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― 巡る想い ④

 それは、空から俯瞰しているような光景だった。  小高い緑の丘の上に一本の若木が植えられていた。  そこに小柄な男が現れる。この世界では珍しい黒い髪をしていた。  若木を見つめ、彼は呟いた。 「まさか、君の方が先に逝ってしまうなんて思わなかったよ」    この丘に忽然(こつぜん)と現れた彼は、次元を超えることのできる力を持った巫覡(ふげき)だった。  若木の前で誰かに聴かせるように話す。 「君から借りた竜玉のおかげで、虚空(そら)見つの国は平和になったよ」  柔らかい風が頬を撫でた。 「返そうと思って来たんだけど、君が死んだときいたから、ここに来るまでに時間がかかってしまった」  彼は懐から麻で作られた袋を取り出した。 「この竜玉は現世にあれば争いを生む。だからこれは、僕の中に封印することにした」  了承を待つかのように、若木を見つめた。  一陣の風が彼の髪をさらっていく。 「いつか僕の子孫が、君の子孫に返しに行く。何代かかるかわからないけど、そのための仕組みは作っておいた」  竜玉を片手に若木のそばに座る。  軽く目を閉じ、彼らが出会ってからのことを思い出していた。  本当に人のふりをするのが下手な奴だった。  穏やかな陽光に包まれて、しばらくして彼は目を開けた。 「さて、僕はそろそろ行くよ。あまりこの次元に長居するわけにはいかない」  立ち上がり、もう一度若木を見た。  名残惜しむかのように、つむじ風が巻き起こる。  彼は頷き、微笑んだ。 「ゆっくりおやすみ。心優しき黄金竜イグドラシル」  ***  海人が目を開けたとき、イリアスはすでに起きていた。  ベッドに腰かけて、海人を見下ろしている。 「どうした?」  イリアスが頬を流れる涙を拭ってくれ、泣いていたことに気づいた。 「なんか、夢見てたんだけど……思い出せない」  古い血の中にだけ流れる記憶は、永い時を経て、甦ることもできないほど薄れていた。  海人は懐かしいような、寂しいような気持ちになり、イリアスに手を伸ばす。  彼は伸ばされたその手を握り、優しくキスをしてくれた。  愛しむように髪を撫でてくれ、心地良さに安堵する。 「おれ、イリアスに会えてよかった」  海人の言葉にイリアスは極上の笑みを浮かべた。

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