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空調のスイッチを電気のスイッチと一緒に入れたが、まだ空気がよどんでいるような気がする。地下という環境で窓がないのだから仕方がないが本来の俺なら、できればここは入りたくはない場所だ。
閉所恐怖症の俺は閉め切った狭い場所がどうにも苦手で、できれば地下室なんかも遠慮しておきたい。それが音楽スタジオやライブハウスになると話は別で、音楽に触れている間だけはそれを忘れていられた。
いつものようにドラムセットの器材を自分のものと取り替え、SSRの音を作っていく。タンタンと心地いい音に耳を澄まし、スネアドラムのチューニングを続けた。
言ってみれば太鼓の皮とも言えるヘッドと呼ばれるドラムの表面の張り具合で音の高低が変わり、その音をメンバーと合わせるのがドラムのチューニング方法で、念入りに音を調整していく。最終的には無造作にジャランと爪弾いた慧の音に合わせると、SSRのドラムの音の出来上がりだ。
ここまで来ると空調が効いてきたのもあるが、周りの空気も気にならなくなってくる。SSRの世界観に包 まれて、俺はただチャラいだけの男子高校生、柴田弓弦からSSRのドラマー、シバに変身する。
俺も慧も身バレする危険性はないのに、このスタジオに入る前にもいつもの変装をした。それは普通の高校生からバンドマンに変わる儀式のようなものでもあって、バンドマン仕様に変装することで不思議と気持ちが切り替わるからだ。
『あー、あー』
それにしても、ギターを掻き鳴らす慧は本当にかっこいい。それは見た目だけじゃなく、内面から滲み出るかっこよさ。
(カッカッ――)
ドラムスティックを頭上で交差して二回打ち鳴らすカウントを合図に、ギターとドラムだけのセッションが始まった。セッションを続けること十数分で仕事を終えたSSRのベーシストのシンこと朗さんも加わり、三つの音は少しずつヒートして行く。
こうやってセッションすることで、慧が作った曲とは別に新たな曲がいくつか生まれた。例のカラオケ店で慧が作曲していた曲もセッションから生まれた曲もSSRの新曲で、ライブは未開催、新曲も未発表ながら元ドロップ・アウト、つまりはシンとKのファンの間で二人の新バンド、SSRは注目されている。
『……いよいよ来週、か』
マイクを通した慧のその一言で、周りの空気が一瞬にして張り詰めたものに変わった。
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