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02-1.気づいた時には手遅れだったので悪役になる

 ……それにしても、悪役か。  アデラール魔法学院へと向かう馬車の中、ダニエルは考え事をしていた。  前世の知識を得たからだろうか。  元々愛想が良くない自分自身の顔が悪巧みをしているようにしか見えなかった。  なにを考えていなくとも睨んでいると思われがちな三白眼、貴族特有の色白さ、それから愛想の悪さは努力ではなんともならないだろう。愛想よく笑ってみようと練習をした結果、今にも人を呪い殺しそうな顔にしかならなかった。  ……悪役一家とか言われたよなぁ。  実際は悪には手を染めたことがない珍しい貴族だ。  ベッセル公爵は領民から愛されている領主であり、その妻である公爵夫人も領民の憧れの存在だ。その子どもたちも領民からは可愛がられている。  ……まあ、確かに、ゲームではろくなことをしてなかったけど。  彼らの欠点は子どもたちを溺愛していたことなのだろう。なにをしても許されてきたアーデルハイトは我儘な令嬢に育った。妹を溺愛する兄のダニエルはアーデルハイトの我儘をなんでも聞いていた。その結果、ヒロインと敵対をすることになり、彼らは破滅の道に進んでいくことになる。  ……アーデルハイトの我儘には弱いんだよなぁ。  アーデルハイトは可愛い。  アーデルハイトを婚約者にしておきながらも他の女性に現を抜かした第一王子がすべての間違いなのだと、ダニエルは言い切ることができる。それは前世の知識を得た今でもなにも変わらないことだった。  ……だから、どうしようもねえよな。  気づいた時には手遅れだった。  それならば、悪役として上手く立ち回るしかないだろう。  ……証拠を残さねえように上手く立ち回ればいい。どうせ、悪役ならそれらしく振舞ってやろう。ゲームの知識があるし、なんとかなるさ。  ダニエルは馬車の中で心に決めた。 * * * 「――意味わかんねえんだけど」  アデラール魔法学院の学生寮に到着をしたダニエルは大げさなため息を零した。学生寮は家格によって部屋の大きさが異なる。公爵子息であるダニエルは当然のことながら一人部屋が割り振られていたはずだった。 「なんで、お前が、俺の部屋にいるんだよ。出ていけ」  ダニエルの部屋には既に先客がいた。  長期休暇に入る前まではその先客、フェリクス・ブライトクロイツにも一人部屋が与えられていたはずだ。ブライトクロイツ公爵家の一人息子を相部屋にしようと企む教授はいないだろう。そうなると、ダニエルの部屋に荷物を入れたのはフェリクスの意思となる。  露骨に嫌そうな表情を浮かべ、わざとらしく声を低くして威嚇をするダニエルに対し、フェリクスは素知らぬ顔で紅茶を飲んでいた。 「おい。屑野郎。聞こえてるんだろ」  ここはダニエルの部屋で間違いはない。  長期休暇に入る前に部屋に置いていた荷物はそのままだ。愛用している家具も変わっていない。そこにフェリクスの荷物が追加されていなければ、休暇前となにも変わらなかったことだろう。 「おい、お前、なにか聞いてねえのか」 「もっ、申し訳ございません、坊ちゃま。す、すぐに確認をいたします……!!」 「は? ……おい、待て! この状況で俺を置いていくんじゃねえっ!」  ダニエルの荷物を運んできたベッセル公爵家の使用人を睨みつけるが、彼も事情を知らないらしく慌てて確認をしてくると言い残し、部屋から飛び出ていった。 「ベッセル公爵家の坊ちゃんは一人じゃなにもできねーのかよ。使用人に置いて行かれてすげえ顔してるぜ? ダニエル坊ちゃん」  ようやく口を開いたフェリクスはダニエルを挑発するような言葉を並べる。  彼らはギルベルト王国を支える公爵家の生まれだ。家格が同じ者同士なのも原因の一つではあるのだろうが、好青年のように見えるフェリクスと不愛想な悪役面のダニエルはなにかと比べられてきた。悪役面から恐れられることが多いダニエルに対して、躊躇なく喧嘩を吹っ掛けるフェリクスは正義の味方のように扱われるのが、ダニエルは不快で仕方がなかった。 「座れよ、ダニエル。紅茶が冷めるぞ?」 「……誰がお前が入れたものなんて口にするか」 「信用ねえなぁ。これから一年間、同じ部屋で過ごすのにそんな態度だと疲れるだけじゃねえの?」 「同じ部屋? 冗談だろ。ここは俺の部屋だ、お前はお前の部屋に戻れ」  ダニエルはフェリクスから少し離れたところに置いてあるソファーに座る。意地でも彼が使っているテーブル付近には近づきたくなかったのだろう。  ……冗談じゃない。  世間では好青年だと評価されているフェリクスの本性を知っている。  現役騎士団長の息子であり、代々騎士団を率いてきたブライトクロイツ公爵家の嫡男。少々短気なところはあるものの、それも強い正義感によるものだと言われ、学生の身分でありながらも、近い内に王太子に任命されるだろうと噂されている第一王子の側近の一人に選ばれている。なにをしても男前でかっこいいと男女ともに人気を集めているフェリクスだが、それは一面でしかないことをダニエルは嫌になるほどに知っていた。  ……何をされるかわかったもんじゃねえ。  ギルベルト王国では同性婚が認められている。それは王国だけの特例ではなく、近辺の国々はどこも異性婚だけではなく同性婚も認めており、中には異種族との婚姻も問題がないとされている国もある。ダニエルはそれに違和感を抱いたことはなかった。生まれた時からそのような環境だったのだ、そういうものなのだと思って育ってきた。  しかし、前世の知識を手に入れたからこそ、その理由もわかってしまう。  乙女ゲームの補正と呼ぶべきか。  所詮、ご都合主義というものがこの世界には働いているのだろう。  ……今までの俺とは違うんだよ!  ダニエルには乙女ゲームを通じてのこの世界の知識がある。  今までは回避することができず、フェリクスの思い通りになっていたことも事前に手に入れている情報を駆使すれば避けることも可能だろう。所謂、イベントを回避することができれば、待ち構えている破滅も避けられる可能性が上がる。 「坊ちゃまああ! 確認をしてまいりましたところ、フェリクス・ブライトクロイツ公子と同室となっておりました!」 「ふざけんな! なんでそうなるんだよ!!」 「ひぃ! 申し訳ございません、坊ちゃまっ!」 「父上を通じて抗議をしろ。俺はフェリクスと同室なんて認めない!」 「そ、それが、旦那様も同意の上とのことでして……! ひぃっ、ぼ、坊ちゃま、風が、風が強いですっ! 魔力を抑えてくださいませええっ!」 「はあ? ふざけんな。俺は聞いてない。同意してない。今すぐ父上に抗議をしてくる」  ダニエルの表情は険しく、ソファーから立ち上がるとすぐに部屋から出ようとした。しかし、恐怖からか、体を震わせながらも使用人は必死に止めようと立ち塞がる。それに痺れを切らしたのか。ダニエルの身体からは魔力が漏れ出し、それは徐々に威力を強めていく。 「落ち着けよ、ダニエル。抗議しても無駄になるだけだぜ?」 「……言ってみなければわからないだろうが」 「いやいや、無駄だって。なんせ、お前の可愛い妹ちゃんの提案だからな」 「アーデルハイトが? ……なぜ、お前がそれを知っている」  ダニエルの標的はフェリクスに変わった。

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