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いつのまに眠りに落ちたのか。薄明かりの中で目覚めると隣にはもう誰もいない。情事の痕跡は汚れたシーツと遠夜の体に残るだけで、あの香りも消えている。
ナイトランプの隣でスマートフォンが鳴っている。大神の名前を確認して、耳にあてる。
『起きていたか?』
大神の声は昨夜とちがってひどくぶっきらぼうだった。役柄を演じているのではない、素の声だ。昨夜の男のささやき声――十年以上つきあっても何を考えているのかわからない声より、今の遠夜には居心地よく感じられる声だ。
「どうした? こんな朝早くに」
『話しあいたいことがある。この前の件だ。これからそっちへ行く。入れてくれ』
とたんに遠夜の頭から寝起きの霞がかき消えた。
「急だな」
『俺にとっては急じゃない。ここ何日かずっと……考えていた』
「十五分後なら」
『わかった』
情事のけだるさを熱いシャワーで流し、ベッドルームに戻ると、昨夜の炭酸水のボトルがカウンターに置きっぱなしだった。その隣には空になったタンブラーがひとつ。クリストファーが残した唯一の痕跡を遠夜は洗面台で洗い流した。目をあげると額縁のような鏡の中から自分がみつめかえしている。
(END)
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