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One Scene

 ああ、こんなかたちで彼に触れたくなかった―    イリアス=ウィル=サラディールは、上空を見上げながら思った。  青く澄んだ山間の空を蝙蝠(こうもり)の羽をした魔獣が旋回している。  魔力を伴った障壁で下降できないことがわかるやいなや、魔獣は里を守る結界を破ろうと、羽ばたきで風の魔法を放ち始めた。    事態は一刻の猶予もない。  結界が破れてしまえば、森からは獰猛な狼型魔獣が、空からは鳥獣型魔獣が『彼』を狙って侵入してくる。    イリアスの魔力は、ほとんど残っていなかった。  大きな戸に風が当たるような、鈍い音が絶えず里内に響く。  結界が攻撃魔法を阻んでいるが、同時に摩耗していくのも視える。  イリアスは奥歯を噛み、『彼』を避難させた店の扉を開けた。    駆け寄ってきた黒髪の青年に助力を乞うと、彼は迷いもなく、うなずいた。  里の者たちは突然の魔獣の襲来に家屋で身を固めている。  この里で、ひとりたりとて犠牲者を出すわけにはいかなかった。    イリアスは黒髪の青年を外に連れ出し、古来より伝わる詠唱文を伝えた。  唱えるように言う。  彼は戸惑いながらも、聞いた言葉を口にした。  その瞬間―    彼の体の中に(まばゆ)いばかりの膨大な魔力が生じた。常人には視えないその輝き。    イリアスは両手で彼の顔を挟み、自分に向けた。  黒い瞳が惑い、揺れているのを見ながらイリアスはその魔力を得るために、    彼に口づけた―

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