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02-1.「お前のせいで台無しだ」と言ってやりたい
「……ダニエル」
ユリウスの目は泳いでいた。
言い訳を探しているかのような表情を浮かべる彼の様子に違和感を抱く。ユリウスにとって婚約者の兄であるダニエルとの付き合いはそれなりにある。公爵家の次男であるダニエルはユリウスの良き友人でもあった。
……違和感がある。
食堂での様子を思い出す。
ユリウスは自分自身の行動が間違っているなどと思ってもいないだろう。その言動によりアーデルハイトを傷つけていたと自覚をすることがあったとしても、それを謝罪するような性格ではないこともよく知っていた。
……婚約者の兄に対して言い訳でもするつもりか?
保身に走る性格でもないだろう。
ダニエルはユリウスの意図を掴むことはできなかったが、抱いてしまった違和感を勘違いだと切り捨てることもできなかった。
「アーデルハイトには、会ったかい?」
力のない声だった。
しかし、ダニエルはその問いかけに対して首を横に振った。
「いいえ。寮内を探しましたが、妹を見つけることはできませんでした」
アーデルハイトを追いかけるつもりが、他のことで時間を潰してしまったとは口が裂けても言えない。ダニエルは真顔で嘘をついた。フェリクスもそれに合わせるかのように頷いている。
彼らの白々しい態度をユリウスは見抜けなかった。
落ち込んでいるかのような仕草をするユリウスは力のない足取りでダニエルたちとの距離を縮める。
「彼女は酷く怒っているだろうね……」
「お言葉ですが、殿下、アーデルハイトの怒りを買うことになるとご自覚されていた上での行動ではなかったのでしょうか? 妹は殿下のことを慕っております。その気持ちを知っているのにもかかわらず、他の女性を庇われたのでしょう?」
「……そうだね。その通りだよ」
「さようでございますか」
「君も怒っているのかい? ダニエル」
「妹を無碍にされて喜ぶ兄はいないでしょう」
ユリウスは縋るような表情でダニエルの手を掴もうとするが、フェリクスに止められた。従兄弟という間柄からなのか。フェリクスはユリウスの行動を拒むことがあった。その多くはダニエルに近づくことを邪魔するものであったのだが、今回の行動にはダニエルも安堵していた。
「あの時はそうするしかなかったんだ。わかるだろう?」
「平民を庇う為にはアーデルハイトを傷つけるのは仕方がないとでもおっしゃられますか? それならば、アーデルハイトに対して同情的な態度をとるのをお止めいただきたいものですね」
「そういうわけじゃないよ。ただ、怒らせてしまったから、宥めるべきだろう?」
「子どもの癇癪のような扱いならば思い直すべきですよ。妹はそのような単純なものではありませんので」
「厳しいことを言うんだね」
「妹を傷つけられた意趣返しだと思っていただければ」
「うん、そうだね。……そういうものなんだろうね。僕は二人の信頼を失くすような行動をしてしまったから。君たちの怒りは正しいよ」
ユリウスの言葉に対し、ダニエルは口を閉ざした。
意味のない言い訳を聞くつもりも、ダニエルの考えを押し付けるつもりもない。ただ、アーデルハイトに対する態度には不満を抱いていた。
……ゲームでも現実でも、こればかりは変わんねえな。
現時点ではアーデルハイトはユリウスに疎まれているわけではないだろう。
しかし、平民であるクラリッサを見下すアーデルハイトとユリウスは衝突をすることになる。それは食堂でのやり取りを思い出す限りは避けられそうにもなかった。
「だから、大事なものを見失うなって言っただろ?」
「見失ってなんていないよ。僕は間違ってはいなかったと、思っている」
「あっそ。それなら問題ねえだろ」
「それとこれは違うと思うけど? フェリクス。従兄弟とはいっても僕の行動を制限することはできないはずだよ」
「婚約者がいるのに他にも手を出す節操なしを警戒するなって? それこそ、従兄弟でも許されねえ冗談だろ」
ユリウスの手を払い除けた。
それから自分から声をかけたことを忘れてしまったかのようにフェリクスは笑う。
「婚約者を優先するべきだったと思わねえのか?」
「聖教会を敵に回すようなことをするべきではないよ。王国にとっての優先順位は公私混同するべきではないのは常識だと思うけどね」
「あの女と教会に繋がりがあると?」
「教会が認定をした聖女候補だよ。異世界の聖女の声が聞こえているのは彼女だけだ。僕は王家の人間として相応しい態度を示したと思うけど」
「ふうん。お前がそう思うならそうすればいいじゃね? 俺たちには関係ねえ話だ」
「関係ない? よく言ったものだね。公爵家の人間である君たちも関わるべきなのに」
ユリウスは眉を潜めた。
国民の多くは聖教会の教えを信じている。そして、聖教会が認めた数十年以来の聖女候補の一人がクラリッサである。いずれは王太子に任命されるのではないかと言われているユリウスがクラリッサを自分自身の派閥に取り込みたい気持ちもわからなくはなかった。
「平民を派閥に取り込むつもりか?」
「まさか。身分関係なく友人関係を築くことは悪いことではないだろう? それなのに、派閥に取り込むなんて大げさな表現はしないでくれよ」
聖教会の支持が厚くなれば、王太子に選ばれる可能性は格段に上がる。
それはベッセル公爵家の後ろ盾を失うことになったとしても、手中に収めておくべきものだ。その思惑はあるのだろう。
「……友人関係ならばベッセル公爵家は口出しをしないでしょうね」
「ダニエル。お前、それでいいのかよ」
「意外そうな顔をしないでくれ」
「いや、怒ってただろ?」
「怒っているのに決まっているだろ。だが、俺の個人的な感情と公爵家の判断は違う。……殿下、貴方がアーデルハイトとの婚約を無碍にするような行動がなければ容認することでしょう」
目が合った。
ユリウスは当然のように話をしているものの、ダニエルの言葉に心当たりがあるのか、静かに目を反らした。
「俺たちは先に行ってるぜ、ユリウス。お前はどうするんだよ」
「……僕はアーデルハイトを探さないといけないからね」
「寮内にはいねえかもしれねえぞ」
「そうだね。君たちが探しても見つからなかったのだろう? でも、僕は寮内にいるような気がするんだよ」
「勘だろ?」
「うん。でも、こういう時は直感に頼るべきだと思うんだ」
「ふうん。まあ、お前のことだ。好きにしろよ。俺たちには関係ねえから」
フェリクスはダニエルの手を握り、歩き始める。引っ張られる形となったダニエルは反射的に振りほどこうとするのだが、手を大きく振るうだけで離れない。
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