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 このなんとも言えない雰囲気が好きだ。タン、と弾ける音の微妙な高さを聞き分けながら、ヘッドの張りを調整して自分好みの音を作っていく。※1  やがて自分好みの音はバンドそのものの音になり、その音でバンドの色を作っていくことになる。 『あーあー』  慧のマイク越しの声に、張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。エフェクターでディストーションされたギターの音は、緻密(ちみつ)に計算された慧独特な歪み具合でドロップ・アウトの世界観を作っていた。※2  その世界に自分も確かに関わっていることが、いまだに信じられない。しかも、ドラムは音のテンポや曲のペースの基礎になる重要な役割を担う。 「おっ、やってるな」  それから小一時間して、仕事を終えたシンこと朗さんも合流し、ベースギターの音が重なった。一通り音合わせがてら簡単なセッションをして、今回の練習を終える。  その帰り道。慧を真ん中に横一例に並んで駅へ向かう途中、 「あのさ。バンド名、どうする?」 「バンド名?」 「うーん、そうだなあ……」 「ドロップ・アウトじゃないの?」 「ああ。弓弦が入った時点で、ドロップ・アウトは消滅したようなもんでさ」  ちょっとした衝撃の事実を知る。 「正規のドラマーが決まったら、心機一転、新しいバンドを始めるつもりだったんだよ」  何がいいかなと続ける朗さんの言葉に被さるように、 「SSR……」  慧がぼそっと呟いた。 「SSR?」 「ん。セックス・スクール・ロックンロールな感じ。どう?」 「SSRか……。うん。いいんじゃない。CCRみたいな感じでさ」  慧が言う『セックス・スクール・ロックンロール』とは1970年代のアメリカの若者が夢中になっていた三大快楽の『セックス・ドラッグ・ロックンロール』という有名な言葉を(もじ)ったもので、ドラッグ(薬物)じゃなくてスクール(学校)というところがいかにも慧らしい。  この『セックス・ドラッグ・ロックンロール』は新旧問わずバンドマンの間では有名な言葉で、いろんなバンドがこの言葉そのものや捩ったものを曲名やその他のタイトルに使っている。  ちなみにCCRとは『クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル』というバンド名の略称を指し、このバンドもロック好きには広く知られているバンドだ。 「SSR……、か。うん。いいね」 「弓弦はどう?」  話を振られて、一瞬、学校の屋上が頭に浮かんだ。 「うん。超いい!」  思わずチャラ男口調で口走ってしまった一言に、慧は盛大に吹き出した。 ※1 ドラムのチューニング(音作り)風景 ※2 エフェクターはギターの音を変える機械で、ディストーションは音を歪ませること

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