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第9話 紅蓮の炎の中で

 リィンに助けられた。  あの後すぐにリィンを抱きしめ、リィンの体に残った魔力を調べてみたが、さほど減ってはいないようだった。かなり上級の魔法だったはずだが、元々リィンが持つ魔力が大きいせいだろう。  私は安堵すると、怪我をした足を引きずって石碑へと向かった。リィンは表情を変えることなく後をついて来たのだが、私が痛みに耐えかねて立ち止まると、傍に来て私にキスをしようとした。 「ありがとう、大丈夫だ」  私はその都度そう言って、リィンとキスをした。  苦労してようやく石碑まで戻ると、石碑の根元に腰かける。そんな私をリィンはぼんやりと見降ろした。 「これでは、出会った時と逆だね」  そう言って微笑みかけたのだが、リィンは返事をすることもなく、虚ろな目で石碑の周りを彷徨い始める。  さっきの男たちのことを思い返してみる。一人逃がしてしまったが、あの様子では私に新たな追手が掛かるだろう。リィンはここを離れたがらないだろうが……一旦私だけここを離れ、人知れずまた戻ってくるか?  しかしそれでは、私が戻ってくるまでリィンの魔力を補充することができない。かといってここに留まれば、リィンは来訪者と否応なく戦いを始めてしまうだろう。  どうする? どうする? 「リィン、とりあえず一旦ここを離れよう。奴らがいなくなるまで隠れるしかない」  私は痛む傷を我慢しつつ、立ち上がる。リィンの手を取り、魔導バイクを置いてある場所に向かおうとして、前方の木々の間から、鳥が何羽も飛び立つのを目にした。と、森のあちらこちらから、沢山の鳥が鳴き声を上げながら飛び立つ。  この森はもう、包囲されているのだ…… 「だめだ、リィン。魔法を使うな」  動こうとしたリィンを抱きかかえると、石碑の傍に身を寄せる。程なくして、甲冑やローブを着た人間が何人も木々の間から現れた。  先頭の男が、私を見て声を掛ける。 「もう逃げられんぞ。お前が犯人なのは分かっている。大人しく玉璽をこちらに渡してもらおうか」 「私は知らない。何かの間違いだ。こちらに来るな」 「仕方がない」  男が手を上げる。それを合図に、後ろにいた魔術師たちが呪文の詠唱を始めた。 「やめろ、やめてくれ!」  魔術師たちから、一斉に魔法の矢が放たれる。死を覚悟したその時、私たちの前方にいくつもの石の柱が現れた。それらが魔法の矢をはじく。それを見て、追手たちが動き出した。  と、リィンが私の腕を振りほどく。膨大な魔力が、リィンから放出されるのを感じた。 「待て、リィン」  リィンを止めようとしたが、無駄だった。  大きな火の玉が、追手たちの上空に現れ、そこから無数の炎の矢が飛び出す。突然頭上から炎に襲われた追手たちは大混乱に陥った。 「リィン、逃げよう」  私はなおも魔法を撃とうとするリィンの手を握りその場から逃げようとしたが、腕と足に魔法の矢を受け、苦悶の声をあげながらその場に倒れた。地面に這いつくばる私の目に映ったのは、石碑のある開けた場所を取り囲むように、木々の間からこちらに突進してくる数十人、いや百人を優に超えているであろう兵士の姿だった。  たかが一人のネクロマンサーに対して差し向ける人数ではない。理解できなかった。  と、リィンの銀色の髪が逆立つように激しくなびき、また広場のいたるところに石柱が立ち上がる。森の上空にいくつもの火の玉が出現すると、あるものは地面に向けてそのまま落ち、あるものは火の雨を降らしたのだった。 「リィン、や……」  めろ、と続けようとして、言葉を飲んでしまった。もう、今の状態ではリィンの魔法に頼るしかない。助かる術は、それしかないのだから。  私の頬を、幾筋もの涙が流れていく。リィンを止めることができない己の無力さを嘆き、そしてこれまでの自分を恨んだ。  時折飛んでくる火の粉は、リィンが作っているであろう結界によってはじかれていく。私はその結界の中で、人間たちがリィンによって生きたまま火葬されていくのを、涙を流しながら、ただただ茫然と眺めていた。

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