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第10話 屍者の王国にて

 森の中にいたすべての『生き物』を焼き尽くした後、ようやくリィンは魔法を使うのをやめた。辺り一面には、焼け焦げた地面と炭となった樹木、そして灰と化した人間たちが残した装備品だけが残されている。 「リィン……」  ぽつりとつぶやいた私の言葉に、リィンが虚ろな瞳で私を振り返る。そして、ゆっくりと私の方へと近づき、立ち上がれない私の体を気遣うかのように、私を覗き込んだ。 「リィン、魔力だ、魔力をあげよう。早く!」  痛む体を無理やり起こし、私はリィンへと縋りつく。抱きしめたリィンの体からは、もうほとんど魔力を感じることはできなかった。 「早く私と繋がろう、早く!」  そう言って私は立ち上がろうとしたが、激痛が走り、また地面に倒れる。体が言うことを聞かない。  悔しさに、後から後から涙があふれてくる。  と、そんな私をリィンが両手で押さえる。そして、ゆっくりと私の体にまたがった。 「そ、そうだ、リィン、はや……」  そんな言葉を遮るように、リィンの唇が私の唇へと押し当てられる。  少し長めのキスの後、顔を上げたリィンは、紅い瞳ではっきりと私の眼を見つめていた。  そして軽く微笑むと、私の胸の上で、灰となって崩れていった。 ※ ※  あれから、五年が経った。  あの日、胸の上に残された灰を抱いたまま、私は一晩中泣き続けた。そして、涙が出なくなった後、灰を石碑の根元に埋めた。根元には、別の小さな箱が埋められていたが、灰と一緒に埋め直した。  それから私は、ひたすら|死霊術《ネクロマンシー》の修練と研究に没頭した。三年でネクロマンシーの最上級呪文までマスターしたが、灰になったアンデッドを元に戻す方法は見つからなかった。  無いのなら、私がその呪文を作ろう。私はそう決心し、さらに二年が過ぎたが、まだその呪文は生み出せていない。  呪文が完成した暁には、このミドルスフィアに屍者の王国を作るのだ。いや、作るだけなら今でも作ることができる。しかし、そこにリィンがいないのでは、意味がない。  いや……リィンのいない世界なら、全てに意味はないのだ。  リィンが眠る石碑を囲う様に神殿を作った。  ごくまれにミドルスフィアを訪れる冒険者は実験の材料となってくれたが、最近はどうも、この神殿に来る者たちが増えたようだ。実験材料に困らなくなったが、反面不愉快さは増してしまった。  例えば、今目の前にいる奴らがそうだ。こいつらは、リィンが眠るこの神聖な神殿に、許可もなく土足で上がり込んでいる。 「あなたが死霊王ね」  王を名乗るのはリィンこそがふさわしい。この女の存在も、言葉も、私を不機嫌にさせている。 「何だお前は」 「私はセレスティア王国第一王女、エーリカよ。五年前、私の身代わりとなって殺された弟の仇、ここで取らせてもらうわ!」  女は剣を構えると、呪文の詠唱を始める。  こいつは一体何を言っているのだろうか。  私には女の言っている意味がよく分からなかったが、降りかかる火の粉は払わねばならない。リィンを取り戻すその日まで、歩みを止めるわけにはいかないのだ。  私はあらん限りの力で、雄たけびを上げた。 「人間の分際で、私の邪魔をするなああああああ!」  ― 完 ―

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