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02-5.「お前のせいで台無しだ」と言ってやりたい

「【刃となって切り裂け】」 「【硬き敵を打ち砕く水の刃と成れ!】」  風と水が衝突をする。  どちらも引かない勝負の為、ダニエルは冷や汗を流す。詠唱破棄をしているダニエルの魔力消費量は通常の倍以上だ。魔法のぶつけ合いとなれば次から次へと発動させていく為、体力を削られていくのだろう。砂が巻き上げられ、それらはユリウスの視界を妨害する為に襲い掛かるが、水の壁に邪魔をされてユリウスの元には届かない。  ユリウスの表情も余裕がなかった。  両者、引かぬ争いを続けるところで無情にも教授が手を挙げた。 「そこまで!」  公開模擬戦の終了告げる笛が鳴り響く。  他の試合よりも早くに笛が鳴らされたのは、これ以上の試合は危険だと判断をされたからなのだろう。ユリウスとダニエルは同時に魔法を消し、距離をとった。 「この試合、引き分けとします!」  教授の声を聞き、心の中で安堵をする。  このまま、魔法のぶつけ合いを続けていればダニエルの負けになるところだった。情けない姿を見せるわけにはいかないという自尊心だけで余裕そうな表情を浮かべているものの、ダニエルは周囲の歓声に応える余裕もない。余裕そうな表情を浮かべ、周囲の歓声に応えるように手を振っているユリウスに対して恨めしそうな視線を向けているだけで精いっぱいだった。  ……魔法だけだと厳しいな。  ダニエルが得意としているのは風属性の魔法だけである。  それ以外の魔法は最低限しか扱うことができない。威力が小さいのにもかかわらず魔力の消費量だけが多い為、他属性の魔法を練習してこなかったことが影響をしているのだろう。  ……次回は槍を持って来よう。  剣術は得意ではない。  しかし、槍術ならば学院の中でも飛びぬけた才能を持っている。 「大丈夫かい? ダニエル」 「問題はありません。殿下、お怪我はありませんでしたか?」 「あぁ、大丈夫だよ。少しだけ切っただけだからね」 「そうですか」 「不満そうだね? 今回は珍しく傷が多いようにも見えるし。手を抜いたらダメだよ? 次は武器を持ってくることだね」 「ご忠告ありがとうございます。次回は万全の準備をいたします」 「うん、期待をしているよ」  差し出された手には触れない。  情けは不要だと言わんばかりにダニエルは背を向ける。ユリウスはその行動をなんとも思っていないのか、教授の指示に従って歩いていく。模擬戦により穴だらけになった地面の修復作業に取り掛かりたい教授たちの邪魔をするわけにはいかず、彼らはフェリクスたちがいる場所に向かっていく。  ……引き分けか。  クラリッサは動くだろう。  ダニエルはそれに巻き込まれるわけにはいかない。そして、可能ならばアーデルハイトの為にもユリウスとの接触も控えさせたかった。 「フェリクス」  観戦をしていたフェリクスに声をかける。  そして、汗ではがれかけている自身の首元のガーゼを指さす。 「なんだ、貼りなおすのか?」 「そうだ。手伝え」 「血も出てねえし。貼っておく必要ねえだろ?」 「嫌だ。気になるだろ」 「へいへい、……おい、横に座られると貼りにくいだろ」 「座るところがないのが悪い」  観戦用に用意されている長椅子に座る。  貼りにくいと文句を言っているフェリクスの言葉に対して聞こえないと言わんばかりの表情を浮かべ、貼りなおしを要求する。その姿を目にした一部の女子生徒たちは息を飲んで見守っていた。 「早くしろ」 「準備してるだろ。少し、待ってろ」  貼りなおしを要求されることを想定していたのだろうか。  フェリクスは上着のポケットから新品のガーゼを取り出す。厳重に保管されている袋を開封すると、それを右手で摘み、左手でダニエルの首筋についているガーゼを遠慮なく引き剥がす。 「張り替えたぞ」 「おう、助かった。……消毒液は?」 「さすがに持ってねえよ」 「チッ、役に立たねえな」 「悪かったな。そのくらいの傷なら舐めとけばいいだろ。舐めてやろうか?」 「いらねえ。気色悪いことを言ってんじゃねえよ」  ダニエルはフェリクスの顔を見上げる。  冗談で言っているわけではないのは経験上知っていた。そういうことを人前だからと躊躇するような人間でもない。 「ユリウス様! 大丈夫ですか!?」  クラリッサの声だった。  ダニエルとフェリクスは思わず、声のした方向を見る。ユリウスの切り傷を心配しているような表情を浮かべていたアーデルハイトの表情が曇った。まるで、アーデルハイトの居場所を横取りするかのように表れたクラリッサだったが、ユリウスの手を優しく包み、それから涙を流す。 「よかったぁ、このくらいなら、あたしでも治せそう」  言葉遣いが乱れているのは感情的になっているからだろうか。  それを指摘する声は聞こえない。 「【癒しの光】」  クラリッサは呪文を唱えた。  それに応じるかのように眩い光がユリウスの掌を覆っていく。体の一部が光っているのは先ほどの模擬戦で負傷をした箇所なのだろう。  ……聖女覚醒イベントか。  正確には、クラリッサは既に聖女としての力を覚醒させていたのだろう。  乙女ゲームとは少しずつではあるが展開が変わりつつある。しかし、クラリッサが誰からも愛されるヒロインであることは変わらないと訴えるかのようにも思えた。ユリウスの傷はあっという間に治ってしまった。 「どうして、平民が?」 「あれが、噂の聖女候補ということですの?」 「冗談じゃないわ、だって、平民が……」 「見ただろ、本物だ!」 「殿下の傍にいることを許されたということは」  様々な憶測が流れる。  ダニエルたちの近くにいた同級生たちも戸惑いを隠せていなかった。  ……厄介だな。  この場にいる生徒の大半が貴族である。彼らが目にしたこの光景は親に伝えられることだろう。そうすれば、ベッセル公爵家の権力を疎む第二王子派や過激派はここぞとばかりにクラリッサをユリウスの婚約者候補として持ち上げようとする動きが現れることだろう。  それを防ぐ為の力はダニエルにはない。呆然とした表情を浮かべたままのアーデルハイトの心境を思うと、心が痛んだ。

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