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第5話

#桜二 葉太が居た少しの間、シロは俺が何も言わなくても自分で起きた。 なのに、葉太が居なくなった途端、全然、起きなくなった。 「シロ…朝だ…」 「知ってる…だから何だぁ…」 …このやり取りを毎日繰り返してる。 うつ伏せに寝たシロの体を揺すりながら、可愛いお尻が揺れるのを見つめて言った。 「プリプリのお尻が揺れてる…」 「ぷぷっ!」 クスクス笑ったシロは、顔を上げて俺に笑顔で言った。 「桜二…ファックして…?」 全く…可愛い人だ。 ニッコリ笑った俺は、シロのプリプリのお尻に、自分のモノを当てて腰を動かしながら言った。 「どうだぁ~!」 「あ~はっはっは!!」 そうして…いつもの様にシロを抱き抱えた俺は、粛々と彼をリビングへ連れて行くのであった… 「…いつか、桜二がおじいちゃんになったら、もう、オレを抱っこする事も出来なくなるの…?」 最悪だな… 「考えたくも無いな…」 突然の老後の話に眉を顰めた俺は、シロをソファに置いて、朝食の支度を始めた。 あの人が言うには、俺と結城は似ているらしい… そのせいか、結城と会った後は、必ず俺の老後の話を始めるんだ。 嫌になるね… この前なんておむつの話を始めたんだぜ? 表情は変えなかったけど、一気に頭が痛くなった。 俺の老後の心配をするなら、俺と同い年の勇吾の老後の心配もした方が良いよ… あいつは、すぐにボケそうだから… 勇吾… ふと、携帯電話を確認すると、あいつからメールを受信していた。 そこに、ふたつの添付ファイルを確認した俺は、項垂れる頭を持ち上げてシロに聞いた。 「…この前、昆布入りの卵焼きを作っただろ?あれ、また作ろうか…?」 するとソファの上でストレッチを始めたシロが、満面の笑顔を向けてこう言った。 「わぁい!今日はついてる!桜二はご機嫌の様だ!」 …その、逆さ。 落ち込みそうな気持を持ち上げる為に、目の前のお前を喜ばせてるんだ。 可愛い笑顔を見れば…怯えながら大人の男に凌辱される、動画の中の幼いお前を忘れられるからな… あの変態ヤクザ、糞ムカつくよ…。 ”シロはお前の物じゃない“ “シロの動画をこれ以上出すな” そんな文言からは… 俺は、お前たちよりもシロを知っていて…俺は、お前たちよりもシロを分かってる… 他の誰の目にも触れないで、自分だけの物であって欲しい… そんな、マウンティングと、独占欲の様な思いを感じざるを得ない。 そんな乙女の様な心で、一連の行動を起こしているんだとしたら…その思いは、間違いだと、思い知らせる必要がありそうだ。 お前の知らない所で、この人は強くなって、逞しくなって、沢山の男をかこった。 …もう、お前の知ってるシロじゃないんだ。 惨めだな。 お前の事なんて、この人は…とっくのとうに、忘れてんだよ…馬鹿野郎。 「おはよ~…あぁ、眠い…」 依冬はヨロヨロと部屋から出て来ると、ソファの上でストレッチをするシロに抱き付いた。そして、お決まりの様にそのまま押し倒して、みなぎって言った。 「シロ~!依冬は滾ってるんだぁ!朝から、滾ってるんだぁ!」 「ん、依冬…?オレはね、もう若くないんだ!だから、こんな事しかしてあげられないよ~!ふふふふ!」 イチャ付くふたりを横目に眺めながら、俺は、淡々と…朝食の準備をした。 今日も味噌汁が秀逸だ。 …料理も上手で、絵も描けて、セクシーで、腰使いが絶妙。 俺は、才能に溢れてるかもしれない… 「シロ、ご飯が出来たよ…」 そんな俺の言葉に、野獣によって半裸にされたシロが、満面の笑顔で駆け寄って来る… その笑顔が…そのしぐさが…あの動画の中の、幼い子供にダブるんだよ。 そりゃそうか… だって、あの動画の中の子供は、お前の過去なんだからね… 「いっただきまぁす!」 いつもの様にそう言ったシロは、俺の焼いた卵焼きを箸で掴み上げて、満足そうに眺めた。 「ん~~!良い形だぁ!」 ふふ… パクリと卵焼きをひとかじりして、シロは嬉しそうに目じりを下げて俺を見つめて、いつもの様に、こう言った。 「はぁ~~!やっぱり、桜二の卵焼きは、最高だね?」 「…そうか。」 俺は、そんなシロを見つめて、自然と目じりを下げた。 シロ… お前の過去の男が、今更、お前にまた会いたいって…名古屋から来てるよ… ホクホクの笑顔で朝ご飯を頬張るシロを伏し目がちに見つめて、心の中で話しかけた。 …追い払って、良いだろ? …蹴散らして…良いだろ? 「シロ、卵焼きひとつくらい頂戴よ。昆布入りの、食べた事ないんだから…!」 そう言って箸を伸ばして来る依冬を睨みつけたシロは、頬を膨らませてこう言った。 「ダメだよ?これは、ぜ~んぶ、オレの物だからね!」 シロは卵焼きのお皿を自分の手元に隠して、依冬の箸先に漬物のきゅうりを刺した。すると、依冬は、クゥ~ンと鳴き声を上げながら、上目遣いにシロを見つめて、こう言った。 「なんだよ…。シロは、俺の事を愛してないの…?卵焼きすら分けてくれない。」 そんな依冬の瞳を見つめたシロは、ワナワナと唇を震わせて…早々に降参した。 「ん~~~!も、もう!っほんと、可愛いんだからぁ!」 ちょろいんだ… 「桜二の、おっきい背中が大好き~!」 忙しい朝の時間…シャツを羽織った俺の背中に抱き付いたシロは、何度も頬ずりしながらそう言った。だから、俺はクスクス笑って…こう言った。 「だったら、エッチでもしてから仕事に行こうか…?」 そんな俺の言葉に、首を傾げたシロが言った。 「なぁんだ…?いつもは塩対応なのに…おかしいね?」 は…?! シロは、途端に伺う様な目を俺に向けて眉を顰めた。 こんな時…大げさに慌てると、墓穴を掘ると…俺は知ってる。 「…きっと、昨日のシロのストリップを見て、興奮してるんだ…」 シロの様子を気にも留めない素振りをして、俺はネクタイを結びながらそう言った。すると、あの人は、ケロッと瞳の色を元に戻して…こう言った。 「なぁんだ!そうか~!」 ちょろい… 普段のシロを適当にあしらう事は、案外ちょろいんだ。 でも、ひとたびでも…俺の様子を伺い見る様になったら、お終いさ。 俺の嘘も、隠し事も、全て…簡単に、見透かされる。 いつもそうだ。 …あれは忘れもしない2年前… 俺は、出張先で高級牛肉をご馳走になったんだ。 電話を掛けて来たシロに、俺はどうしてか…高級牛肉を食べた事を伝えなかった。でも、その時の喜びが言葉の端々に出てしまった様なんだ… そして、そんな俺の変化を感じたシロが、こう聞いて来たんだ。 「随分…ご機嫌だね…?」 俺は、そんなシロの言葉の意味も分からないで…鼻で笑って、こう答えた。 「そりゃあね…羽を伸ばしてるからねぇ…。」 その一言が、きっかけになった… 「へえ…桜二は、オレの傍にいると、羽を伸ばせないのか…」 「そ、そ、そんな事、言ってないだろ…?」 俺はイライラし始めたシロに内心ドキドキしながら、声を裏返してこう言った。 「き、きっと…新幹線に乗って、ご機嫌になったのかもしれない!俺は、乗り物が大好きだから、とっても早い新幹線に…知らずのうちに、興奮したのかもしれない!」 「へえ…」 ただ、高級な牛肉をご馳走になって…ご機嫌だっただけなんだ。なのに、どうしてか…俺は、その事実を口から出す事を躊躇してしまった… 初めに言わなかった分…今更、白状して、コソコソ美味しい物を食べる…意地汚い奴だと思われたくなかったんだ。 「それで…何で、お前はそんなにご機嫌で、オレに喧嘩を吹っ掛けて来てる訳?」 そう言ったシロの声は、怒っていた… 「随分…ご機嫌だね…?」 数分前、そう聞いて来たシロの言葉の意味は、“お前がそんなに上機嫌な理由を、オレに教えろよ”…と、いう事だったんだ。 そして、俺は…それを鼻で笑って、誤魔化して…シロが言う所の…“喧嘩を吹っ掛けて”しまった様だ… 「なぁ、なぁあんだ!喧嘩なんて…吹っ掛けてないだろ?良くないぞ?そう言う所だぞ?はぁ~、実に…良くない!は、早く寝た方が良いな!」 必死に取り繕った事によって、俺は自分の墓穴をどんどん広げて行った… 無言の携帯電話を耳から離せぬまま、ベッドに腰かけた俺は、目を泳がせながら、電話の向こうのシロの様子を伺った。 「…桜二、白状しろ。女を連れ込んでるのか?それとも、悪い事をしてるのか?どっちだ…?」 そんなシロの言葉に…俺は項垂れるしかなくなった… だって、ただ…高級な牛肉をご馳走になって、ご機嫌になって、気が大きくなっただなんて…恥ずかしくて言えなかったんだ。 「…お、女を連れ込んでる…」 「嘘つくなよ。」 更に項垂れた俺は…電話を耳に当てながら、こう言った… 「…高い…牛肉をご馳走になって…ご機嫌になった。…そして、酒を飲んで、気が大きくなった…」 「初めからそう言えよ。馬鹿野郎!」 シロはそう言うと、用が済んだ様に電話を切った。 この人は、電話越しでも俺の微妙な変化に気付いて…問い詰めて来るんだ。 そして、その答えを誤ると、本当の事を白状するまで追及は続く。 帰りに高級牛肉の詰め合わせを買って帰った事は、言うまでもない… つまり、シロに隠し事をする事は、ある意味…命綱を付けないで、平気な顔をしながら、綱渡りをしているのと同じ位…危険な行為だって事だ。 少しでも、いつもと違う様子を見せたら…すぐにアウトだ。 「魅力的…だからね?」 俺はいつもの様にそう言って、デレデレするシロにうっとりと瞳を細めてキスをした。それは、あんな動画を見せられる前と同じ様に…変態のヤクザの存在を知る前と、変わらないキスだ。 俺は全神経を研ぎ澄まして、全力で、お前を欺くよ。 だって、あいつの存在も…あの動画の存在も…お前に知られたくないんだ。 「桜二は、エロイな…!ぐへへ!」 シロは俺のキスに満足そうにそう言って笑った。 お前の方がはるかにエロいさ…。 特に、幼い頃のお前は、危うく勃起しかける程のエロさだった。 ロリコンの持つ、背徳感とは…もしかしたら万人に備わっている性癖なのかもしれない。なんて…3匹の猫ちゃんに理解を寄せてしまう程に…お前はエロかった。 どんなセクシーな女よりも、どんなナイスバディな女よりも、どんなエロい女よりも…イノセントで、潔癖で、それでいて…本能のままのエロさを見せるんだ。 ある意味、究極のエロなのかもしれない… 「はぁ…っほんと、気もちわりぃな…」 「大丈夫?寝酒を飲み過ぎなんだよ…?」 自己嫌悪を起こした俺がポツリとそう呟くと、俺の背中を撫でたシロは、眉を下げて顔を覗き込んで来た。 「年だな…胃腸が弱くなってるんだ…だから、甘えん坊になった。」 俺はそう言ってシロに抱き付いて、細い首筋を食む様に舐めた。 あぁ…このまま、抱いちゃいたいな… 「んふぅ…桜二は、きっと、欲求不満になってるんだ…。可哀想…。エッチしてから仕事に行く?」 「そうしよう…そうしよう…」 シロの背中に抱き付いて、あの人のパジャマの中に手を入れた俺は、そのまましっとりと指触りの良い体を撫でながら、熱いキスをした。 駄目だ… めちゃくちゃ、やりたい…! 「はっ!何してんだよ…遅刻しても知らないからなっ!」 呆れた様な依冬の声を無視して、目の前のカワイ子ちゃんを見つめて言った。 「堪んない…」 「あぁ…桜二、可愛いね。せっかくしわの無いシャツを着たのに…」 シロはクスクス笑ってそう言った。そして、俺の胸を手で撫でながらジャケットの下に手を入れて、背中を抱きしめてくれた。 堪らなくなった俺は、依冬が玄関を出て行く音を背中で聞きながら、シロの体を持ち上げてソファへ連れて行った。 「あぁ…ふふっ!昨日のステージが、そんなに…そぉんなに、良かったの?」 乱暴にジャケットを脱ぎ捨てる俺を見上げて、シロがそう聞いて来た。だから、俺はネクタイを外しながら、シロにキスして言った。 「いつも、良いんだよ。いつも、可愛いんだ。だから…いつも、必死に我慢してんだよ。偉いだろ…?理性的だろ…?」 シロのパジャマのボタンを開きながら、細くて長い首に舌を這わせた。 お前の肌は、滑らかで、味なんてしないのに…甘く感じる。 「あぁ…桜二…カッコいい…」 うっとりと惚けた瞳でそう言ったシロに微笑んだ俺は、可愛い乳首を舌で舐めながら、動画の中で…同じ様にこの体を抱いていた3匹の猫ちゃんを思い出して、口元を緩めて笑った。 今は…俺のだ… ざまあねえな… 「シロ…俺の事、好き…?」 快感にだらしなく惚けた瞳を向けるシロに、俺は、そう聞いた。すると、シロは瞳を細めて俺の髪を撫でながらこう言った… 「…愛してる…」 そうだろ… そうだろ…? 俺だけ、愛してるだろ…? 「はぁはぁ…あっああ…!桜二…ん~~!気持ちい、イッちゃう…気もちい!!」 熱くて、刺激的で、トロけて行く…そんなシロの中に自分を埋めて、何度も奥まで求めて、離さないで…自分だけの物にした。 シロは…俺のだ… 腕の中で喘ぐシロは、俺が与える快感が…1番、好きなんだよ… 「桜二…行ってらっしゃい…」 ソファの上で惚けたままのシロが、自分の手のひらをひらひらと動かしながらそう言った。俺はそんなあの人にキスをして、玄関を出た。 時刻は…11:00。 車のカギを手に持った俺は、自宅の外階段を下りながら眉を顰めて舌打ちをした… 「ちっ!…勇吾の依頼した警備会社は、職務怠慢だな…」 家の前の道路には、あの黒いロールスロイスが停まっていたんだ。 …3匹の猫ちゃん… 家の敷地外に出た俺は、路駐するロールスロイスの後部座席の窓を、再びノックして様子を伺った。 コンコン… すると、スモークの貼られた後部座席の窓がゆっくりと開いて、顔を覗かせた3匹の猫ちゃんが、俺を見上げてこう尋ねて来た。 「…おまん、シロの男か…」 そんな相手を見下ろしたまま、俺は表情を変えずにこう言った。 「俺は、シロの…1番のお気に入り…結城桜二だ。糞野郎…」 俺の言葉に眉を上げた3匹の猫ちゃんは、半開きの瞳を細めてこう言った。 「贔屓の呉服屋に…ピザを大量に届けたり、要らんもん送りつけて、金をだだくさに使ったたあけは、おまんか…?」 「…は?知らん。」 3匹の猫ちゃんを睨みつけてそう言うと、ちょうど目の端に、パトカーが映った。 俺はすぐに手を上げて、パトカーに向かってこう言った。 「お巡りさん!暴力団に、脅されてます!」 そんな俺を見上げた3匹の猫ちゃんは、ケラケラ笑いながら顔を引っ込めて、窓を閉めながらトロトロと車を出して、その場を立ち去った。 まるで後ろを追いかけて来るパトカーを挑発する様に、3匹の猫ちゃんのロールスロイスは徐行運転で大通りへと消えて行った。 ここの立地が悪いんだ… すぐに、大通りから入って来れて、すぐに大通りへ抜けられるから…警備の隙を突かれるんだ。 顔を歪めたまま、俺は自分の車に乗って家を後にした… “近所に不審者が出てるみたいだから、変な人が居たらすぐに逃げるんだぞ” そんなメールをシロに送って、俺は大通りの路肩に車を停めた。 「はぁ…」 大きなため息を吐きながら、耳にワイヤレスのイヤホンを付けて、勇吾の送って来た動画を再生させる。 それは、どこかの…すし屋だった。 初めに見た動画の時より、シロは相手に懐いた様子で笑顔を向けている。そして、3匹の猫ちゃんも、すっかりシロに絆されたのか…方言を丸出しに話していた。 この訛り…名古屋…三河地域…シロの実家のあったあたりの方言だ。 そっと、画面の中の幼いシロの頬を指先で撫でながら、さっき俺の腕の中で乱れたあの人を思い出して、瞳を細めた。 「愛してるのは…俺だけだろ…?シロ…」 こんな言葉を、つい呟いてしまうのは、まるで、俺にした様に…目の前の男を絆したシロに、そこはかとない不安を感じたせいだ。 お前は、本当に、上手に馬鹿な男を転がす… 俺も、そのうちの…ひとりにしか過ぎないの…? 甲斐甲斐しくシロの世話を焼くおっさんに自分を重ねて、窓の外に目をやりながら、ため息を吐いた。 そして、場面の切り替わった動画を見つめて一気に顔を歪めた。 「…アウトだな…!」 ポツリとそう呟いた俺は、コンフリクトする頭の中を必死に整理整頓した。 …だって、戦隊ものの絵が付いたタンクトップに、俺の大好きだった汽車に顔が付いたキャラクターのパンツを穿いたシロが、満面の笑顔でカメラを持つ3匹の猫ちゃんの体の上に乗って来たんだ。 生活感の溢れたその姿は、なかなかインパクトのあるものだった。 今回の動画のシロは、以前の様な怯えた瞳をしていなかった。 まるで、楽しそうに…まるで、嬉しそうに…男の体に躊躇する事なく触れて、全力で甘えていた。 そんなふたりのセックスは…もはや、悪戯でも、レイプでもなく… 恋人同士のそれと同じような雰囲気を醸し出していた。 6歳でも…エロい。 それはシロの処世術だったのかもしれない… あの人はこうする事で、自分の身を守ったんだ。 一度、相手の懐に入ってしまえば、もう手をあげられる事も、乱暴に扱われる事もないという事に、この子供は、気付いてしまったんだ。 だから、相手の求める姿を提供した… 自分が上等に生きていける選択を、自ずと選んでいたんだ。 流石じゃないか…痺れるよ… 伏し目がちにクスクス笑った俺は、続けて2つ目の動画を再生させた。 そこには、固定カメラの盗撮映像が映っていた… さっきの映像よりも少し大きくなったシロが、学校から帰ったのか…服を着替えてテレビを見ている…そんなあの人の後姿を15分も見せられた。 そして、お兄さんが帰って来た… テレビから振り返ったシロが、嬉しそうに飛び跳ねて言った。 「にいちゃ!にいちゃ!にくじゃがぁ!」 「はいはい、シロ…冷蔵庫にしまわせて…!」 そんな、微笑ましいやり取りを画面を通して眺めた俺は、目から落ちる涙に気付かないで…喉の奥を震わせた。 シロ… こんな映像…お前に見せたくないよ… きっと、胸を苦しめてしまう。 でも…見せてあげたい気持ちも、生まれてしまうよ… …だって、こんなに楽しそうなんだ。 シロの弟が、いつの間にか家に帰って来て小さなテーブルで宿題を始めた… そういや、シロは、宿題をしていないみたいだな… そんな余計な事を考えながら、動画の中から聴こえて来る楽しそうなあの人の声を聞いて、瞳を細めた。 「良い匂いする…!兄ちゃんの、食べたい!」 「ちょっとだけ…味見してごらん?はい…」 「ん、美味しい…!もっと~!もっと~!」 そんな画角の外の楽しそうな声とは裏腹に…画面に映る弟は、寂しそうに宿題を続けていた。 歪んでる… こんな短い映像を見ただけでも、シロの育った環境も、あの人自身も、歪んでいる事は十分に伝わった。 食事の支度が済んだのか…宿題を終えた弟が机を退くと、シロが台拭きで机を拭き始めた。そして、ぴょんぴょん跳ねながら、料理を運ぶお兄さんの手伝いをして、満面の笑顔で食器を並べている。 …本当に、お兄さんが大好きなんだな… シロは、テレビを見ながら腰かけたお兄さんの膝の上に、当然の様に座った。そして、モグモグとご飯を食べ始めた… 向かい合う様に座った弟には一言も話しかけないで、ひたすらお兄さんにベタベタ甘えている… はぁ…まるで、男に甘えるだらしのない女みたいだな… こんな事されたら、俺が兄貴でも…間違いを犯しかねない。 だって、この子供は…妙にエロイんだ。 「ん、にいちゃ…お肉かったいの…!かじって?」 シロはそう言ってお兄さんの口に自分のかじった肉を入れた。 お兄さんはそれを何の躊躇いもなくモグモグとかじって…再びシロの口に戻して言った。 「シロ、赤ちゃんじゃないんだから、自分で食べないと。いつか、顎が弱くなるぞ…?」 「ふんだ!兄ちゃんが、ずっと、いてくれたら良いだけだも~ん!ふんだ!ふんだぁ!」 「ふふ…!今と、変わらないな…」 画面の中でお兄さんに甘えるシロは、俺や依冬…勇吾に甘えるあの人と、何も変わらなかった… それは、3匹の猫ちゃんを手玉に取ったシロに感じた不安を、少しだけ…払拭してくれた。 弟が寝た後…風呂に一緒に入った様子のお兄さんとシロが、Tシャツに半ズボン姿で再び画面に映った。 おもむろに宿題を机の上に出したシロが、鉛筆を手に持って熱心に勉強を始めた。そんなあの人の背中を抱きしめたお兄さんは、シロの剥き出しの太ももを撫でながら、宿題を覗いて見ている。 「…違うだろ?」 「んん…?」 「ここは…はねないで…止めるの。」 「ん…」 シロから聞いてはいた…でも、実際、自分の目で見ると…シロのお兄さんへの執着は相当だった。そして、お兄さんのシロへの邪な思いも…相当だった。 シロの髪に顔を埋めてうっとりとする彼の表情は、恍惚、そのものだ… 「にいちゃ…も、疲れたぁ…」 「ふふ…まだ、始めたばかりだろ?」 「ん~~…も、やだぁ…」 体を翻したシロは、お兄さんにベッタリ抱き付いて、彼をそのまま押し倒した。 は… 小さな太ももを覆い被さったお兄さんの股間を刺激する様に動かしたシロは、ゆっくりとお兄さんの胸を撫でながら言った。 「兄ちゃん…大好き…」 は…! こ、これは…?! もしかしたら、シロとお兄さんの…何かが始まるかもしれない…! そう思った俺は思わず動画の停止ボタンを押した。 見たくない… 見たくないんだ… 3匹の猫ちゃんとのベッドシーンは見れたのに… お兄さんとのセックスは、見たくなかった。 動画のスクロールバーに指をあてた俺は、少しだけ横にスライドさせながら動画の先を見つめた… 始まりはしない様だ… でも、シロの足が何度もお兄さんの股間を擦ってる様子は良く分かった。 シロ…馬鹿野郎だな… 呆れた様に首を横に振った俺は、動画を元の位置から再生させた。 「シロ…ほら、遊んでないで…宿題を済ませて…」 「ん、だってぇ…面倒臭いもん。兄ちゃんがやって?」 「はぁ…馬鹿だな。兄ちゃんがやってどうするんだよ…」 「シロ、やりたくないもん…兄ちゃんがやって?」 そんな甘ったれるシロの声を聞きながら、あの人の足がお兄さんの股間をグリグリと刺激していく様子を見つめて、ため息を吐いた。 この人は、大人の男を相手にして得た知識を使って…お兄さんを誘惑してるんだ。 全く…とんでもない、リミッターを振り切ったブラコンだ。 動画を見終えた俺は、ため息を吐きながら勇吾に電話を掛けた。 「もしもし…?」 「桜ちゃん!シロの頭を、一発、引っぱたいといて!」 鼻息を荒くした勇吾は開口一番にそう言った。 「そんな事しない…何をいきり立ってんだ…」 余りの勇吾の憤慨振りに動揺してそう尋ねると、あいつは電話の音が割れる程大きな声を出してこう言った。 「なぁんで!兄貴にあんな事してんだぁ!あんな事されたら、普通の男は行くだろう?行くだろう?どうなってんだぁ!あの子は、いっつもそうだ!やり過ぎてんだぁ!」 …はぁ 勇吾は、俺、同様…シロのお兄さんに焼きもちを焼いて…同じ様に、無邪気にお兄さんを誘惑する、幼いシロに憤ってた… 馬鹿みたいだな…過去の事なのに、妬くなんて。 そんな時、ふと…あの文言が頭の中を横切って流れていく… 「…シロは、お前の物じゃない…」 「んなこたぁ、とっくに分かってる…」 俺の言葉にそう返した勇吾は、ため息を吐きながら言った。 「もし…3匹の猫ちゃんが、シロの兄貴の存在を俺に知らしめているんだとしたら…そんなこたぁ100も承知だと返信でもしてやろうかな…?わざわざ…シロと、その最愛の人のラブラブチュッチュなんて…見せられたくないね!!ふんだ!」 「それだけじゃない気もする…自分が特別だと思う何かがあるんだろう…。今の所…そんな片鱗は動画からは感じないけどな…」 そう…俺や、勇吾…依冬と同じ様に、あの人の手の上で、上手に転がされる…間抜けな男のままだ。 ため息を吐いて窓の外を見上げた俺は、すっかり渋滞の緩和された昼間の道路を眺めて、ため息を吐いた。 「今日、11時ころ…自宅の前に、3匹の猫ちゃんが居たんだ。俺を見て、シロの男か…?と、尋ねて来やがった。」 そんな俺の言葉に電話の向こう側で絶叫した勇吾が、がなり散らした。 「はぁ~~~~!たっかい金払ってるのに、警備会社のボンクラは何してんだぁ!ボディーガードなんて映画みたいに、体を張って守れってんだぁ!」 幼い頃のシロの動画を送り続ける…3匹の猫ちゃんの意図は分からないままだ。 ただ、少なくとも…俺と勇吾の心は、いとも簡単にかき乱されて、混乱した。

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