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01-8.乙女ゲームのヒロインと遭遇する
「……んんっ」
遠慮なく口内を弄ぶフェリクスに対し、ダニエルは必死になって応じようするが、次第に息が荒くなっていく。舌を絡められたと思えば、今度は上に下にと動かされる。まるで吸い尽くされるかのようなキスにダニエルは翻弄されていく。
ダニエルの手がフェリクスの頬から離れたことにすらも気づいていないのだろう。力が抜けたかのようにダニエルの腕は下に降りていき、フェリクスの服を掴む。縋りつくような姿勢のまま、それでも、キスを拒むことはなかった。
「ん……っ」
ダニエルの口元から、どちらのものかわからない唾液が零れる。
目を瞑りながらも必死に応じようとするダニエルとは対照的にフェリクスの目は開けられたままだった。何度、繰り返しても初心な反応を示すダニエルの様子を見逃さないと言わんばかりの表情をしていることに彼らは気づいていないのだろう。唾液が混ざり合ういやらしい音を立てながら、互いの存在を確かめ合うかのような激しい口付けを交わし続ける。
不意に唇が離れた。
その隙を逃さないようにダニエルは息を吸う。
「可愛いなぁ、ダニエル」
フェリクスは再び唇を合わせようとしたが、ダニエルは頭を横に振り、拒んだ。
人通りの少ない通路とはいえ、食事を終わらせた生徒の声は届く。中には学び舎に向かう為の近道として通り抜けようとする生徒もいるだろう。
ダニエルはその音に気付いたのだ。
乱れる息を整えながら、ダニエルはフェリクスを睨みつける。
「……だから、時間がねえんだって言ってるだろ」
口元を拭う。
色気のない仕草だが、フェリクスには誘っているように見えたのだろうか。ダニエルを隠すかのように強く抱きしめる。抵抗しようとするダニエルの身体に主張する自身を押し付けると、ダニエルは顔を真っ赤にした。
「な、なに考えてるんだよ! この屑野郎!」
「ヤりてえなぁって」
「バカじゃねえの!? 昨日、あんだけヤったのに足りねえのかよ!?」
「誘っておいて、それはねえだろ」
「誘うわけねえだろ! バカ!」
「真っ赤になっても説得力ねえなぁ?」
「赤くなんかなってねえ!」
フェリクスの言葉に対し、更に頬が赤くなる。
楽しそうに笑うフェリクスの余裕そうな表情も気に入らないのか、ダニエルは目を細める。普段よりも目つきが悪くなり、威圧感も出るのだが、フェリクスは気にした素振りもない。
「遊んでる暇はねえんだよ! アーデルハイトが――」
「もう遅せえよ」
「は? 止めても無駄だからな。俺は妹を見捨てるほど非道にはなれねえから」
「いや、時間がねえって。授業を妨害するつもりか?」
「……お前のせいだろ」
「否定はしねえけど。止まんなくなるんだから仕方ないだろ?」
「止めろよ、変態」
「拒絶もしねえくせによく言うよなぁ」
近くには時計がない為、正確な時間はわからない。しかし、生徒の声が遠ざかっていくことを思えば、今からアーデルハイトを探しても間に合わないだろう。
私情で授業を妨害するわけにもいかない。
フェリクスはダニエルを抱きしめていた腕を緩め、少し、後ろに下がった。
「教室に向かうか? それとも、セックスする?」
「バカじゃねえの。気持ち悪いことを言ってんじゃねえよ」
「はは、酷いなぁ。ヤりてえのに我慢しろって?」
「当たり前だ。朝から盛ってんじゃねえよ」
「え? 朝じゃねえならいいのか?」
ダニエルは歩きだす。
それに合わせるようにフェリクスも歩くが、ダニエルの返事を催促するかのように何度も頬を突く。それに対し、鬱陶しいと言わんばかりにダニエルは大きく腕を振って妨害をする。
「なぁ、我慢をするんだからご褒美はねえの?」
「ねえよ。勝手に盛ったお前が悪い」
「釣れないことを言うなよ。なあ、ダニエル、いいだろ?」
「……はぁ。なんでこんな屑野郎に惚れたんだか」
「全部だろ? くだらないことを言ってんなよ」
「うるさい。調子に乗るな」
何を言ってもフェリクスは上機嫌だった。
秘密を共有したからだろうか。それとも、珍しく素直になるダニエルの告白が嬉しかったからだろうか。どちらにしても上機嫌なフェリクスは引くことをしない。
「……まあ、気が向いたら相手をしてやる」
結局、ダニエルが折れるしかないのだ。
同級生たちの姿が見える。食事を済ませたまま、寮の隣に建てられている学び舎に向かう生徒は少なくはない。その為に鞄を持参してきているのだ。
癖でネクタイを緩めようとした手が止まる。
首筋に残っている噛み痕は昨日の行為を思い出させてしまう。その痕跡を悟らせない為、渋々、制服を着崩していないことを思い出した。
「見ろよ」
「なんだよ」
「ユリウスだ」
「殿下? ……あれがギルベルト王国の第一王子殿下? 挙動不審な頭のおかしい生徒だろ?」
「言ってやるなよ。まあ、俺も思っていたけどさ。あの髪色をしてるのは学院の中ではユリウスだけだろ? 見間違いじゃねえぜ?」
「……まあ、そうだろうな」
「不服そうだな」
「当たり前だろ」
玄関の付近を行ったり来たりしているユリウスの姿は目立っていた。
隣を通り過ぎていく生徒は早足になっており、目を合わせないように立ち去っていく。彼らは口を揃えて、この様子を知らないと言い切ることだろう。それほどに怪しい行動だった。
……なにをしているんだよ。
誰かを探しているようにも見える。
頭を抱えるような仕草を繰り返し、ため息を零し、周囲を見渡している。
……通りたくねえなあ。
玄関は一つだけである。
ユリウスの隣を通らなければ学び舎には向かえない。
「なにやってんだよ。授業に遅れるぞ」
「フェリクス!」
「怒るなよ。声をかけられるのは俺たちくらいだろ?」
「ルーカスに押し付けておけばよかっただけだろ!」
「バカだなぁ。あの生真面目がこの時間に寮にいるわけねえだろ?」
「それなら俺たちも放っておけばよかっただろ!」
「はは! 目の前で言ってやるなよ。可哀そうだろ」
フェリクスの声にユリウスは反応をした。
真っ青な顔をしていた。しかし、縋るような表情ではなく、厄介な奴に見つかったとでも言いたそうな表情だった。
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