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Chapter1... 初めての×××  俺が初めて楽器に触れたのはいつだったのか。実は、はっきりとは覚えていない。ジャズドラマーの父親とバイオリニストの母親の間に生まれてきた俺の周りには、物心がついた時から様々な楽器が溢れていたからだ。  まだ歯が生え揃わないくらいの頃の俺の写真に、玩具の太鼓を叩きながら満面の笑みで笑っているものがある。そんなふうに子供の頃から本物のドラムセットや家中のどんな家財道具よりも高価なバイオリンで遊んでいた俺の周りには、いつも音楽が当たり前にあった。  それは音楽家の両親の元へ生まれ落ちた宿命のようなものでもあり、そのことでは神様ならぬ両親には感謝してもしきれないんだけどさ。 「弓弦。これ4番テーブルな」 「あ、うん」 「返事は『はい』だ」 「はいはい。かしこまりー」 「『はい』は一回!」  そんなこんなで本格的にバンド活動をするようになって数週間が過ぎ、俺は人生初のアルバイトを始めた。 「なんだその口の聞き方は。真面目にやれよ」 「やってんじゃん。お客さんの前ではタメ口じゃなくて敬語だし」 「おまえなあ」  雇い主は誰だよと聞かれて敬語で返事をしたら、マスターにわざとらしいと叱られた。 「はいはい、マスター。2番テーブルのカルボナーラはまだですか」  カウンター越しにマスターに声をかけたら、 「今やってるっつの」  そんな声が返ってくる。カウンターの端に座っている男が俺たちのやり取りを見遣りながら、くくっと喉の奥で含み笑った。  こじんまりとした店内には細長いカウンターと二人掛けの席が七つ、店内に流れているのはビートルズ。昼間は喫茶店のこの店は、夜間にはショットバーに様変わりする。  マスターは俺の父親、柴田貢で、現役のジャズドラマーだ。ジャズ喫茶だった店は最近になって親しみやすいビートルズを流すようになり、若年層の客も増えてきた。  親父は今年で48歳のくせにかなり若作りしているのもあって、冗談抜きで30そこそこに見える。親父が音大生だった22歳の頃に親父の三歳年下でバイオリニストの母さんと出会い、いろいろあって俺は生まれた。  俺が5つの時に母さんは海外の演奏旅行へ出掛け、その移動中に不運にも飛行機事故で亡くなってしまった。それから男手一つで俺を育ててくれた親父は、その頃からほとんど変わらないぐらいに若い。  ラフで少し派手めなシャツにデニムといういで立ちは俺よりも若者仕様だし、それが厭味なく似合ってしまうんだから笑ってしまう。勿論、こちらは若者仕様と言うよりはバンドマン仕様だけど、ピアスも両方の耳にしっかり装着済みだ。

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