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29.天使は選択肢なのだろうか
翌朝、長にまた抱かれて膝の上で朝食をいただいた後、長は「仕事だ」と言ってカヤテと共に出て行った。昨日はけっこう無理して一緒にいてくれたようだった。
僕は布団の上にいないといけないらしい。布団はとても大きくてふかふかしているのだけれども、この範囲から出てはいけないと言われたら狭いと思う。寝転がってぽふぽふとふかふかの掛け布団を軽く叩く。ぼーっとして気持ちよかった。
「ウイ様、大丈夫ですか?」
リンドルに声をかけられて、僕は顔を上げた。
「……へいき……ねえ、リンドル」
「なんでしょう?」
「……まだ、その……旦那さまのこと、好きって言っちゃだめ?」
近づいてきたリンドルはいきなり自分の鼻を押さえた。
「……な、なんというかわいさ……なんという破壊力……」
ぶつぶつとリンドルがよくわからないことを呟いた。僕は仰向けに転がった。身体を休めていた方がいいことはわかっているけど何かしたいなと思った。
村にいた時は主に農作業の手伝いをしていた。でもそれは魔法を使って手伝える範囲までに限定されていた。天使候補は決して身体を傷つけてはならず、身体を鍛えることもあまりしてはならないと言われていた。本当に、何もできなくなるように育てられていたのだ。でも体力がないと鬼の相手はたいへんだと思うから、身体を鍛えることはした方がいいと思う。
「リンドル、村に連絡はできた?」
「ええ、できました。ウイ様で足りぬのであれば三か月以内にもう一人送ると言っております」
「……三か月、って言ったらジュンかな……」
同い年の天使候補を思い出す。こんな村出ていってやる! と言っていた。天使候補にされたのも不本意で、なのに生まれた時からそう育てられているから他の仕事をすることもできない。それでも魔法の使い方はとてもうまいから、天使にならなければ生きていけるだろう。
「できれば、ジュンはこちらに来させたくないんだけど……」
「何故ですか?」
リンドルがいつになく真面目な顔で問うた。
「天使にはなりたくないって言ってたし……僕だけでどうにかなるなら……」
でも鬼を満足させるには天使も何人かいた方がいいのだろうか。だって僕だけじゃ森中の鬼の相手なんて……。
「ウイ様は長殿以外に抱かれるのは嫌ではないのですか?」
「嫌?」
首を傾げた。
カヤテに抱かれたのは嫌じゃなかったし、最初に出会った鬼に抱かれたのも嫌ではない。長にはもっといっぱい抱いてほしいと思う。
「ウイ様の世話係は増える予定です。長以外にも最低二、三人には抱かれることになるでしょう。それは嫌だとは思いませんか?」
「うーん……ごめん。わからない、かも」
「実感が湧かないのでしょうね。ウイ様の体力も心配ですから、様子を見て頼むことにしましょうか」
「ええ? あの……じゃあネアは……」
「その方は?」
「ジュンより、半年ぐらい後が誕生日だと思ったんだけど……ネアはその、どちらかといえば愛されたがりだったから、もしネアだったら……」
「九か月待つという話ですか?」
「あ、でも……僕がこちらに来てしまったから天使候補も希望すれば外される人もいるかもしれない。だから、ジュンはできれば外してもらってネアがよければ天使になったらって思う。……でもこれは僕の見方だから本当はジュンは……わかんないな……」
「そうですね。ウイ様の現状を伝えた上で候補として残るかどうか聞いてみてもいいかもしれません。ウイ様はお優しいですね」
また首を傾げることになった。
別に僕は決して優しくなんかないと思う。ジュンはいつも自由になりたいって、天使になんかなりたくないって言っていたから解放してもらえたらいい。他の者たちは鬼ってどんな存在なんだろうって興味津々だったけど、ジュンは口にするのも汚らわしいって思っていたようだったから。
ただそれだけだった。
「ウイ様、私がウイ様を舐めてもよろしいですか?」
「え?」
「ご褒美がほしいのです。私もウイ様を抱いてはいいと許可は下りていますが、ウイ様の身体の方が大事ですので。だからせめて全身を舐めさせていただければと……」
「ぜ、全身って……」
身体が熱くなる。拒否するって選択肢は僕にはないけれど恥ずかしい。
「ダメですか?」
「う、ううん……ダメではないけど」
「けど?」
リンドルが顔を近づけてきた。とてもキレイな顔をしていると思う。こんなキレイな人が舐めさせろって言ってくるなんてドキドキしてしまう。
「その……恥ずかしくて……」
「……なら、いいですね?」
前開きの寝巻の紐を取られ寝巻を脱がされ、至近距離で改めて聞かれた。なんだかリンドルの声が上擦っているようにも聞こえた。
こんなキレイな人に迫られるなんてついぞなかったから、熱が全然去らない。もちろんキレイとかキレイじゃないとか関係なく、天使になってからは全てが初めてで、だからどうしたらいいのかわからなくて混乱しているのだけど。
「……はい……」
僕は答えてから、目をギュッとつむった。ひどく恥ずかしかった。
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