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― あれから半年 ⑤
翌週、枯葉舞う寒空の下、海人は魔獣討伐に参加した。
イリアスの他に、シモン、リカルド、ビッキーの隊員四名と一緒にドーラ街道に向かった。
海人は荷馬車の御者をしていた。その隣にシモンが座っている。
馬に跨ったイリアスを先頭に、荷馬車が続き、その後ろをリカルドとビッキーがそれぞれ馬に乗り、ついてきていた。
リカルドはイリアスと同じくらい背が高く、痩身だ。赤茶けた髪をしていて、柔和な優男である。年齢はイリアスより上のようだった。
一方、ビッキーは身長こそ低いが、腕周りなど筋肉がしっかりついている骨太の体つきだ。彫りの深い顔をしている。年齢はわからない。海人より年上なのはまちがいなかった。
ドーラ街道魔獣討伐に選ばれた隊員三名を前にして、イリアスはこう説明した。
「今回は食材調達を目的にした討伐だ。社会勉強中のカイトを連れていく。私はカイトの護衛に徹するから、援護はしない」
とたん、三人の顔に緊張が走った。初陣というわけではないだろうに、不思議だった。
晴れたドーラ街道を進みながら、海人は横に座るシモンに訊いてみた。
「みんな、なんであんなに緊張してたの?」
「あー……あれは隊長が俺らを援護しないって言ったから」
「え? 魔獣討伐ってイリアスがいなくても行ってるよね?」
「ああ、まあ、そうなんだけど。なんていうか、隊長が一緒のときは背後を気にしなくていいんだよ。どんどん進めるっていうか、思いっきり戦えるとというか。絶対助けてくれるっていう安心? その気持ちを絶たれたっていうかさ」
後ろを来るリカルドとビッキーには聞こえていなかったかもしれないが、イリアスには聞こえていた。
「今回の人選はダグラスだ。おまえたちには打ってつけだと言っていたぞ」
声は後ろにまで届いていたようだ。束の間おいて、ビッキーが「あー!」と声を上げた。
「わかっちゃいました、俺。俺らの特徴」
リカルドも参ったというように言った。
「さすが副官ですね。よく見てらっしゃるというか」
海人は手綱を握り直して、シモンを見た。何か思い当たることがあるのか、額に手を当てていた。
三人が黙ってしまったので、海人は訊くに訊けなくなった。
馬蹄と車輪の音が冬空に響いている。
ほどなくして、イリアスは街道を外れ、林立する森に入っていった。海人も手綱を操りついて行くが、荷馬車はすぐに進めなくなった。そこで馬を止める。振り返ると街道が見えた。そんなに離れてはいない。
イリアスは馬から降り、近くの木に愛馬をつないだ。リカルドとビッキーも続く。
海人が御者台で戸惑っていると、シモンが荷馬車から降り、手綱の括り方を教えてくれた。それが終わると、イリアスが言った。
「私とカイトはここにいる。索敵範囲は私を目視できるところまでだ。奥に入り過ぎるなよ」
三人は短く返事をすると、背を向けて森に入って行く。少し進んだところで、イリアスが思い出したように声を掛けた。
「リカルド」
赤茶色の髪が振り返った。
「丸焼きにするなよ」
リカルドがプッと吹き出す。
「隊長じゃないんですから。そんな火力ありませんよ」
どうやら魔法の話らしい。リカルドの属性魔法は火のようだ。以前、イリアスが食用魔獣モンテを炭にしてしまい、海人が怒ったことがあった。
海人はそのことを思い出して笑った。覚えていてくれたのがうれしかった。
三人の姿が小さくなると、海人はイリアスを見上げた。
「さっきの話なんだけど、シモンたちに共通してることってなんなの?」
イリアスは周囲に目を向けたまま言った。
「私がいるときといないときとで、戦い方が違うらしい」
「そうなの?」
「さて。私にはわからないが」
海人は自分がバカなことを聞き返したと思った。
「ダグラスが言うには、彼らは私がいると、敵に突っ込んでいきやすくなるそうだ。ダグラスが退けと言っても、退き際も悪い。逆に私がいないと、周囲をよく警戒するし、無茶もしないという」
「それって、イリアスがいるから安心して戦ってるってことだよね」
シモンもそう言っていた。
安心して戦えるのはいいことなのでは、と海人は思っていた。イリアスは言った。
「援護をするから背後を気にするなと伝えたことで、挑んでいくのは問題ない。むしろ勇敢だ。だが、彼らはそんな状況でもないのに、援護してもらえると思っている。無意識に援護をあてにするようになれば、命を落としかねん。ダグラスは早くその意識を直したいのだそうだ」
海人は、ほう、とうなずいた。これはダグラスでなければ気づけないことだ。イリアスが副官に絶大な信頼を置いているのは、こういうところにあるのかもしれない。
「私がカイトを守ることを最優先にしなければ、彼らは危なくなったら助けてもらえると、私の援護を期待するだろう。あの三人は若手の中でも優秀だ。いずれ隊の要になる。鍛えるにはいい機会だ」
イリアスは注意を払っていた目を海人に移した。
「カイトがいればこそだ」
そう言って、海人の頬をひと撫でし、視線を森に向けてしまった。
海人はその横顔を見て、キスがしたくてたまらなくなった。
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