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05
その日の練習は結局、深夜にまで及び、日付が変わる少し前にようやく終わった。
「それじゃ、お先」
ベースギターを担いだ朗さんとは練習が終わったすぐに店先で別れ、まだKの姿のままの慧は、
「お疲れ。また明日」
朗さんに向かってそう言うと、変装を解くために練習していた音楽スタジオ近くの洗面所へと向かった。
俺の場合は親父に事情を話してあるから、またチャラい見た目に変装し直す必要はない。まあ、それが変装と言えるのかどうか。俺の場合はどちらの姿が変装なのか、たまに自分でも分からなくなるからどっちもどっちか。
慧のは変装といってもヅラとコンタクトレンズを装着するぐらいのもので、それを外す時は着ける時よりもさらに簡単で、
「お待たせ」
数分もしないうちにごくごく普通の黒縁眼鏡を掛けたフツメン、海月慧が俺の目の前に現れた。
「楽しみだな。弓弦の手料理」
SSRのKじゃなく普通の高校生の海月慧はそう言うと、そばかすが散る少しだけ上を向いた鼻を鳴らしてニカッと笑った。
また悪戯に胸が騒いだ。まるで呪文のように落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら、外見だけは余裕の顔で、
「任せてよ」
と、笑い返す。練習が終わる少し前に夜食をごちそうするよと二人を誘ったんだけど、朗さんは妹が飯を作って待っているからと慧を置いて帰ってしまった。当然、残された俺たちは二人で食事をすることに。
夕食まではまだしも夜食ともなると、夜にはバーになるうちの店内で食べるわけにはいかない。そうなると二階にある居住スペースのキッチンで俺が作ることになるんだけど、親父以外の誰かのために料理するのは初めてのことで無駄に緊張してしまう。
「俺さ。一人暮らしし始めて三年になるけど、いまだに料理は苦手でさ。手料理に飢えてたんだよね」
そんな可愛いことを言われて、不覚にもときめいてしまった。
母さんが死んでからの俺は親父の店で親父が作った店内メニューの中から好きなものを食べ、それを朝食や夕食にしていた。子供の頃に店で食事しているところをクラスメートに見られてからかわれ、それがきっかけで親父に料理を習って自炊するようになり今に至る。
「へえ、器用なもんだなあ」
ダイニングのテーブル席に着いて待っててと言ったのに、慧はカウンター越しに背後から俺の手元を覗き込んでくる。その様子がまるで料理が出来上がるのを待ち切れない子供のようで、俺の中の母性本能をくすぐった。
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