34 / 63
06
ずっと親父と二人きりだったからか、子供の頃から子供らしい遊びをして来なかった。近所に同じ年頃の子供もいなかったし、親父のバンド仲間や母さんの音楽仲間だった人が可愛がってくれ、その人たちが俺の友達のようものだった。
子供がいる一般家庭の玩具のように自然とそばにある楽器を手に取り、周りにいる大人の真似をして遊んでいるうちにギターやベースを覚えたし、ドラムも自然に叩けるようになった。両親が一般家庭の親とは少し違っていたから、一般家庭がどんなものなのかは分からないけど。
周りは親父と同じぐらいの年齢の大人ばかりで、同い年の友達はおろか年下の子供も周りにはいなかった。子供の頃は一方的に世話をされる側だったから、この気持ちが母性本能のようなものなのかどうかは実はよく分からない。
「……どう?」
「うん。美味いよ」
「ほんと?」
「うん」
「よかった」
ただ、目の前で大口を開けて料理を頬張る慧を見てると、不思議と幸せな気分になった。
前回、このテーブルで親父と顔を突き合わせて食事したのはいつだったかな。たまに親父が休みの日は、俺が親父の分の食事も用意して一緒に雑談なんかもしてるんだけど。
最近は俺がバンドを始めたこともあるし、そう言えば店以外で親父と顔を合わせることはないような。慧と一緒に食事をして、不意にそんなことを思い出した。
いつの間にか一人で食事することが当たり前になっていたからか、誰かと一緒に食事するとこんなにも料理が美味く感じる。そんな当たり前なことも忘れていた。
「……幸せだな。弓弦と一緒に暮らせるやつは」
その時、慧の口からぽろりとそんな言葉が零 れた。
「……え」
まるで漫画の一コマのように、俺は思わず握った箸を落としてしまう。擬音を付けるなら、ぽろり。そんなふうに。
言った本人はまるでそれは独り言だと言わんばかりに食べるのに夢中で、俺が漏らした声も聞こえていなさそうだ。食べてるとこにも擬音を付けるとしたら、ガツガツ。まさにそんな感じ。
俺と暮らすと、何か特別なことでもあるんだろうか。そんなことを言われたのは初めての経験で、思わずそんな的外れな考えが頭を掠 めた。
ともだちにシェアしよう!