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 慧は学校に程近いアパートで一人暮らしをしている。一人暮らしということは、食事は自炊か外食になるということだ。 「え、と。慧はしないの?」 「なにを?」 「自炊とか」  少し気になったから聞いてみると、 「もっぱら外食かな。あと、バイト先の残り物とかタイムアウトで廃棄する分をもらったり」  そんな返事が返ってくる。自炊と言えそうなことは炊飯器でご飯を炊くことぐらいで、おにぎりだけは得意なんだけどなと慧は笑った。ふと、そのおにぎりを食べてみたくなる。 「……あ」 「ん?」 「あ、いや。なんでもない」  そっか。そう言うことか。俺と一緒に暮らすということは、俺の料理がもれなく付いてくるってことだ。 「……俺と暮らしたら三食昼寝付きだもんな」  思わずそんな言葉が漏れた。今更だけど、不意に分かってしまった。ちょっと前に慧が言った、俺と暮らすやつは幸せだって話題の理由。 「……あー、そうきたか」  慧は一瞬ぽかんと(ほう)けた顔をして、それからぐしゃぐしゃに自分の前髪を掻き上げる。 「言っとくけどただの三食昼寝付きじゃなくて、とびきり美味い食事と、とびきり寝覚めのいい夢が見える昼寝だからな」  バツが悪いような照れ臭いようななんとも言えない顔をして、慧はさらりとそんな男前な台詞を口にした。一瞬なにを言ってるのか分からなかったが、その意味を理解した途端に顔が熱くなる。 (……やばい。また胸がドキドキしてきた)  そんな俺に対して慧はいつもと変わらない顔で、 「おかわり」  (から)の茶碗を差し出し、二杯目のご飯をねだる。  慧と一緒に食事をして、改めて誰かと一緒に食事することの大切さを思い知らされた。いつも食べている自分が作ったものばかりなのに、慧と二人で食べるだけで美味く感じるから不思議だ。  この時の俺はまだ、慧に対する特別な想いに気付かずにいた。ついでに朗さんが妹が待ってると言って帰ったのも俺と慧を二人きりにさせるための嘘で、本当は約束なんかしていないかったことにも。  少しずつ膨らみ始めた特別な感情。それを恋だと俺が意識するのは、もう少し先のこと。

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