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― 巡る想い ⑤ 【完】

 王都からリンデの街に帰ってきて一か月半が過ぎた。  海人は屋敷の客室を使っていたが、正式な部屋を与えられた。イリアスの部屋の並びだ。今まで使っていた部屋より広かったので、前の部屋でいいと言ったが、客人が来たときに困るとのことで、部屋を移った。  海人は以前と変わらない生活を送っている。  戻ってきてすぐに辺境警備隊に入隊したいと言ったら、身を守るために剣を教わりたいくらいなら駄目だと却下された。  辺境警備隊は命を懸けて、人を守るための存在だ。その覚悟ができたらもう一度言えと言われた。護身のための剣術は駐屯地でダグラスが教えてくれている。最近になって知ったが、イリアスもダグラスに剣を教わったそうだ。剣の腕だけなら隊長より副官の方が上だというから驚きだ。  乗馬の訓練もしつつ、厨房では料理の手伝いをしながら、作り方も教わるようになった。屋敷ではグレンに文字を教えてもらう。 忙しない日常だったが、休みの日にはイリアスの部屋で過ごすことが多くなった。今も庭で剣術の相手をしてもらい、汗を流した後に彼の部屋に来ていた。  イリアスは本を読んでいて、海人は机を借りて、グレンから渡された単語の一覧を見ながら文字の練習をしていた。  二人分の紅茶を持ってグレンがイリアスの部屋にやってきた。 「カイト様。お手紙が届いておりますよ」 「手紙? おれに?」  グレンから手紙を受け取る。宛名はルテアニア語で住所とカイトの名前が書かれていた。差出人を見るとやはりルテアニア語の住所が書かれていたが、名前は漢字で書かれていた。 「佐井賀さんだ!」  海人は急いで手紙を開けた。うれしくてイリアスに見せる。 「日本語で書いてある!」  誰も読むことのできない、使われることのない故郷の文字。しかし佐井賀とだけは通じ合える。佐井賀も同じ思いだったのだろう。  久々に日本語を書くので、漢字が思い出せないと苦笑がにじみ出ている文章だった。  内容はとりとめのない、日常のことだったが、読みながら海人は困惑した。 「なんか……ユリウスさんへの愚痴が多い……」  日本語であれば誰に見られてもわからないからと、ここぞとばかりに日々の鬱憤が書き連ねられていた。 「昔からそうだ。放っておけ」  イリアスは二人の喧嘩の仲裁に何度も立たされていたと言った。 「あれで仲がいいのだから、まともに取り合う必要はない」  海人はどう返事をしよう、と思いながら、追伸部分を読んだ途端。  ぐしゃっと手紙を握った。 「どうした?」  イリアスが顔を上げたが、海人はなんでもない、と動揺しながら言った。  海人の反応を見て、軽く眉を寄せたが、追及せずに手元の本に目を落とした。  海人は潰した手紙をそっと広げる。追伸部分にはこう書かれていた。 『竜の瞳はセックスしてるときにも見れるよ。体をつなげると目が変わるから。じゃ、仲良くね!』 (なんてこと書くんだ、佐井賀さん! いくら読めないとはいえ……!)  そこで海人は今になって気がついた。 (佐井賀さんとユリウスさんって、そういう関係だったのか)  イリアスは知っているのだろうか。知っていそうな気がする。  椅子に座っている美貌の彼を海人はこっそりのぞき見た。 (まだ、竜の瞳は見れてないけど……でも、そのうち)  海人は潰してしまった手紙を伸ばし、封筒にしまう。  暖かな陽射しが降り注ぐ窓の外で、甲高い鳥の鳴き声が響き渡った。  

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