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02-6.「お前のせいで台無しだ」と言ってやりたい

「候補とは聞いていたけれど、もう、覚醒をしていたんだね」  ユリウスはかすり傷を負っていた個所を確認する。跡も残さず、綺麗に治っていることを確認すると笑顔を浮かべた。それは裏のある笑顔であることにはクラリッサは気づいていないのだろう。 「ありがとう、クラリッサ。君は素晴らしい才能の持ち主のようだね」 「え、あ、ありがとうございます」 「恥ずかしがる必要はないよ?」 「だって、みんなが見ているから……」 「稀代の聖女の力は注目を集めるというからね」  慌ててユリウスの手を離したクラリッサは恥ずかしそうに笑っていた。その目にはもう涙は浮かんでいない。 「あ、あたし、他の人も治さないと!」  まるでアーデルハイトの視線に怯えるような仕草を取り、大慌てでユリウスから距離をとる。それからユリウスの表情を窺うような仕草をとった。 「そういえば、ダニエルはまだ治療を受けていないはずだよ。彼も治療してもらえないかい?」 「殿下!! お兄様はそのようなことをしなくても大丈夫ですわ!」 「アーデルハイト、君が彼女に対して苦手意識を抱いていることは知っているけれど、それをダニエルにも強要するような真似はよくはないよ」 「そのようなつもりはございませんわ! お兄様の傷はたいしたことはありませんわ。なによりも聖女候補とはいえ平民の手で殿下に触れるなど不敬に当たりますわ! それだけではなく、お兄様にもその手を触れようだなんて許される行為ではございませんのよ!」  アーデルハイトの形相は恐ろしいものだった。  その言葉を聞いたユリウスは疎ましそうな表情を浮かべていることにも、彼女は気づいていないのだろう。  ……仲裁に入るべきなんだろう。  そのやり取りを見守っていたダニエルが仲裁に入るべきだということは、頭の中では理解をしていた。しかし、クラリッサの治療が優れているものだとしても、彼女の手に触れられたくはないという感情もある。  ……攻防は長くは続かない。  クラリッサは怯えているような動作をとる。  それは聖女候補の実力を目にした生徒たちには、アーデルハイトの我儘に怯えているかのように見えることだろう。露骨なまでに平民を差別するアーデルハイトがユリウスの婚約者であることに危機感を抱く者が出てきてもおかしくはない。  ……敵前逃亡をするか?  フェリクスに付き添いを頼み、医務室に向かえば、クラリッサから逃げられるだろうか。それは互いを守る為にもなるだろう。  ……いや、それは出来なそうだな。  クラリッサはユリウスから距離をとっている。  そして、彼女はダニエルを見つめていた。 「逃げるか?」 「はは、無理だろうな。目が合った」 「バカじゃねえの。なにをしてんだよ」 「いや、本当に偶然なんだが」 「バカかよ。……医務室に行くぞ。妹ちゃんが時間を稼いでくれるだろ?」 「あー……。おう。そうしよう」  フェリクスも同じようなことを考えていたのだろう。  長椅子から立ち上がる。それからクラリッサを警戒するようにこの場を立ち去ろうとするのだが、手遅れだった。 「ダニエル様!」  クラリッサの呼びかけには応えない。  先ほどまではユリウスに向けていたような視線をダニエルに向けているクラリッサから、ダニエルを守るかのようにフェリクスは睨みつけた。 「体調が優れないのですか?」 「お前には関係ない」 「むぅ! そんなことありませんよ! 貴方よりあたしの方がダニエル様のことをわかっているつもりですからね!」  クラリッサの言葉にフェリクスは怖い顔になる。  フェリクスの妨害を避けるかのようにクラリッサはダニエルが立っている方向へと回り込もうとする。それを腕を伸ばして防ぐフェリクスに対し、クラリッサは信じられないと言いたげな表情を浮かべた。 「ダニエル様、あたしに任せてください。綺麗に治しますから!」 「必要ない。近づくな」 「そんなことを言わないでくださいよぉ。大丈夫ですよ? 痛くありませんよ? ちょっと温かいくらいで終わりますから!」 「止めろ。近づくな」 「おい。ダニエルが嫌がってるだろ。近づくんじゃねえ」  確実に距離を縮めてくるクラリッサに対し、二人は拒絶をする。  しかし、拒絶をされても引くことはなかった。クラリッサは好意から治療をしようとしているのだろう。それが嫌がられているとは微塵も思ってもいない。 「むう! どうして治療をさせてくれないんですか!?」  頬を膨らませる。  わざとらしい態度に対し、ダニエルは露骨なまでに嫌そうな顔をした。 「……かすり傷だ。聖女候補の治療は必要ない」 「ダメですよぉ! 小さなかすり傷だって、ばい菌が入ったら病気になっちゃうんですから! すぐに治療をさせてください!」 「他の奴らにすればいいだろ。俺には治療は必要ない」 「ダニエル様が優先ですよ! なにかあったらどうするんですか!」 「放っておけ。自分のことは自力でなんとでもなる」 「ダーメーでーす!! 意地でも治療しますからね!」 「必要ないと言っているだろう!」 「ダメです! もう、こうなったら、強引に治療させてもらいますからね!!」  なぜ、そこまでダニエルに拘るのだろうか。  ダニエルと同じようにフェリクスもかすり傷がある。フェリクスの対戦相手だったルーカスの方が怪我をしている。模擬戦に参加をした生徒たちの中には、授業終了後に医務室で処置を受けなくてはならない者もいる。  しかし、クラリッサには彼らの存在が見えていないかのようだった。 「やめ――」 「捕まえました! 【癒しの光】」  振り払おうとした手を掴まれる。  そして、クラリッサは願いを込めるかのように治癒魔法を唱えた。  ……しまった!  模擬戦での傷ではない箇所も光っているのを感じる。クラリッサが言っていた通り、痛みを緩和させる光は温かいものだった。大量消費をした魔力を補充する効果もあるのだろうか。身体の奥底から温められているような不思議な感覚に陥る。  ……触られるわけにはいかなかったのに。  それを拒むために右手を大きく振った。  そして、縋りつくような表情を浮かべていたクラリッサの手がダニエルから離れると光は弱まっていく。  ……体の傷がほとんど治ったようだ。  治療をしたクラリッサの表情が暗い。  術者である彼女も違和感を抱いているのだろう。  模擬戦の傷ではないが、まだ完治していない傷が多いことに気付かれたのかもしれない。それらの多くはフェリクスの重すぎる愛によるものだということまで気づかれていなくとも、不信感を与えるのには十分だった。

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