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― あれから半年 ⑥

海人がつながれた馬たちの鼻面を撫でて回っていると、森の奥が騒がしくなった。 馬たちが首を上げ、耳をぴくぴくさせている。 イリアスは馬が暴れても怪我をしない位置に海人を呼んだ。 遠くからシモンの「ダンピだ!」という声が聞こえる。魔獣が出たのか。 森の奥に目をやると、何か白いものが飛び跳ねていた。初めて見る魔獣だ。何頭かいる。 ぴぎゃあ、ぴぎゃあ、とつんざくような高い鳴き声が響く。馬たちがブルブルと鼻を鳴らし、足踏みをした。 そんな中でもイリアスの愛馬だけは耳を森に向けているだけで、興奮していない。場数が違うのよ、とでも言いたげだ。 シモンたちに注視すると、素人でも三人の戦いぶりが素晴らしいことがわかった。  向かって来る魔獣を次々に叩き切っていた。危なげなくに退治しているように見える。 ところが、急にそのうちの数頭が目の前の彼らに見向きもせず、三人を素通りしていった。 脇を抜けられたシモンとリカルドはそれに気づいていたが、寸断なく森の奥から出てくる魔獣を相手にしているので、追いかけることができない。 兎のように飛び跳ねる白い魔獣ダンピは、海人に向かって来るのかと思った。 ところが予想に反して、ダンピは街道まっしぐらに飛び跳ねていく。 なんだろう? と思ったら、リンデの街に向かって馬車が一台、走って来ていた。 魔獣は人間も食べるが、馬も食糧だ。しかも馬は人間のように抵抗してこない。ダンピは馬を見つけたのだ。 海人に惹かれて出てきたはずが、目もくれずに馬を目指している。「気になるもの」より目先の食事が優先か。 御者はおそらく魔獣に気づいていない。 襲われる― 海人が声を上げそうになった瞬間、ダンピの進路に突然、地面から土壁が盛り上がった。 ダンピは止まることができず、そのまま土壁に激突した。白い魔獣が四頭、転がった。 イリアスを見ると腰のあたりで左手を広げている。左手が動くのは魔法を使うときのイリアスの癖だ。 沿道の先の森の中に突如出現した土壁に、馬がいなないた。 「シモン、リカルド! 街道だ! 援護する‼」   イリアスが叫ぶと、二人は剣を一閃させ、ためらいなく魔獣に背を向けた。 土壁のできた街道を目指して走り出す。背中を見せた二人にダンピが飛び掛かったが、次の瞬間、衝撃波がぶつかったかのように吹き飛んだ。 転がった魔獣をビッキーが仕留める。 ビッキーに群がろうとしていたダンピは突然の魔法攻撃に驚いたのか、じりりと後退し、森の中に舞い戻っていった。 魔獣の姿がなくなるとイリアスは街道に身体を向けた。 土壁に阻まれ転がったダンピは、シモンとリカルドが止めを刺していた。 「カイト、ついて来い」 イリアスは立ち往生している馬車に向かって歩き出した。

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