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02-4.「お前のせいで台無しだ」と言ってやりたい
「可愛い婚約者の為にも勝ってみせるから。だから、戻ろうね?」
「はい、殿下。殿下の雄姿を見させていただきますわ」
ユリウスの甘い言葉に気を許したのだろうか。アーデルハイトはお辞儀をしてから一年生が待機をしている場所に向かった。公爵令嬢である彼女が席を外している状態のまま、授業を開始することができなかったのだろう教授がユリウスたちに頭を何度も下げていた。
「……ということだから、ダニエル。手を抜いてくれるね?」
「いえ。全身全霊をもってお相手をさせていただきます」
「そういう冗談はいらないよ。アーデルハイトには良いところを見せたいんだ。協力をしてくれるだろう?」
「自力で勝利を掴まなければ意味がないでしょう」
「どうして、そういうところだけは真面目なのかな?」
「手を抜いてもアーデルハイトには見抜かれるだけですので。殿下の評判を落とさない為にも俺は全力を尽くしたいと思います」
ダニエルの言葉に対して、ユリウスはため息を零した。
彼も本気で手抜きを希望したわけではないだろう。僅かな可能性に縋りつくような気持ちだったのだろう。
「わかったよ、ダニエル。正々堂々と勝負をしよう」
「よろしくお願いいたします、殿下」
……ゲームのイベント通りに進むのか、わかんねえけど。
三年生の公開模擬戦は乙女ゲームの序盤で行われる公式イベントの一つだ。
前世の記憶を頼りにしているとはいえ、実際にゲームを通じて経験しているイベントは多くはない。前世では姉がネタバレを口にしていたものの、実際には最後までやり遂げていない。
ダニエルが知っているのは複数に存在する結果の一つである。
それが乙女ゲームを基準として進むものなのか、それとも、この世界で生きる者たちが基準で進められていく結果なのか。その区別をするのは難しい。
……勝敗関係なくヒロインが割り込んでくるはず。
乙女ゲームの中心人物はヒロインであるクラリッサだ。
彼女はどのような状況だったとしても関わってくる。
* * *
「これより、ユリウス・ギルベルト第一王子殿下とダニエル・ベッセル公子の公開模擬戦を執り行います。両者ともに武器を構えてください」
公開模擬戦は時間制限を付けて行われる。
教授の目が行き届くように一組ずつ行われた為、見学をしている三年生や一年生の期待を込められているダニエルたちが最終試合に選ばれたのである。
……フェリクスとマーカスには何もなかった。
先の試合で模擬戦を行った二人はかすり傷をしたものの、簡易的な処置だけだった。見学席に座っているフェリクスの応援の声に応えるようにダニエルは愛用している杖を握りしめる。
……あの女が行動を起こすのならば、俺たちの時だ。
既にクラリッサはユリウスに対してアプローチをしている。
好感度が存在をしているのならば、現時点ではユリウスが飛びぬけているのだろう。それならば試合終了後に行動に移す可能性は高い。
……それなら、悪役らしく戦って勝ってしまおう。
ユリウスの勝利を条件とした聖女覚醒イベントが存在していた。
その前提を崩してしまえば、なにかが変わるかもしれない。
「剣はいいのかい?」
「剣術はあまり得意ではないので」
「そうだったね。僕は遠慮なく使わせてもらうけど、問題はないね?」
「問題はありません」
ユリウスは大きな剣を構える。
代々王家の人間に与えられている特注品だ。権力を示すかのように装飾が施された実践向きではない剣を選んだのは自惚れだろうか。
「試合、開始――!」
教授の声と共にユリウスは地面を蹴り、ダニエルとの距離を縮める。
ダニエルはその動きを読んでいたかのように杖に魔力を集中させる。
「【吹き飛ばせ】【巻き上げろ】【我が身を守れ】!」
三連続で魔法を発動させる。
ダニエルが使用する風属性の魔法の呪文は省略をされている。発動の基本条件となる詠唱を短くするのには凄まじい集中力と才能が必要となる。魔力も通常の呪文の二倍消費し、威力は三倍以上に膨れ上がる。
吹き荒れる暴風は土を巻き上げ、小さな竜巻をいくつも作る。それらは意志を持っているかのようにユリウスだけを狙って動き回る。ユリウスはその竜巻を慣れた手つきで魔力を宿した剣で切り裂いていき、ダニエルとの距離を縮めてくる。
「【浮かせ】」
ユリウスの剣が振り下ろされた。
それを待っていたかのようにダニエルは宙に浮かんだ。
「【水の聖霊よ、その力を貸し与えたまえ。硬き守りを打ち砕く水の刃と成れ!】」
剣先は地面に触れる。
ダニエルが回避をしたことを悟ったユリウスは呪文を唱える。空気中の水分は次第と刃の形となり、空中にいるダニエルに向かっていくが、ダニエルを守る半透明な風の壁に衝突し、水滴となって地面を濡らす。
「【光の聖霊よ、その力をもって我に勝利を与えよ】」
「【吹き飛ばせ】」
「【稲妻を鳴り響かせ、我に勝利を与えよ】!」
ユリウスの呪文を妨害する為、ダニエルは魔法を空に放つ。
すると、ユリウスが召喚をした雷雲は次々に吹き飛ばされていく。標的のいない場所で雷鳴を鳴り響かせる音を聞き、ユリウスは眉を潜めた。
「【光の聖霊の加護を与えられし剣よ。敵を撃ち滅ぼせ】」
それはユリウスが扱うことができる光属性の魔法の中でも最大規模の魔法だった。剣先から光線が放たれる。空中にいると標的にされるだけだと判断をしたダニエルは急いで地面へと非難をする。そして、自身の髪を数本切り、空中に投げ捨てる。
「【吹き飛ばせ】」
誤認識したのだろう。
投げ捨てられ、魔法により遠くに飛ばされた髪の毛に誘導されるように光線は方向を変えた。そのまま、地面を抉って消滅をした後を確認し、ダニエルは息を飲む。地面を抉るほどの威力の魔法が当たれば、軽傷では済まないだろう。
「【巻き上がれ】」
杖をユリウスの後方に向ける。
ユリウスを覆い隠すかのように砂を含んだ風が巻き上がり、襲い掛かる。
「残念、後ろだよ」
「チッ」
いつの間にかユリウスは移動をしていた。
首元に剣先を当てられる。ダニエルは服の中からいくつもの飛び道具を取り出し、ユリウスに向かって放り投げる。首元に剣先を当てただけで勝利を確信したつもりになっていたのだろう。ユリウスの油断は命取りになるのだと知らしめるかのように、ダニエルは反射的に数歩下がったユリウスの隙を付き、距離を保ち、方向転換を行う。
「【吹き飛べ】」
地面に落ちた飛び道具は息を吹き返したかのようにユリウスに襲い掛かる。
何度、払い落されても地面に触れるたびに風によって弾き返される。
「【水の聖霊よ、その力で地面を濡らしたまえ】」
ユリウスは地面を水浸しにする。そして、飛び道具を水たまりの中に落としていく。魔力で補われた水の中に取られた飛び道具は動かなくなった。
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