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第2話
「暑っついな」
「沖縄ですからね」
「当たり前な返事するな。暑いからさっさと行くぞ」
羽田空港から約三時間、俺たちが降り立ったのは沖縄本島ではなく、宮古諸島だ。
「これから専属タクシーでホテルへ向かいますので、ひとまず車内で涼んでくだささい」
「なぁ、お前が旅を仕切るつもりかよ」
「梨人様には無理でしょう?」
タクシーの後部座席に二人で乗り込む。
涼しい車内に身体が慣れてきた頃、神楽坂が内ポケットから何かを取り出した。
「旅行だって言うのにやっぱり燕尾服かよ」
「そういう梨人様だってスーツじゃないですか」
「一応は仕事も兼ねてるからそうしたんだよ。で、手に持ってるのなに」
神楽坂の手には小さな手帳のようなものが握られている。
「急だったので、手帳に殴り書きになってしまったのが不本意ですが、今回の旅の手引きです」
そう言って、ペラペラと手帳を捲ると言葉を続けた。
「まもなく渡る橋が伊良部大橋です。無料で渡る橋の中では日本一長いらしいですよ」
「一番?! 確かに、一直線にひたすら長いとは思ったけど。でもせっかく宮古島に来たのに、もう伊良部島?」
「ホテルが伊良部島なのでひとまずチェックインを先に済ませます」
「そっか。まぁ、任せるよ。どうせ俺は観光地もよく知らないし」
「畏まりました」
背もたれに身体を預け、顔だけを窓の外に向けると、一面真っ青な海が広がっている。
年中屋敷にいる俺たちにはそれだけでも新鮮で、旅行もいいものだと実感した。
「それにしても海、綺麗ですね」
「あぁ」
「シュノーケリングも人気みたいですよ」
「これだけ綺麗ならそうだろうよ。でも、俺はやらないぞ。泳ぎたくない」
「そう仰ると思ったのでプランには入れてません」
元々、インドア派な俺は泳ぎがあまり得意じゃない。それに、少なからず砂まみれになるのが嫌で、海で泳いだことは数回だ。
そんなことを考えていると、ふと神楽坂はどうなのか気になった。
「お前は泳げるのか?」
「もちろん、泳げます」
涼しい顔でさらりと告げると、再び海へと視線を戻す。
当たり前のような口調が妙にムカつくが、目の前に広がる壮大な景色を見ていると、どうでもよくなってくるから不思議だ。
「じゃあさ、そのうち泳ぐところ見せろよ」
「機会があればいくらでもご披露させていただきます」
「ご披露って」
「何か」
「別に、なんでもないよ」
たわいも無い会話をしてるだけでも妙に落ち着く。そんな想いを知ってか知らずか、後部座席シートに置いたままの俺の手に何かが触れた。
それが神楽坂の手だと気付いた時には、しっかりと指先を絡め取られた。
「神楽坂?」
「たまによろしいかと……」
「あ、あぁ」
まだまだ旅は始まったばかり。なのに、こんなことでドキドキして大丈夫なのかと不安になるが、いつもより開放的なのは否めない。
「梨人様……」
熱っぽく耳元で囁かれ、繋いだ指先がゆっくりと俺の指の間をなぞると、逸る気持ちは大きくなる。
神楽坂と早く二人きりになりたい……。
いつの間にか頭の中はそれだけで、俺も大概だなと苦笑した。
**
伊良部大橋を渡り終えてしばらく走ると、目的地のホテルに到着した。
「梨人様、到着です。部屋に着いたら少し休みましょう」
「だ……大丈夫だから」
長い橋の途中に盛り上がった場所があり、そこを通った感覚がジェットコースターのようで、結果、俺は気分が悪くなってしまった。
軽い車酔い程度だからそこまで心配しなくてもいいのに、さっきから神楽坂はこんな調子だ。
「一番高いところはビル九階相当の高さがあるらしいので、貧弱な梨人様には堪えましたかね」
「貧弱とか言うな。ちょっと気分が悪くなっただけだろ」
「いつも室内にばかりいるので、少し暑さ負けしたのもあるかもしれません」
「あぁ、そうかもな」
いちいち突っかかる物言いなのがムカつくけど、その裏で誰よりも俺を気遣っているのだと思い知らされたのは今回が初めてではない。
そう、いつだって……。
「どうかなさいましたか?」
夏の日差しの下が最高に似合わない神楽坂が、不思議そうに問いかける。
「別に」
庭で水撒きしていた時も、憎まれ口を叩いていたことをふと思い出すと、あえて口にすることはなく、ホテルへと向かった。
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