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どうやら慧はまたまた笑いのツボにはまってしまったようで、いつまでも笑っていた。そんな慧にドキドキしているのは俺だけのようで、朗さんは慣れたふうに知らん顔で帰路を急ぐ。
「じゃあな」
駅へ向かう途中で朗さんと別れ、二人で歩く帰り道、
「あー、おかし」
いまだに笑っている慧を横目で見ながら、何を喋ったらいいのか分からなくなった。目の前にいる男は一緒にバンドをやっている男だけど、ずっと憧れていた男でもあり、こんなに近くに感じてドキドキしないはずがない。
「弓弦」
不意に真剣な顔の慧に呼ばれて、思わず息を詰めた。例のトイレで再び変身を済ませた等身大の男、海月慧が俺を真っすぐ見つめている。
「SSR。いいバンドにしような」
破顔一笑。にししと笑った拍子に、少し釣り目で小さな狐目がなくなった。その顔を見て何故だか少しホッとする。
ガタガタで隙間だらけのすきっ歯、ソバカスが散るだんごっ鼻。目の前の男は決してモテるような容姿はしていないのに、どうしてこんなにかっこいいんだろう。
「うん」
そう返事するのに精一杯で、そんな俺を見て、
「……ふっ」
慧はいつものように静かに笑う。
俺の脳裏に浮かんでいたのは、あの日のカラオケルーム、こちらに向けた少し猫背な背中。ドロップ・アウトのライブシーンじゃなくて、何故だかあの日以降の慧の姿だ。
学校の屋上で居眠りをする慧。その傍らに転がる眼鏡とギターが、俺たちの未来を暗示させた。
俺たちの学校の屋上をステージに、俺と慧の、ついでにシンこと朗さんの。SSRの物語が始まる。
2011/04/09
第1話完結
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