カメラが付いてた… 結城さんと一緒に居るオレを見て驚いて、一緒に住んでるなんて嘘にたじろいだ… あの子は、オレの何かを探りにここへ来てるみたいだ。 「オレの何が知りたいのさ…」 鏡に向かってメイクをしながら、ポツリとそう呟いた。 今更、隠すものなんて何もない… そんなオレの、何が、知りたいのさ。 “店に来てます！ワクワク…！ドキドキ…！” ボー君のメールを受信したオレは、気分を切り替えて、口元を緩めて笑いながら衣装を選んだ。 ボー君は、相変わらずオレの広報を務めてくれている。 もう…売りなんて、危ない仕事もしてない。 今日は、彼が指摘する…オレの着がちな服装を着よう… 大きめのシャツと、短パン…そして、厳ついブーツだ。ふふ。 でも、シャツの下に革のハーネスを付けて、少しだけＳＭ要素も取り入れた。 「創意工夫って言うんだ…」 姿見で確認しながらそう呟いたオレは、控室を後にして店内へ向かった。 「シロ…！仁くんともう少し仲良くおしゃべりしてよ！」 店内へ戻ったオレに、楓がそう言った… 頬を膨らませた様子は、さっきのオレの態度を怒っている様だった。 「え～？仲良くしてるよ？」 オレは肩をすくめながらそう言って、仁くんを見つめてクスクス笑った。 すると、彼は首を傾げてこう切り出して来た。 「…シロさん。今度、一緒に映画でも行きませんか？」 ふぅん… 「えぇ…？仁くんが奢ってくれるの？はは…」 乾いた笑いを見せて仁くんをいなすと、急に真顔になった楓は、仁くんの手を握って大げさに言った。 「シロは駄目！この子には、怖い男が沢山付いてる！仁くんみたいな…純情ボーイは手を出したら駄目。ギッタンギッタンに殺されるよ…？！」 酷いじゃないか…！ 「もちろん、俺が全て奢りますよ。シロさんの好きな所に連れてってあげる。」 楓の真顔を無視した仁くんは、オレに微笑みかけてそう言った。 まるで、さっきの動揺を挽回する様に畳みかけて来るね…？ でも、オレはお前の正体を見極めたんだ。 近付いたら駄目な奴だってね… 「そう…考えとく。」 鼻で笑ってそう言うと、オレは楓と仁くんのテーブルを後にした。そして、常連客にあいさつ回りをしながら、ボー君と結城さんの元へ向かった。 「ボー君！来たの？ふふ！見て？結城さん！この子が、オレの広報の…ボー君だ！」 結城さんは、オレの言いつけ通り、カウンター席で大人しくちびちび酒を飲んでいた。そんな彼に、オドオドするボー君を紹介すると、どこかの誰かみたいに…適当に頷いて視線を外した。 全く…そっくりだな。 きっと、葉太もこんな雰囲気の、良い男になる。 「今日はね、１０：００に踊るんだぁ。だから、そのステージを撮って行く？」 ボー君の顔を覗き込んでそう尋ねた。すると、彼はいつもの様に目を泳がせてこう言った。 「…きょ、きょ、今日は…シロの、インタビューを取ろうと思って…来たんだ！」 …イ、インタビュー？！ 予想外の答えに、オレは、ケラケラ笑いながらボー君に言った。 「何を聞きたいのさ！」 「どうやったら、ビッチになれるのか聞きたいんだよっ！」 そんな下品な結城さんの声を無視したオレは、ゴソゴソとマイクとカメラを取り出したボー君を見つめて言った。 「…何を話したら良いの？」 「ぼ、ぼ、僕が質問をするから…シロは、それに答えて？む…難しくない。簡単だよ？全世界のチッパーズに、君の考えや、人となりを教えるんだ…。」 わぁ… 「凄いねぇ！聞いた？結城さん？オレの人となりだって！」 「だぁから、どうやってビッチになったのか、全世界に発信して、教えてやったら良いだろ？腰の使い方と…エロい声の出し方と…いっその事、本でも出せば良い！上級者のアナルセックスの極意って題名で…！俺は買ってやるぞ？お前の金でな！あ～はっはっは！」 最低だね… 「あのジジイは、少し、口が悪いんだ。本当はこう言ってる。シロの優しい心が、全世界に広がれば…戦争は無くなるって…」 そんなオレの言葉に肩を揺らしたボー君は、カメラをカウンターの上に固定させて、オレにマイクを向けた。 「こ、これは…ライブじゃない。後で…編集をするから、気楽に話して良いよ…？」 わぁ…まるで、有名人みたいじゃないか！ もっと、化粧を、濃くすれば良かった… 「…勇吾も見るかなぁ？」 オレは体を揺らしてボー君にそう尋ねた。すると、彼はクスクス笑って言った。 「多分…一番に見るよ…」 そうだよね～！そうだよね～！ 「んふふ！勇吾…！勇吾～！今日は、結城さんを連れてお店に来たんだよ？彼はアンタッチャブルだから、みんな怖がって…大変なんだ。これじゃ、介護が始まったら、どこのケアセンターも彼を受け入れてくれないんじゃないかって…オレは、心配だよ。」 そんな事をカメラに向かって話し始めると、カウンターで酒を飲んでいた結城さんが、盛大に酒を吹いて、オレに向かって言った。 「要らない事言ってんじゃねえよっ！」 「シ、シ…シロ。そういう…電話で話す様な、プライベートな事はいったん置いておいて…僕が仕切るから、ちょっと、黙っててくれるかな？」 ウケる…！ オレは、肩を揺らしながら、ボー君の制止に頷いて応えた。 「では…歌舞伎町、ストリッパーのシロです。えっと…簡単に、挨拶を下さい。」 そんなボー君の言葉に頷いたオレは、姿勢を伸ばして、ペコリと頭を下げて言った。 「歌舞伎町で、ストリッパーをしてる…シロです。趣味は…子供の面倒と、老人の介護と…怖い映画を見る事でぇす！」 カメラを覗き込むボー君の口元がにやけてる… それが可愛くて、ニヤニヤしながら彼を見つめた。 ボー君の質問は、どれも他愛のない事だった。所々、結城さんがヤジを入れて来たけど…それでも、インタビューは順調に進んだ。 そして、最後の質問になった。 「シロ…１番、君に影響を与えた人は誰？そして、その人は、どんな事を君に教えてくれたの…？」 へ…？ そんな意図しなかった質問に、オレは首を傾げて考え込んだ。 桜二…？ 依冬…？ それとも、勇吾…？ 兄ちゃん…？ 「あぁ…ふふ…」 …ふと、頭の奥に思い浮かんだ…そんな過去の思い出に口元を緩めて笑ったオレは、ボー君を見つめてこう言った。 「そうだな…。オレに、一番影響を与えた人…それは、内緒だ。その人は、オレに…力の無い者でも強い者を倒す方法を教えてくれた。いくら強くても、いくら権力を持っていても、人は弱くて、脆い。だから…その隙を上手く突けば、どんな人でも意外と簡単に…崩落するんだ。」 オレのそんな言葉にボー君は固まってしまった。 「ボー君？」 余りの機能停止ぶりに、オレは、首を傾げて彼に呼びかけた。すると、彼はあわあわと動揺しながら、カメラを止めて言った。 「さ、さ、詐欺師みたいなコメントだったね！」 褒められたのかな…？ 「はは…確かに、そいつは、お前に悪い事を教えたな…？しっかり息づいてるじゃないか！人をたらしこんで…手玉にとる。今のお前の、礎だ！ははは！」 大笑いする結城さんにクスクス笑って、オレは肩をすくめてみせた。 それは、忘れていた過去の思い出だ…