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第4話
ホテルから少し歩いた場所に建つチャペルは、予想以上に素敵だった。
専用ビーチに建つガゼボは、やはり白を基調にしている。
「ビーチで愛を誓い合うのか……」
「リゾート婚ならではですよね」
「ただ、雨だったら台無しになるよな。台風だって多いだろ。そういう時にどうするかも考えないとな」
「雨を逆手に取ればいいんです」
「逆に楽しむってこと?」
「フランスの結婚式にまつわる言い伝えで、当日に雨が降ると〝ふたりの流す一生分の涙を神様が代わりに流してくれる〟という素敵な意味が込められているらしいです。他にも色々と策はあるのですが、また屋敷に帰ったらご説明いたします」
「なるほど。それなら、雨でも決行できるな。室内用のチャペルも、もちろん作るし、バリエーションをいくつか決めておいて、選べるようにすると更にいいかもな」
用意周到な神楽坂ならではというか、その辺はしっかりリサーチ済で、こういう時は役に立つ。
「支配人にもう少し詳しく話を聞いてみますか?」
「いや、いい。あまり聞きすぎても関係者だと気付かれてしまう」
「スーツ姿の男性二人が訪れた時点で十分怪しいですけどね」
確かに男二人で結婚式場だなんて、世間的にはおかしいと思われそうで、適当に理由を付けたけれど……。
「そろそろホテルに戻るか」
「え?! もう、よろしいのですか?」
「なんとなく雰囲気はわかったからもういい」
本音は、これ以上ここに居たら余計なことを考えそうだから。
「あの……梨人様……ご気分でも……」
「大丈夫だって。今日はもうゆっくりしようぜ」
「……畏まりました」
何かを察しているのか、神楽坂もそれ以上何も言わず、俺の手を握るとゆっくりと歩き出した。
「手……」
「もう夕方で、誰もいません」
繋いだ手から神楽坂の想いが伝わるようで、返事をする代わりにその手を強く握り返した。
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「シャンパンディライト?」
「はい。日没前後三十分間、宿泊者はホテル内の好きな場所で好きなだけシャンパンを楽しめるらしいです」
「それは嬉しいな」
「九月の日没は十九時少し前ですので、そろそろお時間かと。どちらでお飲みになりますか?」
神楽坂の問いかけに、夕食のことを考えレストランのテラス席で飲むことにした。
ロビーの前に広がるプールサイドに位置するレストラン。室内を通り、テラス席へと案内されると、程なくしてシャンパンが運ばれてきた。
「水平線に沈む夕陽を見送りながらシャンパン飲むなんて、贅沢だよな」
「そうですね。これだけでも至福の時間です」
燕尾服から正装に着替えた神楽坂がグラスを傾けながら、そう嬉しそうに呟く。
好きな男の喜ぶ顔を見れるのは、俺だって単純に嬉しい。
「至福の時間か……」
「梨人様と来れてよかったです。私は幸せ者ですね」
「大袈裟だろ。でも、たまには旅行もいいもんだ」
お互いにたわいもない話をしながら、幸せを噛み締める。こんな時間さえ尊いと思った。
その後、宮古牛と宮古島産地魚を中心とした、郷土料理を使ったコース料理を堪能して、時間はあっという間に過ぎた。
そして、そろそろ部屋に戻ろうとした時……
「連っ!」
突如、神楽坂を呼び止める男の声が聞こえてきた。
「祥太郎 ?!」
「やっぱり連だ、久しぶりだな!」
「えっと……神楽坂の知り合い?」
「大学の時の友人です」
「初めまして、坂井祥太郎 です」
落ち着いている神楽坂とは違い、第一声から明るい印象の彼に自己紹介され、俺も同じように名前を告げた。
「姫宮って、あの姫宮グループですか?」
「そうですね」
Tシャツにハーフパンツというラフな格好の所為か、物腰柔らかい口調に神楽坂より年下に見える。
「連は、姫宮さんちで何してるんだ?」
「梨人様専属の使用人として働いてるんだよ。祥太郎こそ、どうしてこんな所に」
「使用人て……執事?」
「まぁ、そんなとこ」
「なんか、凄いな。大学の頃は何がしたいかわからないっ散々言ってたお前が執事とは。俺はご覧の通り平凡なサラリーマン人生止まりだ。安月給だから、このホテルに泊まるのも一生に一度だろうな」
二人の会話を聞いていると、そこそこ仲が良かったようだ。
俺の知らない神楽坂を知る男だからといって、嫉妬するほど子供じゃない。けど、敬語を使わないで楽しげに話す姿は紛れもなく俺に向ける顔とは違う。
「梨人様、どうかなさいましたか?」
「え……」
それでも、俺への気遣いは忘れない。
それは、使用人としてか、恋人としてなのか……。
くだらないと思っても、思考はどんどんと女々しくなっていく。
「お二人でお楽しみのところ、すいません。懐かしくてついベラベラと話し過ぎました」
「いえ、お気になさらず。神楽坂、先に部屋へと戻るから、二人でゆっくりしてこいよ」
「梨人様!」
「気にするなって。坂井さん、先に失礼しますので、連をよろしくお願いします」
嫉妬ではない……と思う。せっかく久しぶりに会ったのだから、主としてこうするのは当たり前だろう。
そう自己完結し、二人を残して席を立った。
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