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後日譚 あれから半年 ①
―世々の御祖 の血の盟約を以って、彼の者に受けし力を与えん―
海人が詠唱し、見上げるとイリアスの美貌の顔が近付いてくる。
彼の頬を両手で包み、引き寄せた。
口づけをすることで、二人の間で力の受け渡しが行われる。
第五の霊脈の力は詠唱によって、海人の体内に魔力が生じる。その魔力をイリアスが受け取る。
そういう場面のはずなのだが。
「……っ…………っ!」
海人がイリアスの頬から手を放し、胸を押し返すとようやく唇が離れていった。
口から糸が引いた。イリアスはそれを親指でぬぐい、海人は手の甲で口をこすって、しゃがみこんだ。
新たな魔力を受け取ったイリアスは、灰色だった瞳が琥珀色に変わり、瞳孔が縦に細長くなっている。猫のような目だ。
イリアスは両手の指先を合わせ、目をつむる。
しばらくその姿勢から動かずにいたが、空気が振動すると、イリアスは指を離した。
魔力の解放と同時にイリアスの瞳が灰色に戻る。
「終わったぞ」
イリアスが屈みこんでいる海人を見下ろした。海人は勢いよく立ち上がった。
「あのさ! もうちょっと、ふつうに受け取ってほしいんだけど!」
文句を言うにはわけがある。口をつけて魔力を渡すだけなのに、舌を入れられ、口腔を舐められた。
お怒りの海人に、イリアスは涼しい顔で答える。
「カイトからキスしてくれるのは珍しいからな」
「え、そうかな……。いや、そういうことじゃない‼」
海人はくるくると表情を変えた。
目元を柔らかくしたイリアスだったが、海人の文句は無視して、部下のいる方へ歩き出す。
イリアスが向かう先に茶色い髪の青年と髭面の中年男がいた。
イリアスを敬愛する隊員シモンと副官のダグラスである。
リンデ辺境警備隊駐屯地の隊舎裏では、駐屯地の上空に魔獣を阻む結界が張られるようになっていた。
異世界からの跳躍者だけが持つ第五の霊脈は、魔獣には魅力的に映るらしい。海人の力に惹かれ、空から魔獣が襲ってこないとも限らない。万が一の対策だ。
結界を張るようになった真の理由は海人を守るためだったが、警備隊の中でこのことを知っているのは、シモンとダグラスだけだ。
海人に異能があることは未だ伏せられており、シモンは毎度人払いで呼ばれていた。
結界は時間の経過とともに消滅するので、二カ月に一度の恒例行事だった。
そこに通りかかったダグラスが様子を見に立ち止まったらしい。シモンも事情を知っている副官なら問題ないと判断したようだ。
海人はついにダグラスにも見られたのかと、恥ずかしかった。その心中をよそに、イリアスが言った。
「ダグラス、シモン。二人に話がある。今からいいか」
上官の言葉に二人が短く返事をすると、イリアスは振り返った。
金髪が陽光を反射して光った。
「カイトもだ」
少し遅れて後を追っていた海人は、慌てて返事をした。
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