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― あれから半年 ③

イリアスの言葉にダグラスが答えた。 「たしかに。カイトは隊長のそばにいることで力を発揮しますからなあ」   にやりと笑い、海人を見てくる。海人は視線を感じていたが、恥ずかしすぎて横を向くことができなかった。   力を発揮する場面はさっき見られたばかりだ。しかもイリアスは恋人のキスをしながら、力を持っていった。自分がわあわあ言っていたのも、当然聞かれただろう。 穴があったら入りたいとはこのことだ。   いつもであれば年嵩の部下は若い上官の色恋話をネタにからかうが、さすがにこの場ではしなかった。すぐに真顔に戻った。 「つまり、その情報収集の手始めに、危険度の低いところで試してみるということですな」   イリアスがうなずいた。 「しかし、カイトを危険に晒すことになりますな。カイトはそれでいいのか?」   ダグラスが半身を向けると、海人はすかさず答えた。 「かまわないです」 必要なことであれば、いくらだって協力したい。力を込めて言うと、イリアスは組んでいた指を解いた。 「カイトは我々が守る。心配するな」   ダグラスとシモンも海人を大きくうなずく。 海人は心強く思ったが、同時に暗い気持ちにもなった。 今、イリアスは「私が守る」とは言わなかった。「我々」と言った。辺境警備隊としての方針なのだ。   魔獣退治は命を落とすこともある。ダグラスは先ほど、海人を危険に晒すと言ったが、それは逆だ。自分がみんなを危険に晒している。 海人が口を結ぶと、イリアスがすぐに気がついた。 「どうした?」 相変わらずの無表情だったが、心配してくれているのがわかる。海人は迷ったが正直に話した。 「なんか……みんなに迷惑かけてると思って……」 自然と声が小さくなった。すると、それまで黙っていたシモンが口を開いた。 「カイト、それは違うぞ」 振り返ると、シモンは大真面目に言った。 「おまえは魔獣ホイホイだ」 友人の真剣なまなざしと言葉のギャップに目が点になった。 イリアスとダグラスも半目になって部下を見ている。上官たちの冷めた目を華麗に無視して、シモンは渋面を作った。 「魔獣討伐は森に入って、魔獣を探さなきゃいけない。運が良ければすぐに見つかるけど、まったく見つからないときもあるんだ。やつらはいつも同じ場所にいるわけじゃない。何日も捜索するんだ。討伐で少量しか狩れないと、活動期に街道にけっこう出て来る。だから大体決まった数を狩るまでずっと続けるんだ」 そういえば、と海人は思い出す。 ルンダの森の魔獣討伐が行われたとき、隊の三分の一くらいの人が一週間程出かけて行き、帰ってきたと思ったら、別の人たちが出て行ったのを覚えている。それを何回か繰り返していた。 「運が悪いときは一週間以上、一頭も見つからないときもある。これはけっこうきつい」 シモンの顔がげんなりした。経験があるのだろう。 「けど、カイトがいれば探さなくていいんだ!」 しかし、打って変わって晴れやかに言った。 両肩をがしっと掴まれる。 「おまえに惹かれて、あっちから勝手に出てきてくれるんだぞ⁉ これって俺らにはすげえありがたいことだ!」 目を輝かせて、ダグラスの方を向く。 「 ですよね、副官!」 ダグラスは、ふっと吹き、「そうだな」と笑った。 「俺は早く家に帰りたいんだ‼」 シモンは上官たちの前できっぱり言った。ダグラスが声を出して笑い、海人も吹き出した。 重くなりかけた空気が一掃される。 海人はにこりと笑った。 「わかった。おれは魔獣ホイホイになる」 「そうだ。だからしっかり呼び寄せるんだぞ!」 ダグラスは肩を竦め、イリアスと目を合わせた。イリアスも心なしか表情が柔らかい気がする。 シモンは落ち込みかけた自分を気遣ってくれたようだ。 海人はこの優しい人たちのためにも「自分のせいで」と思い過ぎるのはやめようと思った。

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