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第1話
「俺、お前なら余裕で抱けると思うんだよ」
「…………は?」
人間驚くと固まると言うのは本当だったらしい。
ああ、一つ勘違いしないでもらいたい。
冒頭の台詞は決して俺に向けられたものではない。
断じて違う。これだけはしっかりと否定しておきたい。
にしてもだ。
冒頭発言した黒島 奏吾 もその言葉を受けた松原 梢 も男であり、俺の親しき友人であることには間違いなく、身に走る戦慄は俺の体を硬直させた。
「いやだから――」
「いい!言うな!今のは幻聴ってことにしとく!」
松原は両手で耳を塞ぐと目までもをぎゅっと瞑った。
松原、正解だ。
その防衛間違ってない。
頼むからこれ以上変な空気にするのは止めてくれ!
夏の暑さですでに温くなった牛乳をストローから吸い上げ、何事もなかったように手にしていたパンを頬張る。
ついでに同じ空気を感じざるを得ない隣に座るもう一人の友人へと視線を向けた。
とても眠そうに箸を動かすのは笠根 静 、いつもこうして昼食を共にする友人である。
笠根は俺の視線に気付くと口の中のものを飲み込み、至極真面目な顔を見せた。
「………俺は無理だと思う。抱けない、抱けない」
「ちげーよ、馬鹿!」
思わず口と手が一緒に出てしまった。
ああ、もうコイツに空気を読めって方が無理だった。
呆れ返る俺の視界の端では、何やらセクハラ紛いのことをされている松原が映る。
…………松原、許せ。
心で十字を切ると俺は立ち上がり、屋上から屋内へと続く扉へ足を向ける。
「あ、待てよ!どこ行くんだよ!」
松原の悲痛な叫びには慈愛の眼差しを向けるしかない。
「うん、もう昼休み終わるし先戻ってる」
「待って、置いてくな!てか奏吾はくっつくなよ!」
ああ、このくそ暑い中よくもそんなくっついて平気だな……。
見てるだけで暑苦しい、いや色んな意味で。
屋内へ入り階段を下る。
思い返せばあの二人には、いや正確に言うと黒島には思い当たる節がいくつもあった。
それでも見ない振りを続けてきたというのに、あんな安直に出てくるとは……。
受験を控えた高校三年、青春真っ只中多感な時期だ。間違いの一つや二つあるよな。うん。
大丈夫だぞ、松原。俺達は何があっても友達だからな!
誰もいない廊下でグッと手を握り締めた。
「なぁーにしてんの?」
「――うわあああああ!?」
てっきり誰もいないと思っていた廊下、突然耳元から聞こえてきた声に心臓が急速に脈を打った。
振り向けば後ろを追ってきたらしい笠根が眉間にシワを寄せていた。
「声うるさ」
「び、ビックリするから急に声掛けんなよ……」
「いや何か一人の世界に入り込んでたから」
頭一つ分デカい笠根は耳が痛いと不機嫌そうに俺を見下ろす。
「何してたの?」
「松原の健闘を祈ってたんだよ」
「ああ、なるほど」
「お前も耐えられなくて逃げてきたんだろ?」
「へ?違うよー、萩 追ってきただけー」
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