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 まさに殺し文句と言える台詞をさらりと言ってのけた慧。 「弓弦」  慧は何事も起きなかったかのように俺の名前を呼びながら腕を引き、俺を地面に座らせると再び俺の膝を枕に寝転がって目を閉じた。  昼食はもっぱら俺が用意した弁当で、ここ最近は毎日俺が慧の分も持参している。慧に作ってよと言われたのもあるけど、一人暮らしをしている慧のために、慧に言われるまでもなく作ってやりたかったからだ。  それをぺろりときれいに食べ終え、少しだけアコギを爪弾いて。食欲を満たすとどうやら眠くなるようで、その後、慧はいつも少しだけ昼寝をする。  慧が学校生活で気を抜けるのはこの昼休みだけだし、多分、昨夜は遅くまでギターの練習をしていたんだろう。  眼鏡の奥の白目が少し充血していて、それが慧が寝不足であることを物語っていた。  俺も最近、夜は眠れない日が続いてるけど、その原因が慧とはまるで違っている。その原因と言うのが、その……、恋わずらいとか。バンドマンからすれば情けない、なんとも恥ずかしい理由だけど。 「……慧。もう寝ちゃった?」 「うん」 「ははっ。そうか」  またまた慧の髪に手を伸ばしそうになるのを必死にこらえ、空を見上げる。すると、 「あ」 「……冷た」  いつの間にか空一面に広がった薄暗い雲から雨粒が一粒、慧の頬にぽとりと落ちた。 「雨か」  不意に降り出した雨。雨から逃れ校舎に向かう慧の背中を追いながら、その頼もしさに胸がキュンとする。俺たちは校舎へと続くドアを開け、いつもの踊り場、階段の一番上の段に並んで座った。  五時限目の授業までにはまだ少しだけあり、その残りの10数分は慧と一緒にいられる。放課後には明日の初ライブの練習でまた慧と会えるが、それでも少しでも長く一緒にいたいと思う。  薄暗いなかの俺たちは始終無言で、 「行こっか」  慧のその一言で慧が先に階段を下り、その背中が見えなくなってから俺も教室に向かう。  無情にも鳴り響いたチャイムを呪った。そこまで大袈裟じゃないけど、まあ、そんな感じ。  最近、ここまでしなくてもいいんじゃないかなと思い始めた俺だけど、慧が頑なに一人でいたがった。それは言葉には表さないけれど、態度や行動でわかる。 『あ、慧……』  いつだったか、周りに誰もいない時に思わず声をかけてしまったら完全無視を決められ、淋しい思いもしたことがある。 「んー……」  その時は俺と慧の繋がりはバンドだけだと言われているようで、なんともやり切れない気持ちになったっけ。

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