隊舎の三階にある執務室に海人が呼ばれて入ることは滅多にない。 イリアスが執務机につき、ダグラスがその前に立ったので、海人も並んだ。シモンは扉を閉め、ダグラスの後ろに控える。 この三人が呼ばれるということは、海人の異能絡みだろう。 一度は王宮で暮らせと言われた身だが、一転、リンデに戻れることになった。あのときの哀しみと喜びはまさに急転直下だった。 あれから半年が過ぎていた。 執務室の窓から入る弱い陽射しを背に受けながら、イリアスは言った。 「来週、ドーラ街道で魔獣討伐をする」 ドーラ街道というのは王都へ向かう道のことだ。 リンデを出て、最初の宿場町までの街道のことをいう。沿道の先は森であり、魔獣も出やすい。海人が初めて通ったときは、猪型の食用魔獣モンテが出て来た。 まだ一年も経っていないが、懐かしく感じる。 イリアスは海人を一瞥して言った。 「そこにカイトも連れていく」 海人は少し驚いた。自分は魔獣とは戦えない。足手まといになるだけだ。 同じことを思ったのか、ダグラスも解せない顔をした。 「カイトを？　なんでまた。ドーラ街道の魔獣討伐は秋に充分やったではありませんか。それでもまだ不十分だと？」 魔獣が人里に出やすい時期は秋から冬にかけてらしい。魔獣討伐は魔獣が森から出てくる前の夏の終わりから初秋にかけて行われることが多い。 リンデ辺境警備隊は海人が王都から戻ったあとくらいに、近郊の魔獣討伐を行っていた。 ぼんやり思い出していると、イリアスは父親ほど年の離れた部下に向かって言った。 「カイトが魔獣を惹きつけることは知っているだろう」 その一言に頬が強張った。 王都へ向かう途中で立ち寄ったカルの里、そして王宮を襲った竜のこと。 ダグラスは何が起こったのか聞かされていたのだろう。神妙に「ええ」と返事をした。 シモンは黙ったままだった。彼はすでに身をもって知っていることだ。 自分の体内にあるという『第五の霊脈』は魔獣には魅力的に映るらしい。ただ、海人にはどうすることもできない。歯がゆくて、唇を噛んだ。 イリアスは淡々と話す。 「だが惹きつけるといっても、カイトが駐屯地にいても魔獣が街まで来ることはなかった。そうだな？」 ダグラスは髭を撫でながら、宙を見据えた。 「そう、ですな。ルンダの森の魔獣もこれといって数が多いとは思いませんでしたな」 イリアスに顔を戻す。 「なんの問題もありませんな」 力強く言い切られ、海人はホッとした。 イリアスはうなずきつつも「だが」と言って、机に両肘をつけた。 「カイトがこの街で暮らしていく以上、どの程度、魔獣を引き寄せるか知っておかねばならない」 イリアスはダグラスを見据えた。 「どの時期に、どの場所で、どれくらいの魔獣が惹き寄せられるのか。隊を総出で動かさねばならなくなったとき、その情報は必要だ」 こくりと海人は喉を鳴らした。