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― 王都への道 ②
早朝にリンデの街を出立し、陽が暮れる前に一つ目の宿場町に着いた。辺境にあるリンデの街から王都に行くには、いくつか立ち寄る町がある。
リンデほど大きな街であれば、馬でも街中を歩けるが、この町は小さかった。
海人たち三人は町の入口で馬を預けた。旅人のためにどの町にも馬を預ける場所があるらしい。シモンが馬屋で宿の場所と食事のできる店を訊いた。
シモンは宿の手配に行き、海人とイリアスは食事ができる店へと足を運んだ。
店内に入ると新しく来た客である自分たちを見て、ざわめいた。海人は旅装だったが、イリアスは辺境警備隊の隊服、見るからに騎士とわかる恰好をしていた。駐屯地では外している深紅のマントを羽織り、腰には剣を下げている。
にわかに注目されたので、海人は騎士が珍しいのか、物騒な客が来たと煙たがれたのかのどちらかだと思った。イリアスは好奇の目を物ともせず、空いている中央の席に座る。海人は向かいに座った。窓際と壁際の席は埋まっていた。食事時でもあり、店内は混んでいる。
すぐに注文を取りに若い女の子がやってきた。イリアスにメニュー表を渡す。
「あ、あの、いまは、ノースリー地方の麦酒が、おすすめです」
給仕は慣れていないのか、たどたどしい。
「では、それをもらおう。カイトはどうする」
メニューを見ても字が読めない海人は、自分より若干年下に見える給仕の子に訊いた。
「お酒以外で何かありますか」
「それなら、朱林檎の果汁がおすすめです」
食事に甘い飲み物かと思いはしたが、せっかくのおすすめなので、頼むことにした。
「あの、ほかには……」
チラチラとイリアスの顔を覗き見ている。店内を見渡すと、こちらを見ている客がほぼ女性だということに気がついた。
「もう一人、連れが来る。そのときに」
イリアスがメニューを返し、最初の注文を終わらせる。
飲み物はほどなくやって来た。時を置かずして、シモンが店に入ってきた。すぐさま二人を見つけ、海人の隣に座った。
「相変わらず目立ってますねえ、隊長。隊服で来たのはまずかったんじゃないですか?」
そういうシモンも隊服である。
「騎士の恰好はよくないの?」
海人が素朴な疑問を口にすると、即座に返された。
「隊長が五割り増しでかっこよくて、うっとりしちゃうだろ」
真剣そのもので答えたシモンに、海人はちょっと憐れみの目を向けた。
(そんなこと言うから、変態扱いされるんだよ……)
だが、言わない。シモンにはこのままでいて欲しい。
さっきと同じ給仕の子が飲み物の注文を取りに来た。やはり酒をすすめてくる。
「あー、酒はいいや。カイトは果汁? じゃ、同じもので。それから、メニュー表ある?」
給仕の子は持ってくるのを忘れたのか、慌てたように取りに戻った。シモンは渡されたメニュー表を見て、適当に注文する。
「カイトは飲まねえの?」
この『飲む』は酒のことだと思い、海人は自然に答えた。
「だってまだ十八だし」
「充分だろ」
「どこが」
海人にとっては当然のことだったが、シモンもシモンで当然のことのように言った。
嚙み合わない。そこにイリアスが口を挟んだ。
「カイトの国ではいつから飲めるんだ」
そういうことか、と二人は納得した。
「俺の国だと二十歳から」
「二十歳か。けっこう遅いんだな」
シモンは続け様に、
「二十歳まで酒が飲めないなんてかわいそうに~」
と、大げさに首を振った。
ルテアニア王国の成人年齢は十五歳である。酒も十五歳から解禁されるらしい。イリアスの屋敷でも自分の年齢を知っているはずのグレンが、たまに酒をすすめてくる理由がわかった。
「シモンこそ、なんで飲まないの」
海人が訊くと、
「そりゃ、酔ったらまずいからな」
シモンは運ばれてきた大皿にフォークを突き刺した。
「これでもおまえの護衛なんだから」
ゴロっとした根菜を口に入れながら、隊長は飲んでますけどー、とちょっと恨めしそうに付け加えた。イリアスは一杯くらいじゃ酔わないということか。
二人がいれば大丈夫だろうと思っていた海人だったが、酔ったところを狙われるかもしれないとは考えなかった。
旅行気分でいたが、シモンは仕事であり、自分のために飲みたい酒を我慢しているのかと思ったら、申し訳ない気がした。すると心中を察したシモンが海人の頭をぐりぐりした。気にするなと言いたいらしい。
テーブルには次々に料理が運ばれてくる。肉、肉、野菜、肉、スープ、肉。
肉ばかりである。シモンの注文にイリアスも文句はないようで、出てきたものを食べていた。こんなに食べ切れるのかと不安になったが、シモンはかなりの大食いだった。イリアスも上品ながらよく食べる。二人の胃袋はどうなっているんだろうと思った。
隊舎の厨房でも見ない料理があり、なんの肉かわからないものは尋ねる。シモンも首を捻ったものは、イリアスが答えてくれたりする。
海人が見知らぬ味を楽しんでいると、隣の席に新しい客が座り、給仕の子が店の料理名を上げていた。これもまた、たどたどしく、一生懸命思い出しながら言っている感じだった。客は「じゃあ、それ」などと言っている。メニューを見ればいいのに、と思ったが彼女はメニュー表をまたもや持っていなかった。そこでふと、グレンが言っていたことを思い出した。
「字が読める人って、少ないんだっけ?」
シモンが大口を開けながら、頷いた。
「貴族や商人くらいだよ。あとは騎士。読めない奴がほとんど。俺も近衛騎士団に入ってから教わったし、リンデに来てからも勉強した。あ、他の警備隊って、どうなんですか?」
「辺境警備隊はどこも教えている。読み書きは必須だ。口頭でしか伝達できんなど、話にならん。有事ならなおさらだ」
海人は食事の手を止めた。
自分も未だに字が読めない。会話が成り立つので、文字を覚える気が出ないのだ。だがイリアスに「話にならない」と言われ、胸がちくりとした。自分のことを言われたわけではないのに、落ち込む。傷ついたことを悟られないように、スープをすくって飲んだ。その後も他愛無い会話をしながら、食事も終盤に差し掛かった頃、シモンが遠慮がちに切り出した。
「隊長。王都滞在中のことなんですが」
イリアスは黙って先を促した。
「少しだけ、家に顔を出したいのですが……」
シモンは王都アルバスの生まれだった。十六歳でリンデの街に来るまで過ごした故郷だ。親
兄弟がいるし、知り合いも多いに違いない。せっかくなので、元気な顔を見せたいと思ったのだろう。イリアスもそれがわかっていたのか、特に渋ることもなく許可した。
「王宮に入ってしまえば、危険はないだろう。呼ぶまで実家にいていい」
「それって、実質休暇みたいなものですが……」
聞き間違いでないか確認し、イリアスが頷くのを見て、シモンは顔を輝かせた。
辺境警備隊に入って約二年。実家には一度も帰っていないらしい。いや、帰れないというのが正しい。王都とリンデでは馬で飛ばしても往復八日はかかる。王都に滞在するとなるとさらに日数がいる。そんな長期休暇などよほどのことでなければもらえない。家族とは滅多に会えないことを承知の上で王都アルバスを飛び出してきた。シモンに後悔はないが、帰れる機会があるのなら、帰りたい。この機会を逃せば、次に家族に会えるのは何年先になるかわからないからと、海人に申し訳なさそうに言った。海人は帰りたくても、帰れないのに自分だけ悪いと思ったようだった。しかし、海人は気にしていない。シモンと自分は違うからだ。
「羽目を外すなよ」
イリアスは釘を刺した。シモンは威勢よく返事をしながら、思い出したように言った。
「そういえば、隊長の実家もアルバスでしたよね」
海人は残っていたサラダを突き刺しながら、顔を上げた。
「実家って……イリアスの生まれは王都なの?」
グレンがイリアスは領主の跡取りだと言っていたから、サラディール伯爵の息子だと思っていた。イリアスも伯爵のことを「父上」と言っていた。ところが実際に会ってみた伯爵とイリアスは似ても似つかない。親子間のことなので本人には訊きにくいし、だからと言ってグレンに尋ねるのも憚られた。ずっと気にはなっていたのだ。繊細な話だと思っていたが、イリアスはあっさりしていた。
「言ってなかったか。私はサラディール伯の養子だ。実の親は王都にいる」
「隊長と領主様って、ぜんっぜん、似てないですもんね」
言い難いことを笑って言い放てるシモンがうらやましい。
「養子って、いつから?」
「十四の時」
海人の世界でいえば中学二年生だ。その歳に養子に出されるのは、いったいどんな気分だろうか。
「じゃあ、イリアスも家族に会いたいよね」
海人は気を遣ってみたが、イリアスは無表情で言った。
「いや、顔を出すつもりはない。こちらのことは気にしなくていい」
そして話は終わりとばかりに席を立った。
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