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第3話

 白を基調としたそのホテルは伊良部島の南側、珊瑚礁のビーチに面して建っている。ホテル業界の中でも最高ランクに位置付けられていると有名だが、実際に宿泊するのは初めてだ。 「姫宮グループ系列のホテルじゃなくて、東雲グループのホテルか」 「ご存知でしたか」  うちと並ぶくらいに拡大を続けている東雲グループも、国内、海外にリゾートホテルを多数所有し、手掛けるブライダル事業も人気だ。 「確か、このホテルと同じ系列で結婚式場もあるよな」 「ですから、こちらのホテルに。チェックインが済みましたら、チャペルの方まで足を運びましょう」  きっちり仕事と絡めてくるところは、さすがというかなんというか。  広い敷地内を歩きながら苦笑していると、重厚な扉が目の前に姿を現した。 「ここがホテルのエントランス?」 「恐らく……そうかと」  歩みを進めると、四十代くらいの黒いスーツ姿の男性が扉の前で出迎えてくれた。 「姫宮様、お待ちしておりました。支配人の宗谷(そうや)と申します。ご案内いたしますので、中へどうぞ」  年相応な品のある佇まいの支配人に案内されるがまま、扉の中に入ると驚いたことに再び扉が現れた。 「二重扉ですか」 「左様でございます。できるだけ、非日常をお楽しみいただけますようにとの工夫です」  言葉の意味はすぐに理解できた。  二重扉の先に待ち受けていたのは、一面の海とプール。正確には、いくつかのソファーとローテーブルが置かれたロビーの先に広がるプールと地平線で繋がるように海が広がっている。  ロビーの内装や扱うソファーやローテーブルは白を基調としていて、所々に青を差し色で使い、品があるのにナチュラルで清潔感がある。 「凄い景色だな。視界いっぱいにプールと海が広がって、まさに扉を開けると別世界ってわけだ」 「室内にいるのに、外にいるような感覚になりますね」  その後、オーシャンビューの景色を楽しみながら、ソファースペースでチェックインの手続きをした。  ウェルカムドリンクで出されたレモンハーブウォーターと絶景に、気分もすっかり回復した俺は、軽い足取りで部屋へと向かう。 「梨人様、具合は如何ですか?」 「もう平気、治った。部屋で少し休憩したらすぐに出掛けよう」 「本当に大丈夫なんですか?」 「大丈夫だって。神楽坂は心配性過ぎるんだよ」  そんな会話しながら、最上階の一番奥の部屋に辿り着き、神楽坂が慣れた手つきでカードキーをかざし鍵を開け、中へと入った。 「おお! 部屋も凄いな!」 「やはり、素晴らしい眺めですね。お部屋の広さも約七十平米ですので、ごゆっくりたとお寛ぎいただけるかと思います」 「そうだな」  広々とした室内は白と青を使った内装で、ツインベッドやソファーも白、ウッド調のローテーブルの上にはウェルカムフルーツが置いてある。  家具の一つ一つも良いものを使っているのがひと目でわかり、申し分ないクオリティだ。  そして、奥にはガラス張りのバスルームがあり、そこにはバスローブが……。 「梨人様?」 「いや、なんでもない」  妙なことが脳裏を横切ったが、そのまま視線を窓の外に移した。 「バルコニー付き?」 「もちろんです。外に出てみましょう」  大きな窓の外には蒼い海。バルコニーに出ると、海は更に近くに感じられる。 「こうしてるだけでも癒される」 「そうですね」  外は意外にも静かで微かに波の音が聞こえ、屋敷では絶対に味わえない贅沢な時間だ。 「梨人様……」 「どうした」 「先程、何をお考えになられましか?」 「さっきって?」 「バスローブが二枚ハンガーに掛かっているのをご覧になった時です」 「べ、別に何も」  神楽坂が俺を覗き込むように見ると、ニヤリと悪い顔をした……と、同時に触れるだけのくちづけをされた。 「……っ……なっ、なにすんだっ」 「夜は一緒にお風呂に入りましょうね」 「は?! 入るわけねぇだろ!」 「そうですか。てっきり、そうだと思ったのですが」 「違う。つーか、時間なくなるからチャペル見に行くぞ」  不意打ちのくちづけもそうだけど、時々とんでもないことをやらかすから気が気じゃない。 「意外と真面目ですよね」 「お前と遊んでる暇はないんだよ。ほら、行くぞ」  開放的になりたいのは山々だけど、そうなったら多分俺は歯止めが利かなくなる。  それこそ、自制しないと部屋から一歩も出ないことになりそうで。  そんなことになったら、神楽坂がせっかく考えてくれたプランが水の泡になってしまうと思い、気のないフリをしてバルコニーを後にした。  **

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