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02-2.「お前のせいで台無しだ」と言ってやりたい
「君たちは仲が良くて羨ましいよ」
ユリウスの言葉に対し、ダニエルは困ったような表情を浮かべる。
誰と比べられているのか、わかってしまった。しかし、仲を良くしたいと思っているのならば、ユリウスがアーデルハイトの逆鱗に触れるような真似をするのを控えれば良いだけの話だ。彼だってそのことには気づいているだろう。
「教授には上手く誤魔化しておいて。僕はアーデルハイトを探してから行くよ」
「あっ、殿下――」
ユリウスは玄関と反対方向に向かって歩いていく。
それに対してダニエルは声をかけようとしたのだが、踏み止まった。
……引き留めたとしても何もできない。
乙女ゲームのヒロインであるクラリッサとは、出来る限り接触を避けることを決めた。それは自分たちを守る為の手段の一つだった。
……殿下の行動を見守ろう。
それがアーデルハイトを傷つけるのならば、ダニエルは行動に移すだろう。
「……言ってやればよかったじゃねえか」
「殿下の様子は普段とは違っていたのに言えるわけがないだろうが」
「あ? ……言われてみれば、なんか違ったな」
「気づいていなかったのか!?」
「おぉ、変な行動をしているとは思っていたが。妹ちゃんが絡むと変な行動をするのは初めてじゃねえだろ?」
その言葉に思わずため息を零す。
……これだから直感だけで生きている奴は……!
根拠はなかったのだろう。
ただ、なんとなく感じたものをそのまま言葉にしていただけだ。
* * *
魔法に関する授業は頭が痛くなるような内容ばかりだった。知識を頭の中に叩き込むような座学はあまり得意ではない。
今、ダニエルは午前中の授業の退屈さから解放されたと言わんばかりに生き生きとしていた。午後は実技を主体とした授業の為、外で行われる。伸びをするダニエルの行動に甲高い声をあげて喜んでいるのは、初めての合同授業で興奮を隠しきれていない一年生たちだった。
「人気者だな」
「お前もだろ、フェリクス」
「あー。婚約者はまだいねえからなぁ。一年には狙い目に見えるんだろ」
「そりゃそうだろ。俺だって同じように見られている」
「はは、こればかりは嫉妬しねえぜ?」
「知ってる。嫉妬をされても困る話だろ」
お互い様だと言い合う姿を見ても新入生たちの視線と声は止まらない。
公爵家の人間でありながらも婚約をしていないのは珍しいことである。卒業と同時に結婚をする者が多い貴族にとっては貴重な存在のように見えていることだろう。特に彼らの関係性を知らない新入生たちには輝いて見えている可能性もある。
学年ごとに決められている運動着の為、ダニエルの首筋には傷を保護する為のガーゼが張られている。騎士団の隊服を基礎として作られた服装の為、露出は制服よりも少しだけ増えたくらいなのだが、激しい動きの際に服装が乱れることを考慮した結果だった。
噛み痕を隠す為には仕方がなかったことではあるのだが、そのせいで余計な注目を浴びていることには気づいていないのだろう。フェリクスは腕や背中に残る赤い痕を隠す素振りも見せていない。
「ネクタイがねえから楽そうだなぁ」
「当たり前だろ。あんなもの息苦しくて仕方がない」
「普段は緩めてるもんな?」
「それがどうした。これだって息苦しいくらいだ」
「貴族らしい格好嫌いだよなぁ。俺たちみたいな貴族主義者の為に騎士団の隊服風に作られたってのにさ。お前には迷惑な話だったな」
「あぁ、本当にそう思う」
ダニエルは堅苦しい服装が好きではなかった。
貴族らしく様々な装飾を身に着けることは嫌いではないが、首元が締め付けられるようなものは苦手だ。心当たりはないのだが、息苦しくて仕方がない。
「ダニエル様ぁっ!」
「こちらを向いてくださいませ!」
「ダニエル様!!」
甲高い声が聞こえる。
思わず、眉を潜めてしまう。何度も名前を連呼されたことすらも不快に思っていることに彼女たちは気づいていないのだろう。
「鬱陶しいな」
視線を少しだけ向ける。
頬を赤くする一年生たちは自分たちに視線を向けられたことを好意的に捉えたのだろう。興奮したかのような高い声をあげていた。
「キャアー! ダニエル様ー!」
「ちょっと、ダニエル様はわたくしを見てくださったのよ!?」
「いいえ、わたくしですわ!」
「ちょっと騒がないでくださりますか!? ダニエル様の美しいお顔が曇ってしまわれるでしょう!」
「貴女こそ! ダニエル様はわたくしを見つめてくださったのよ!!」
その声に対して、ダニエルは嫌そうな顔を向けた。
それから視線をフェリクスに戻す。フェリクスもその声に対して不満そうな表情を浮かべており、何かを考えている様子だった。
「……フェリクス」
「なんだよ」
「静かな場所に移動するぞ。頭が痛くなってきた」
「お前、苦手なのに見るからだろ。肩、貸すか?」
「いらねえ」
「意地を張るなよ」
「うるせえ。不格好になるんだよ!」
「あぁ、チビだもんな」
「お前の背が高いだけだ! 俺は平均よりは高いんだからな!」
フェリクスの胸に頭を押し付ける。
頭突きをするような仕草をするダニエルに対して、フェリクスは笑っていた。
「悪い、悪いって。はは、くすぐってえ」
「うるせえ」
「はいはい。ほら、行こうぜ?」
フェリクスはダニエルの肩に腕を回す。
それから、ダニエルにユリウスとマーカスが話している方向に歩くように促してから、ずっと騒いでいる一年生たちに視線を送る。
「おい、どうした?」
「なんでもねえよ」
「あっそ。……なんだ、静かになったな」
「妹ちゃんの顔でも怖かったんじゃねえの?」
「アーデルハイトが? 騒がしいのは好きではないが、この程度なら怒らないだろう」
「はは、どうだろうなぁ」
フェリクスの殺気交じりの視線が恐ろしかったのだろう。
先ほどまでは騒いでいた一年生たちは身を寄せ合い、震えていた。ダニエルはそのことには気づいていないようで首を傾げた。
……静かになるのは良いことだが。
騒がしくなるよりはこのままの方が良い。
促されるまま、ユリウスたちがいるところに歩いていく。
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