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その後の諸事情4
ね?と傾げた首。それは確信犯の仕草だと思った。
「可愛いな、本当」
「それ、やめろ……可愛いとか嬉しくないっての」
「えー、事実なのに。でもそっかー、萩は俺の声が好きだったのか」
少し意外かも、なんて一人心地に呟いて少し離れた身体はぐっと空に向かって両腕を伸ばした。
空いた距離にホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、腕の落下とともに脱力した笠根の身体は傾き、あろうことか頭の着地地点は胡座をかいた俺の太腿の上だ。
「なっ、おい!」
「うーん、絶妙な硬さ。筋肉っていうより骨?萩もっと太った方がいいよ」
「余計なお世話だし、勝手に枕にすんな!」
「えー、やだ」
退けるどころか腰に回った右腕が力強く身体を引いて、俺の腹部に顔を埋めた笠根はそれはそれは深く息を吸い込む。
「萩の体温とか匂いとか全部落ち着く」
「おいってば!やめ――」
「全部、独り占めしたいな。萩の全部……早く、俺だけのものになればいいのに……」
普段よりも低く囁かれた声に、おちゃらけたような雰囲気は影すらない。でも知ってる。
この笠根の声も俺は知ってる。
あの日。あの日の夜も聞いた。声と。
『「――萩、好き」』
――重なる。
「好きだよ、大好き。俺は後どれだけ待てばいいんだろう?」
見上げてくる瞳に映る焦れた色。
それは怯えにも、欲にも見える。
「…………ずっとって言いたい」
「はは、酷いなー。そんな意地悪してるとモテないよ?」
「どうせモテないよ、俺は」
「拗ねない、拗ねない」
いつもの調子を取り戻した笠根は、再び鼻を擦り寄せると気持ちよさそうに深呼吸をする。
「…………どうせ告白されたのなんて、お前だけだし」
「んー?何?」
懐いた動物みたいだと思わず伸ばした指の間を触り心地のいい髪が凪いでいく。
「…………」
「萩ー?どうしたの?」
「…………どうせ、俺が告白すんのだってこの先お前だけになんだから……もう少し待ってろよ、ばか」
俺達の諸事情は、今日もまた緩やかに。
【SS:その後の諸事情 END】
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