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「……クラゲだ」
「……は?」
嘘だろ。まさかそんな。けど、この顔には見覚えがある。
ほんの一週間前の進級テストの時のことだ。上位100名まで貼り出された順位表。
『また1位だよ。A組の海月 』
『クラゲ?』
憎らしげに高橋は言った。確か、その名前は『海月慧』だったかな。三年間、同じクラスにならなかったし、学科も違うから知らなかったけど。
『あ。ほら、あいつ』
『えっ、どこ?』
貼紙を興味なさそうに眺めてすぐに目をそらした、そのつまらなそうな横顔がとても印象的でよく覚えている。
そうか。名前が『慧 』だから『K』なんだ。
「クラゲねえ……」
それより灯台もと暗し。こんな身近に憧れのギタリストがいたなんて。Kはギターをじゃらんと爪弾 いて、つまらなそうにぼそりと呟いた。
「……ウミヅキだっての」
「え?」
「苗字。海月って書いて『クラゲ』じゃなくて『ウミヅキ』って読むんだよ」
アコギから視線は外さず、Kは苦笑いながらそう言った。爪弾いているのは昨日、カラオケルームで聴いた新曲だ。
なんというか……、
「普通すぎて驚いた?」
「うん。あ、いや」
しまった。つい本音が。
ドロップ・アウトのライブには何度も足を運んだけど、Kはもっと明るい髪色をしていたはずだ。もしかしてあれ、ヅラなのかな。それから長い前髪で隠れていた顔もはっきり見たことはなかったんだけど、それにしても目の前のKは本当に普通で平凡な容姿をしている。
Kが掛けている眼鏡はどうやら伊達ではなくて本物のようで、かなりの度数が入っていそうだ。一重で切れ長な目はまるで狐 のようで、完全な日本人顔をしてるし、お世辞にもカッコイイとは言えない。
「あ。えと、ごめん」
「ぶっ、いいよ。ほんとのことだろ」
ようやくギターから離れたKの視線が、真っ直ぐ俺のことをとらえた。
あ。俺、自己紹介してないや。なんか一方的にヘンなことを口走っちゃったけど。
「あの、俺……」
「F組の柴田 弓弦 だろ」
「あ。俺のこと知って……」
「目立つし。いろいろと」
そう言われて顔が熱くなる。嫌な予感しかしないから。
「柴田、美形だし、妙にモテてるし」
「……チャラいし?」
「うん」
……やっぱり。
言われたことにうなだれる。いや、まあ……、自覚はあるけど。
「それから、新歓ライブでドラム叩いてたろ」
「あ。うん」
「で、けっこう上手いなあってさ」
あ、嘘。観ててくれたんだ。
そう言われて余計に顔が熱くなる。あんなボロボロなものをKに観られただなんて。
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