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02-3.「お前のせいで台無しだ」と言ってやりたい
「ユリウス。妹ちゃんとは仲直りができたか?」
フェリクスの言葉は嫌味ではないのだろう。
ユリウスたちが話をしているところに向かっている最中からダニエルも気づいていたことだった。ユリウスの隣には不機嫌そうな表情をしながらも、アーデルハイトが立っていた。新品の運動着にはアーデルハイトがメイドたちに命令をして付けさせていた装飾が付けられている。
「そうだといいのだけどね」
「はは、なんだ、出来てねえのかよ」
「まあ、そうかもしれないね。傍にはいてくれるのだけど、話しかけても返事をしてくれないんだよ。ねえ、アーデルハイト。ダニエルが来たけど、彼のところに行くかい?」
ユリウスの問いかけに対して、アーデルハイトは無言を貫いていた。
言葉には発しないものの、身体は素直のようでユリウスの傍にいたいと主張するかのように彼の服を掴む。その姿にユリウスは目を見開いたものの、意図に気付いたのか、少々照れくさそうな表情になる。
「ダニエル君、貴方の妹でしょう。言い聞かせてください」
「は? なにを?」
「一年生の持ち場に戻るように説得をしてください。これでは授業が始められないでしょう。教授たちを困らせるのは貴方たちだけで充分なのですから」
「一言多いんだよ、生真面目野郎」
ルーカスの言葉に対し、ダニエルは面倒そうな表情を浮かべた。
一年生であるアーデルハイトがこの場所にいては授業が始まらない。それは事実である。しかし、縋りつくようにユリウスの傍にいるアーデルハイトを引き離すのは心が痛んだ。
「……アーデルハイト。三年の授業を受けるわけにはいかないだろ」
「わたくしは許されるのならばお兄様たちの授業に参加をしたいと思いますわ」
「許されるわけがないだろ。なによりも危険すぎる行為は認められない」
「危険な行為などありませんわ。学院では生徒の安全がなによりも重要視されることを知っておりますもの」
「重要視されることがすべてはないだろ」
「お兄様も、わたくしにあのような低俗な人々の中に入れとおっしゃりますの? わたくしには耐えがたいことですわ」
アーデルハイトは頬を膨らませる。
先ほど、周囲の目を気にすることもなく、騒いでいた生徒たちの輪の中に入っていくアーデルハイトの姿が想像をすることができない。しかし、そのような行為は恥だと考える生徒もいるだろう。
貴族とは常に上に立つ人間である。
ベッセル公爵家の令嬢であるアーデルハイトのお気に入りになろうとする同級生は大勢いるはずだ。
「アーデルハイト、俺たちの授業内容を知っているか?」
聞く耳を持たない態度を貫いていたのだろう。
それでも、敬愛する兄のダニエルの言葉を無視することはない。ルーカスたちがそれに期待をしていることには気づいていた。
「公開模擬戦を行うことになっている。一年生は安全な場所で見ることになっているのは、それなりに危険が伴うからだ。アーデルハイト、俺の魔法は知っているだろう? 近くにいるのならば巻き込みかねない。だから、離れたところで見ていてくれないか?」
なによりも生徒の安全が重要視されているのは事実である。
しかし、魔法だけではなく武器の使用も許可されている公開模擬戦はそれなりに危険が伴う。その為、最高学年である三年生のみ実施されている訓練の一つだ。
「それは、お兄様も参加されるのですか?」
全生徒が対象ではない。
三年生の中でも希望者のみが実施される訓練である。それを希望しなかった生徒は邪魔にならないような場所に集められ、与えられた課題に取り組むことになる。アーデルハイトは不安そうな表情を浮かべていた。
「当然だ。待ちに待った模擬戦に参加しないわけはずがないだろ」
「お兄様が好戦的な性格をなさっていることは、わたくしも存じ上げておりますわ。ですが、先日も体調不良を起こされていたと耳にいたしました。激しい運動はまだ控えるべきではないのでしょうか。首元のお怪我もまだ治っておられないのでしょう?」
「心配はいらない。大した怪我ではないからな」
「大切なお兄様の身になにかがあってからでは遅いのですわよ。殿下にも辞退をなさるように申し上げておりますのに聞き入れてくださらず……。殿方というのはどうしてこのように好戦的なのでしょうか」
アーデルハイトはため息を零した。
ユリウスの言葉と矛盾をしている。ダニエルはその真意を問いかけるようにユリウスに視線を向けると、彼は気まずそうに目を反らした。
……都合良いように言っていたのか。
嘘が悪であるとは言わない。
しかし、くだらない保身の為に嘘を吐くのは褒められた行動ではない。
「殿下とは口を利いていないのでは?」
「わたくしは辞退をなさってくださるまでは殿下のお言葉に反応をいたしませんとお伝えをいたしました。わたくしのことを気になさってくださっているのならば、私の願いの一つくらいは叶えてほしいと我儘を申しましたの」
「なるほど。そういうことか」
「お兄様からもご忠言なさってくださいませ」
「それは難しいだろうな」
「どうしてですの?」
「殿下のお気持ちを優先するべきだろう。アーデルハイト、お前も婚約者と自覚をしているのならば持ち場に戻れ。婚約者なら応援をしてやるべきだろう?」
アーデルハイトは不服そうな表情をしていた。彼女を慰めるようにダニエルはアーデルハイトの頭を撫ぜる。幼い頃から妹が不貞腐れるとそうやって慰めてきたのが癖になっているのだろう。
「妹ちゃんの応援を取られていいのかよ?」
「……仕方がないだろう。殿下には花を持たせるべきだ」
「嫌そうな顔をしてるけどなぁ」
「うるさい」
「はは、妹離れをする絶好の機会になるだろ?」
「ありえないな。むしろ、遠ざかるだけだろう」
フェリクスの言葉に対し、アーデルハイトは首を傾げた。
……まさか、対戦相手を知らないのか?
相手を把握しないまま、公開模擬戦を辞退するように迫っていたのだろうか。
「フェリクス公子、わたくしはお兄様の応援もいたしますわ。ご辞退をされないとおっしゃられるのならば、勝利を願うのは当然のことでしょう?」
「はは、まじかよ。妹ちゃん、対戦相手の把握もしてねえの?」
「必要はないでしょう。わたくしが応援をするのは殿下とお兄様だけですもの」
「だからそれが無理なんだって。まあ、引き分けをすればありえるけどさぁ」
「フェリクス。アーデルハイトをからかうような言動は止めろ」
「へいへい、わかってるって」
再び、フェリクスはダニエルの肩に腕を回す。
それから距離の近さを主張するかのような仕草をとるが、ダニエルは反応を示さない。アーデルハイトも不快そうな表情を浮かべているだけである。
「アーデルハイトは知らなかったんだね? 僕の対戦相手はダニエルだよ」
その言葉を聞き、アーデルハイトは目を見開いた。
それからユリウスの腕を離し、慌てて、見上げる。本当なのかと問いかけているようにも見えるのは気のせいだろうか。
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