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― 王都への道 ③
その後の旅路も順調だった。
街道では何度か魔獣が現れたものの、イリアスの無双ぶりに危険を感じることはなかった。
ただ一度だけ、狼型魔獣ドーターが三頭で襲ってきたことがあった。
二頭はイリアスに襲いかかり、一頭はイリアスの魔法をかわし、海人めがけて大跳躍した。
ドーターは滞空中、口から炎を吐いて襲ってきたので、びっくりした。
あれは火の魔法らしい。
シモンが風の防御魔法を張ってくれていたおかげで、炎は防がれ、飛び掛かってきたドーターはシモンが剣で薙ぎ払った。倒れたところを一突きして仕留める。
シモンも強いね、と言ったら、魔獣の討伐には何度も行ってるからな、と笑っていたが、内心ヒヤッとしたと、後で教えてくれた。
野宿もあった。
夜行性の魔獣もいるので、できれば野宿は避けたいと話していたが、宿場町が遠く、どうしようもないときがあった。
夜間は魔獣が嫌うという香木を焚き続けたため、襲われることはなかった。
二人が交代で火の番をするというので、自分もすると言ったが二人に口を揃えて却下された。
慣れない旅で疲れているはずだ、というのはイリアスの言葉で、休めるときに休んどけ、とは、シモンの言葉である。
事実、終日馬に乗っての移動は体に堪えた。
常に揺られているので、意外と体力を消耗するのだ。
駐屯地で毎日数時間、馬に乗って筋力は自然とついてきてはいたものの、半日乗り続けると疲労が溜まった。
リンデの街を発ってから、五日が経過していた。自分が倒れたら元も子もないので、お言葉に甘えて寝かせてもらった。
だが、毛布にくるまっていても、地面に横になって寝ると、起きたとき体中が痛かった。布団のありがたみを痛感する。
眠れはしたが、疲れは取れにくかった。
イリアスとシモンはさすがというべきか、野宿明けも疲労は見えず、けろりとしていた。
根本的に鍛え方が違うのだと思った。
何も問題はなかったが、王都到着まであと二日というところまでやってきて、シモンはおもむろに口を開いた。
「隊長。俺、ずっと思ってたんですけど……なんか魔獣の出現率、高くないですか」
「?」
海人にはよくわからないことだった。
シモンと海人は馬を並べている。横を向くと、彼は眉根を寄せていた。
「魔獣が街道に出るくらい活発化してくるのは、あと二か月は先です。それにモンテがこの時期に出てくるなんて、おかしいですよ」
初日にイリアスが退治した食用魔獣モンテは、そのあと一度も出てきてはいない。
だが、魔獣の活動時期を熟知しているシモンは、いろいろと引っ掛かることがあるようだった。
隊長が何も言わないので、モンテの出現は稀にあることなのかとも思ったが、この数日、魔獣と遭遇した数を考えてみても、明らかにおかしい。そしてそれを口にしない隊長は、何か知っているのではないか、と言った。
イリアスは逡巡するかのように押し黙ったが、やがて重い口を開いた。
「おそらく、カイトがいるからだろう」
「おれ⁉」
いきなり自分の話になるとは思わなかったので、海人は目を丸くした。
「カイトが持っている、第五の霊脈に魅かれて出て来ているんだろう」
海人は衝撃で口を開けたまま、視線を手綱に落とした。
(魔獣を惹き寄せてる? おれが?)
信じられなかった。だが、イリアスが嘘を言うとは思えない。海人は手綱を握りしめた。
自分がいると、魔獣が出て来る。
ならば、周囲にいる人たちに被害が出るのではないか。
今はこうやって、イリアスとシモンが守ってくれているからいいが、魔獣の活動期とやらになったらどうなるのか。海人は怖ろしくなって、思考を止めた。
「おれにはよくわかんないけど……どんなふうに見えるんだろ」
ぽつりと言うと、イリアスは正面を向いたまま、言った。
「そうだな……強いて言えば、カイトの霊脈は」
イリアスは一旦、言葉を切った。
「甘い蜜のようで、舐めてみたくなる」
『舐めてみたくなる⁉』
予想外の言葉に仰天したのは、海人だけではなく、シモンもだった。二人の言葉が重なった。
あまりの反応にイリアスが珍しく慌てた。
「いや、なんというか、欲しい、というか」
「…………」
言い直しても、墓穴を掘っている。
イリアスは動揺を隠せなかったらしく、手綱を引きすぎ、愛馬が不快そうに鼻を鳴らして、首を振った。
いつものシモンなら上官をからかうだろうに、このときばかりは揶揄しなかった。
うやむやにしてもらいたがったが、シモンは至極真面目に言った。
「つまり、魔獣も隊長も、視える者には、カイトは魅力的ってことですね」
上手くまとめたつもりなのだろうが、海人は顔を上げられなくなった。
(なんだろ……なんか、ものすごく恥ずかしいんだけど……)
海人はうつむきながら、イリアスに首筋を舐められる想像をしてしまい、顔が熱くなって、頭を振った。
心臓の音が耳元でうるさい。
黙ってしまったのを、イリアスは魔獣に襲われる心配をしていると勘違いしたらしい。
「惹き寄せるといっても、魔獣が近くにいればの話だ。リンデの街が襲われることはなかっただろう? 大丈夫だ」
シモンも大きくうなずきながら、海人を見ていた。
その顔は心配するな、と言っていた。海人は視線を泳がせながら、うん、と答えた。
まさか変な想像してましたなんて、言えない。
海人は深呼吸し、気を取り直そうとしたところで、次の里が目前に迫っていた。
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