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第1話
姫宮家次期当主の俺、姫宮梨人 は、使用人の神楽坂連 に長年片想いをしていた。
決して実らないと諦めていた身分差の恋。そんな辛いだけの恋が急展開したのは昨年の夏。
紆余曲折を経て、実は両片想いだったことが判明し、晴れて恋人同士になり、程なくして俺たちは一生を共に生きると誓い合った。
主従関係を保ちながらもパートナーとして幸せな毎日を過ごしていたある日、親父の一声で俺と神楽坂は沖縄に行くことに……。
『国内のブライダル事業は梨人に任せる。リサーチを兼ねて、神楽坂とたまには旅行にでも行ってこい』
俺の親父、姫宮英介 は、HIMEMIYA ロイヤルリゾート ホールディングスの代表取締役社長兼CEOだ。
姫宮グループの事業内容を簡単に説明すると、国内、海外のリゾート施設を運営している。
ホテル運営、ゴルフ場運営、スキー場運営、別荘、マンション管理……などなど、手広く運営しているが、最近ブライダル事業にも手を出し始めた。
基本的に海外は親父で、国内は俺が取り仕切るようになっているので、ブライダル事業も然りなのだろう。
「どうして行先が沖縄なんだ?」
リビングルームの革張りのソファに深々と腰掛け、アフターディナーティーのダージリンティーを飲みながら、すぐ近くで待機している神楽坂に話しかける。
「国内リゾート婚人気ナンバーワンだからだと思われます」
「マジか。つーか、なんでお前もそんな情報をさらりと言えるんだよ」
「常に勉強してますので」
「勉強ねぇ……まぁ、いいけど。しかし親父はいつも急だな。突然、旅行に行けってそんな簡単に行けるわけないだろ」
「旦那様もご多忙ですから仕方ないです。それに……」
「なんだよ」
残り少なくなったティーカップの中身を確認することなく、絶妙なタイミングでカップに紅茶を注ぐ神楽坂は、一人納得したように微笑む。
「気を遣っていただいたのかもしれませんね」
「誰に」
「私たちにです」
「……は?」
「ここまでの遠出は、二人きりでは初めてです。それに、私たちの関係も進展したことですし、旦那様は色々な意味合いも込めて提案されたのかと」
「色々な意味合いってなんだよ」
わざと言葉を濁したつもりかは知らないが、含み笑いの神楽坂がムカついて仕方ない。
「梨人様のスケジュールは、明日から四日間空けてあります。私も準備に取り掛からないといけませんので、残りの紅茶を早く飲んでください」
俺の問いかけには答えず、飲みかけのティーカップに視線を流す神楽坂に催促され、仕方なく一気にそれを飲み干した。
「ちょっと待て、四日間って……二泊三日だろ。一日多いじゃないか」
「問題ございません」
「さっきから自己完結ばかりでなんだよ。わかるように説明しろ」
「仕方ないですね……」
カップを俺の手から奪うタイミングで、今度は俺の耳元に顔を寄せて来ると、とんでもないことを耳打ちされた。
「新婚旅行で新婚初夜……それはもう、梨人様はお疲れになるかと」
少し掠れた低い声で熱っぽく囁かれ、神楽坂の言葉を理解する傍らで一気に身体が熱くなっていく。
「耳元で、な、なに言って……」
「他の使用人に聞かれてはたまりませんからね」
ダイニングルームには神楽坂以外に使用人はいない。それをわかってて俺をからかうように試しているんだ。
「お前な、大概にしろよ。誰もいないだろ」
「いつどこで誰かに聞かれてるかもわかりません……と、いう意味です」
「あぁ、そうかよ」
相手するのも面倒くさくなって適当にあしらうと、案の定ため息が聞こえた。
俺たちは別に仲が悪いわけではない。長年の信頼関係があるからこそ、いつもこうだ。
主と使用人の主従関係と、恋人から生涯のパートナーになった関係。どちらも俺たちには必要で、公私混同でなければ成り立たない。
「そろそろお部屋にお戻りになって、お休みになってください。私は後片付けとご旅行の準備を終わらせたらお部屋に参ります」
ため息混じりに懐中時計を取り出し、俺に告げると、時間を確認してすぐに蓋を閉じる。
穏やかな時間が終わりを告げるかのようにその音が響くと、神楽坂が再び耳元に顔を寄せ、今度は嬉しそうな声で囁かれた。
「明日からの旅行、楽しみにしてます」
気の利いた返事が出来るほど器用じゃない俺は「あぁ」と短い返事をすると席を立つ。
いつだって素直に気持ちを言葉にする神楽坂とは違い、相変わらず言葉足らずで不器用だと、つくづく思った。
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