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帰郷した理由は2つ。
1つは高校の同窓会に出席するため。もう1つは卒業後、こっちに戻ってから住む部屋の契約をするため。
高校を出て県外の大学に進学してからというもの、学業とアルバイトに忙しいことを理由に、実家にはほとんど帰らなかった。卒業したら地元に戻ることは決めていたし、日常的に親に連絡をとる習慣もないから自分からはめったに電話もしない。同窓会も、この4年間にそれらしき内容のメールを1、2度受け取ったことはあったけど、参加どころか返事すらしなかった。
友人達に逢いたくないわけじゃないけど、僕が逢いたいと思う人間はたった1人だけで、そいつは僕が地元へ寄りつかないことに文句を言いながらも、電車を乗り継ぎ何時間もかけてひとり暮らしの僕のアパートを何度か訪れてくれた。
僕が使っているベッドの隣に彼が布団代わりのケットを敷いて寝たのは最初の一度きりで、それからは一緒に食事をし風呂に入った後は、狭いベッドで抱き合いながら一緒に眠るようになった。
そいつは今夜の同窓会にも、もちろん来ている。
「浅陽(アサヒ)、智慎(トモチカ)にビールついでやんなよ」
向かいに座る男に促され、あぁといいながら浅陽がグラスを渡してくれる。
「女性陣はみんな1軒目を出たら帰っちゃってよう。けどまぁ、お前も田舎に舞い戻ってくるんだなぁ。てっきりあっちで就職すると思ってたけど。あ、じゃあもっかい乾杯ね、かんぱーい!」
相変わらず櫻井の声は大きいし、話していることがあっち行ったりこっち行ったり忙しい。けど、こういう男がいると座が和んでいい。悪気のない奴だとわかっているからかもしれないけれど。
隣を見ると同じことを思ったのか、浅陽も苦笑いしている。久しぶりだ、こんなふうに隣に座るの。といっても、暮れに僕のアパートに彼が来てくれて以来だから2か月ぶりぐらいか。それは僕達2人しか知らないことだけれど。
「落ち着いたらまた呑もうぜ。これからァ、俺達は会社でしごかれ、社会にもまれ…、そうだ!五月病になる前に連休あたりに元気に再会しようぜ!」
居酒屋の前で、声を張り上げじゃあなと手を振る櫻井達を見送り、浅陽と僕はなぜか同じタイミングでフゥッと溜息をついたことに笑いながら、歩き出した。
時計を見ると23時を過ぎたところで、駅の周りの飲み屋はかろうじて灯りがついているものの高速道路の向こうは漆黒で、ところどころ濃くなっている影は夜が明ければ青々とした山並みになる。
「櫻井、左手の薬指に指輪してたな」
「気づいたんだ。あいつ学生結婚するつもりで息巻いてたんだけど、彼女の親に反対くらって説得されて。結局、就職して相手のご両親にもちゃんと納得してもらってからにするって。『出直しだ!』って騒いでたよ。それが去年の今頃」
「学生結婚って、子供でもできたのか?」
それはないみたい、と浅陽は小石を蹴飛ばした。
「あいつのモットーが『鉄は熱いうちに打て』らしくて、2人の想いが熱いうちにってことだったみたい。けど、それ意味が違うよな」
と浅陽が笑った。
違うどころか突っ込みどころしかない。確かにサクは昔からそういうところがあったけど、結婚ってそんなふうに一時の感情で突っ走っていいものなんだろうか。特にこんな田舎じゃ、結婚なんて本人同士というより親や親戚も含めた家同士が交わす儀式って感じが濃厚で、本人達の意向だけでどうこうできるものじゃない気がする。
「あの指輪は、サクの気持ちとして彼女にも同じものを贈ったんだって。結婚する時は改めてちゃんとした指輪を買うって言ってた。まぁその話も結婚のことも、本当のところは直接サクに聞いたほうが面白いんじゃないかな。これからは会う機会も増えるだろうし、ああ見えてサクもいろいろ考えてるから」
「へぇ、意外。もっと軽い男だと思ってた」
「俺も高校の時はそう思ってた。彼女も紹介してくれてさ、いい子だった。その子と付き合い始めて変わったんじゃないかな」
「……お、」
……お前にはそういう相手はいないのか?
これまで何度も浅陽に聞こうと思いながら口にできなかった。
時々フラッと、でも当たり前のように僕の部屋にやってきて、どうでもいい話やたまにどうでもよくない話をしながら一緒に時間を過ごして、狭いベッドで男2人が声を殺して体を重ねて。そんなことをいつまで続けていられるのか。
「お?」
浅陽が不思議そうな表情でこっちを見ているのが視界に入ったけどそっちを見ないまま、
「や、何でもない」
「お……、俺のこと好き?」
……っ!今度は僕が浅陽の横顔にかみつく勢いで、
「はぁ?な、なに言って……」
「なにって、いつも言ってるじゃん。俺のこと『好き』って。お前のアパートで……寝てる時」
……っ。
「バカか、お前!なに言うんだよ。こんなとこで」
「こんなとこって……、さっきサク達と別れてからここまで歩く間、誰にも会ってない。こんな時間に誰も出歩かないような田舎にお前は帰ってきて、そんなお前を俺は待ってたんだよ」
感情的になりかけた僕をなだめるように、浅陽の口調はとても穏やかだった。
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